”だけども僕はやる・・・中田厚仁さんのこと” | eteko屋スタジオ

eteko屋スタジオ

勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

良い記事を読んだんでリブログするよ。

 

この記事を読んで妄想したのは、あの頃は、日本のマスゴミと言うか、報道機関が流すニュースに嘘はないと思い込んでいたよ。

 

新聞、テレビから流れてくるニュースと言うものに嘘がないと思ってたよ。

 

そんなもんで、自民党の宇野何とかと言うのが総理大臣になって直ぐに辞任したと言うのも当たり前だと思ってたよ。

 

三本指くらいでね。

 

でも、今妄想すると、これにも裏があるんだと思うよね。

そこには、中凶が絡んでたと思える。

 

あれから、自民は中凶には逆らえなくなってきたような気もする。

 

平成の初めから、中凶の汚鮮は強まって行ったんだなあ。

 

なにしろ、この頃には、共産のソ連が倒壊しちゃったからね。

中凶は、なりふり構わず、生き残りを開始したんだなあ。

 

中凶の汚鮮によって、日本は沈むだけの泥船になっちゃったんだなあ。

 

 

 

このブログの記事で、昔、etekoが知ってたことは、カンボジアの選挙を手伝った日本の若者が射殺されたと言う事だけだった。

 

この記事を読んで、日本人の若者の詳細を知ったら、涙が出てきた。

 

こんな日本人の事を、日本の歴史教育や道徳で教えるべきだと思った。