2021/12/8(水) 髙橋洋一×ケント・ギルバート×居島一平【虎ノ門ニュース】を聞き流しながらの殴り書き。
ケント・ギルバートは、まだ、「虎ノ門ニュース」に呼ばれてるんだね。
今日は、一日中、雨みたい。
うお座は、1位みたい。
最高の一日なのかなあ。
家に閉じこもりっきりなのになあ。
誰とも会わない、隠遁生活のetekoだなあ。
田尻の家には、暗くなってから着いた。
車で送ってくれた、ブーさんは、今まで、暗くなったら車は運転しないとさんざん、嫌見たらしくいってた。
この日だけは、外に出ていて、日立市に帰ってるのに時間がかかったと言ってた。
水戸方面に出かけていたのか、知らんけど、

遺影の数は増えたなあ。
でも、平成までは、ナカちゃんは、入ってなかったなあ。
平成の終わりに、親父の年の離れた弟が入った。
そして、令和の元年に、ナカちゃんだなあ。
人間て儚いなあ。
生きてる間に何人の人と出会って、出会った時間を思い出として記憶してる人間は何人いるんだろう。
その人達の記憶も次々と消えていく。
そんな事が、地球の上で今までに、1000億くらいは続いてきたんだよ。
長い人生もあり、短い人生もある。
でも、それは、100年くらいだなあ。
ああー、人間は儚い。

田尻の初日は、お刺身を食そうと決めてた。
そして、唐揚げも、
何かの記事に、お刺身は、身体にいいとかいう記事がのってた。
考えてみたら、お魚を食すと言う事がへってるなあ。
自炊してると、お魚の方は、高くて手が出ないよ。
でもなあ、タバコを一日にひと箱、吸ってることを考えれば、安いものなんだけどね。
タバコが値上げになって、やめようと思い続けてるけど、止められない。

次の日は、二階のベランダに洗濯物を干しにいった。
いつものように二階の窓から見える外の風景を写してみた。
考えてみたら、この風景を肉眼で見た人は、etekoしかいないんじゃないのかなあ。
2011年の震災の時に、この家を建てた大工さんは、二階の高さから、周りの風景を見てたのかもしれない。
でも、その時は海側の2件の家はなく、更地だった。
そして、裏側の2件の家も建ってなかった。
更地だった。
etekoの家が建ってから、2,3年もしない内に、海側と裏の更地には家が建ってしまった。
山側の方は、2011年の震災前に、戸建ての家が建っていた。
今の風景をetekoの2階から見た人はいない。
なにしろ、etekoの家の二階に上がった人は、誰一人いない。
あっ、まてよ。
引っ越しの荷物を運んだ、黒猫の人達は見た方も知れないなあ。
でも、その時は、海側も裏側も更地だったなあ。
今までに、この家の二階に上がって、窓を開けて外の風景を眺めたのは、etekoただ一人だと言うはまちがいない。

二階に上がる階段を上り来た踊り場?のところに洗面台が置いてある。
その右側に明り取りの窓が一つ付いてる。
そこのカーテンを開けて、アルミサッシの窓を開いて、裏の景色を写してみた。
そして、裏庭のフキが植えてあるスペースを写してみた。



踊り場に置いてある洗面台が映ってる。
奥のドアはトイレだ。
このトイレは、10年間の間に、ほとんど使用してない。
その為か、水の流れが悪かったり、タンクにたまる水が止まらなくなったりと調子が悪い。
電源を切ると止まるのだか、調子が悪い。

二階のベランダに出て、下の庭の風景を写す。
海側の庭には、レモンが1本、ミカンの木が2本植えてある。
去年は、肥料を入れてやらなかったせいか、実の生りが最低みたい。
それに、害虫にもやられてるみたいで、実があまりついてない。
そう言えば、柿の収穫もできなかった。
柿の実が生ってたのかも確認できなかったなあ。
柿の木の下に落ちてた柿の実を一個、食したのみだった。
ミカンとキンカンは植えてから10年は経ったなあ。
最後に植えたレモンも、9年は過ぎたかなあ。

前庭の方には、キンカンが4本植えてある。
ベランダのエアコンの室外機が置いてあるはじに立って、スマホを持った右手を差し伸べて、下の風景を写してみた。
最初に、ミカンの木とキンカンの苗を植林?した時のことを思い出した。
一番最初の時は、高萩の叔父さんが来てて、苗を植えるのを手伝ってくれた。
その時に、フキの根っこの株を、高萩の家から持ってきてくれたんだなあ。






ベランダからの風景。
海の方を写してみる。
家から100メートルくらいの所を、6号国道が横切ってる。
その向こうが、スーパーのマルトが入ってるショッピングモール?。
ドムドムのハンバーガーの店が入ってるなあ。
靴屋としまむらもある。
こっちは、一度も入ったことないなあ。

