R5 08/28【ゲスト:岩田 温】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第189回 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

R5 08/28【ゲスト:岩田 温】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第189回

この国は終わってる。

etekoが生まれた時から終わってた。

ただ、半世紀くらいは、そんなことを知らずに生きてきた。
知ったからと言っても如何にもならない。

そんな時の流れの中に漂ってるだけだなあ。

死ぬまでは生きてみよう。


母方のお墓にお参りに行ったのは、仏壇の前に提灯を吊り下げた後だった。
ずーと暑くて動かないetekoは、提灯を取り付けるのに難儀した。

でかい提灯の呼び名は何というんだろう。?

家紋が入ってる。

この提灯は、いつ、購入したんだろう。

8月11日が恵美ちゃんの四十九日だから、8月10日に準備したのかなあ。





母方のお墓にお参りに行ったのは、何日だったろう。
恵美ちゃんの納骨の二日後だったかなあ。
恵美ちゃんの四十九日の時は、プーさんは、仕事があるということで、お寺さんの駐車場まで送ってもらった。
午後から、職場に出ると言ってた。
12日は仕事で、13日に、仏壇に供える生花や供え物を持ってやってきた。
午前中に来ると言ってたのに、田尻のetekoハウスにやってきたのは、12時を回っていた。

来るのがあまりに遅いので、スマホしようと思ってた。
事故にでもあったのかと心配した。

車に乗り込んで、そのことを言ったら、「あんたに心配してもらわなくてもいい。」と、強い口調で怒られた。

なんて言う人間関係なんだろう。

すべてに見放されているetekoだ。



母方のお墓は、ナカちゃんの弟の家の近くにある菖蒲霊園だ。
個々のお墓は、母方の実家の近くにあるお墓を、ナカちゃんが移説した。
あの時は、親席の天理教の神主さんとおかみさんが来た。名前が思いだせなくなってる。
そして、高萩のおじさんとトミちゃん。
ナカちゃんとetekoの6人だけだったか。

神主さんは、S酸とでも言っておこうか。
大阪万博のあったころだったか、Sさんに、天理市に連れていかれたことがあったのを思い出した。
あの時の記憶は、断片的にしか残ってない。

奈良の大仏に行ったのはあの時だけだろうか。
柱の下のほうにあている穴をくぐったのを記憶してる。

その後に高校野球で、天理の名前をよく耳にするようになった。

ナカちゃんからは、戦前は、実家の方では、天理教にはまって、財産を食いつぶして、夜逃げした家族がたくさんいたと言うのを聞かされていた。

親戚の神主のSさんは、天理教の支部長だった。

Sさんは、東北大震災の前に亡くなった。
葬儀は、日立市の鞍掛山霊園で行われた。
この時にはetekoが参列した。

常陸太田市で行うのかと思ったら日立市の鞍掛山霊園だった。
この時に参列して驚いたのは、神主さんだけでなく、楽士の人が三人いて、ショウの音楽とお囃子を生音でやっていた。
みんな天理教の人なんだろうか。

他の新式の葬儀で、録音した音楽を流すのは流すのは何度も聞いたけど、生音は初体験だった。

お墓詣りに行くと、いろいろな記憶がよみがえるなあ。
今のうちに書き出しておかないと、どこにも残らないなあ。

残ればどうなのと言うことでもないのにね。























母方の墓参の後、おじさんの家に寄った。
前日に、トミちゃんのところには、暑くならない、午前中に墓参した後、寄ると連絡してた。

それが、午後になってしまった。
墓参を終えたが、まだ、13時を過ぎてなかった。
13時前に、おじさんの家を訪れるのは失礼だと、プーさんが言い出す。

と言いながらも、止めている車の中で、5分位経ってから、車を動かし始める。

おじさん宅に到着。

いつもは、茶の間に通されるが、仏壇のある部屋に通される。
この部屋には、2、3年前に設置したエアコンが設置してある。
お盆の来客は、この部屋に通してるようだった。

今までにはなかったことだった。

とにかく、今年の夏は暑い。

お中元のお返しに、玄米60キロとゴーヤをいただいた。

茶菓子?に出されたキュウリの一夜漬けはうまかった。
ただ、今年のキュウリは、雨が降らないので、みんな終わっちゃた。

水を撒いてやれば、長持ちしたんだろうけど、毎日、暑くてどうにもならなかった。
ただ、ゴーヤは強いから残ってると言ってた。

「元気。」、と聞いた。
やっぱり、90になると、ガクッと来るなあ。
やっとのことで、免許書を更新できたと言ってた。

大宮の方に行ったんだけど、あそこは、厳しいよ。
みんな知ってるから、誰も行きたがらない。
でも、大宮しか空いてないから、そこで更新してきた。

これが最期だろうなと言ってた。

90歳になってたんだ。
来年も米作りはできるのかなあ。

それに、帰りがけに、おこわでなくて、トミちゃんが作った赤飯も持たされた。

二人分が用意されてた。

田尻のetekoハウスにもどった時、玄米30キロ、ゴーヤ3本、赤飯1パックをもらい受けた。

赤飯は、味塩を振りかけながら、酒の肴にしていただいた。照れ