etekoチャンネル 0094 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

etekoチャンネル 0094 を録画したのだがうまくいかなかった。

マイクが作動しなかった。

PCが下手ってる。

 

それでいや。

 

ギターを弾くことに意味があるんだからね。口笛

 

 

 

 

 

 

 

どんなふうになってるのか、検証してみよう。

 

 

 

8月11日は、恵美ちゃんの納骨。

お盆の父方の墓参りは、これで済ませた。

父方の三姉妹の次女が、6月の26日に亡くなった。

享年88歳。

墓に納まってる両親よりは、三姉妹は長生きしたという声を聞いた。

 

 

四十九日に参加したのは、恵美ちゃんの息子。

etekoと三姉妹の長女の姪、三姉妹のばっちの久慈浜のおばさんの4人だけだった。

お寺さんを離れた時には、etekoは、喪主の車に乗せてもらった。

東平霊園の御墓に向かった。

 

この時、納骨するのに、墓石の一枚石を動かせるかという不安があった。

 

歩けなくなって体力が弱る一方のetekoだった。

 

御墓につくと、長女の姪が手配した葬儀社の人が納骨の準備をしてくれていた。

墓石の下の納骨スペースの蓋になる一枚石を度化してくれていた。

 

この葬儀社は、叔父の葬儀にかかわった。

叔父は、独り者だったので、三姉妹の長女が取り仕切った。

 

その関係で、今回も、恵美ちゃんの葬儀は、此の姪が取り仕切ったみたいだ。

 

 

 

 

御墓から太平洋が望める。

父方の御墓は、霊園の一番高いところにある。

眼下には、建て直した日立市役所が見える。

 

311の震災以降に、旧舎を取り壊して新築し始めた市役所に、ナカちゃんとよく通ったのを思い出した。

そこは、急ごしらえで建てた二階建てのプレハブだったなあ。

 

そういえば、その時期は、日立総合病院の建て替えもはじまってたなあ。

あの頃は、入院したり、警備員のバイトで派遣されたりしたっけ。

 

 

お袴までは、この坂道を徒歩で、下の駐車場まで上り降りする。

きつすぎる。

歩けないetekoは、最後にお墓にたどり着き、最後に降りてゆく。ショボーン