R5.02/21 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第60回 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

R5.02/21 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第60回

昨日はマルトに買出しに行った。

行こうかどうか迷ってた。

でも、月曜日になったら、請求の来てる電気代と水道代を払い込みに行こうと思ってたことを思い出して払込みに行った。

カードで決済できると思い込んでいた。

公共利用金は、カードで決済出来ないといわれる。

ブーさんに借りた3万円を返す予定だ。

結局、2月の20日にして、振り込まれた年金の半額近くを下ろしてしまった。

次の年金の振り込みまで金欠生活はつづく。ショボーン



1月に撮った写真を見ながら消えてた記憶を思いだす。

一月は、市役所に二回行ってきた。

桜川のボロ屋敷から徒歩で常陸多賀駅まで徒歩で向かった。
途中の常陽銀行多賀支店で通帳の記帳をした。
多賀駅まで行くのも一苦労だった。

背骨の狭窄症の為に歩行もしんどい。
高校の通学の時と、社会人になった時の5年くらいは、徒歩で通った道なのにと思いながら不甲斐ない自分の歩行に腹を立てていた。

駅にたどり着くまでに、一時間近くかかったんじゃあないのかな。
電車の時刻表は確認しなかった。
家に貼ってある時刻表は、15くらい前のものだろう。

普通電車は、30分に一本ぐらいと言う認識で歩いていく。
乗り遅れて、駅で次の電車を待つのも苦痛ではない。

無職のetekoには、締め切りと言う時間の感覚は消えている。
市役所が空いてる時間までにたどり着けばいいのだ。

常陸多賀駅にたどり着いて、一番安い切符を購入する。
一駅だからね。
いくらだったんだろう。
思い出せない。

バスよりは安かった。

多賀駅の下りのホームに入り、ベンチに座り、次に来る電車を待つ。
駅のホームの目の前に、日立製作所の多賀工場の敷地が拡がる。

そして、昔からの工場棟が拡がって。

多賀工場は、白もの家電の生産工場だった。
今はどうなってんだろう。

昭和の元気な時代に、小学生のetekoは、工場見学で、工場内を見学したのを覚えてる。
コンベアに載った電化製品を流れ作業で組み立てていく現場を見学した。

長いコンベアには、制作中の製品が流れていき、コンベアの各所に、工員が配置されてて、部品を取り付けていた。

この工場は、当時では、最先端を行く家電の組み立て工場だった。

あの時の見学会は、遠回りして、北側の正門から入ったような気がする。
思い出した。
見学会の時は、一学年の200人くらいが、大久保小学校を先生に引率されて多賀工場の正門に向かった。
その時は、etekoの通学路を歩いて行ったんだ。

そして、etekoのボロ屋敷の前を歩いて行った。
あの時は、両親も健在で、店の前で、多賀工場に向かう小学生の列を見送っていたと思う。
その姿は記憶に残ってない。
ただ、etekoのボロ屋敷の前を通って行ったのは覚えてる。


多賀駅のホームのベンチで下りの電車を待っているときに、半世紀以上も前のそんな光景を思い出した。

多賀工場は、今はどうなってるんだろう。

後で、調べてみよう。










常陸多賀駅から日立駅に着く。
時間は何分かるんだろう。

5分くらいかなあ。

日立市内には、常磐線の駅は、5つある。
南から、大みか駅、常陸多賀駅、常盤駅、川尻駅、十王駅だなあ。
常陸多賀駅と日立駅だけに、特急が停車する。

一駅間隔しかないのに、この両駅には、特急が停車する。
これは、日立製作所の工場群が、日立鉱山から広がっていた名残だなあ。

日立駅に到着した。
日立駅は、改札口が海側と山側の二か所ある。

日立駅は、太平洋の海岸線に一番近いところにある。
山側の改札は、駅のホームから、二階にある高架の通路に上るような構造になっている。
その通路を山側に向かったところに改札がある。

この構造は、半世紀以前からかわらない。
それが、いつだったか、改築されて、山側の改札は、二階の高架を登り切ったとこに移された。
海側の改札はななった。
高架の上の一か所になった。

ただ、この改札から出た左右には、高架が伸ばされて、海側にもでられる。
海側に出る階段の反対側には、ガラス張りの喫茶店スペ-スになっている。

ホ-ムから改札に上る階段はエスカレ-タもついている。
改築前もついていたような気がする。

改築して大きく変わったのは、線路をまたぐ高架がガラス張りになったと言う事だ。

ホ―ムから改札までの通路の海側は、太平洋が一望できる。

南から海岸線近くを走る国道245号線は、日立駅の手前で終点となる。
そこから、太平洋の海岸線を走る海側のバイパスが田尻まで続いてる。

このバイパスは、日立駅から1キロぐらいは、太平洋に突き出る高架になってる。

バイパスは、311の震災前からあったなあ。

駅も改築されてたなあ。

そんな気がする。

ただ、長い間、電車と言う物を利用してなかった。




これらの写真を見返すと、シー・ビュ-のホテルからの写真と言ってだませそう。
実は駅のホームからエスカレ-タで2階の高架に上がり改札を抜けた右側の風景なんだけどね。
左側は、トイレ、その先が切符売りの自販機、その先がコンビニが入ってるスぺ―ス。

そして、突き当りは、常磐線を海側と山側にまたぐ長い通路の高架になっている。



半世紀前もこの空間に、毎日のように立ってたけど、この光景は見られなかった。
海側の写真を撮って、山側の出口に向かう。
少し歩くと、動く歩道になってる。

これって、何て言うんだろう。
ベルトコンベアだなあ。
楽々だ。

外に出てからは、ロータリ-の端っこで一服。
そこに、こっそりと喫煙スぺ-スになってる。
目の前が、J-WAVEの社屋。

ナカちゃんが倒れてから、ケーブルテレビの契約で何度か通ったを思い出した。

ロ-タリ―から山側に6号国道まで伸びる平和通り。
ボロ屋敷を出る前には、平和通りを歩いて市役所まで行こうとちらっと思ってた。

その考えも、家をでて、10歩も歩かないうちに消えていた。

バスに乗って、市役所の近くまで行こうと思った。
この時、分かったんだけと゛、日立駅を出るバスは、平和通りを山側に走り、6号国道にぶつかる銀行前の停留所で止まると言う事だった。

そこから、市役所まで歩いて行った。
この頃には、足も動かなくなってきている。

市役所の入り口までたどり着くのも難儀した。

銀行前までの料金は、いくらだったろう。
思い出せない。
電車の料とあまり変わらなかったなあ。
180円くらいだったか。
のってる時間は、バスの方が長かった。

帰りも、銀行前から多賀方面のバスに乗った。
6号国道を東京方面に走る。
2回とも、諏訪の5差路を越えて、6号国道を外れて多賀駅方面に行ってしまう。

6号国道を外れて最初のバス停で降りる。
料金は、280円くらいだったか、思い出せない。

そこから、ボロ屋敷に帰るのも難儀した。ショボーン