黒部の太陽 だす。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



おおおおー、黒部の太陽 だあ。!!

YouTube で、映画を見てたら。

「黒部の太陽」と言うタイトルが出てきた。

ええ、あの、「黒部の太陽」と思いながら見たら、あの「黒部の太陽」だった。

「黒部の太陽」は、映画館で一度だけ見たことある。

いろいろ思い出したよ。

この映画は、いろいろな問題があって、再上映できないことになっていたんじゃあないのかなあ。

それに、ビデオ化、DVD化も、石原プロが首を縦に振らないと聞いてた。

その為に、映画館で、中学生の時だと思うけど、「黒部の太陽」を一度だけ見た。

教育の一環として、街の映画館で、「黒部の太陽」の上映があった時に、何人かの先生に先導されて、学校から歩いて街の映画館まで行った。

その時の様子は、異様なものだったろうなあ。
学生服を着た男女の中学生が、山の方から多賀駅の方まで列をなしてあるいていくんだもの。

人数は1クラスだけじゃなかったなあ。
何クラスかに、日を分けて、行ってたと思う。

何しろ、一クラスは、生徒が40人以上いたよ。
それが、5クラスあったよ。

映画館のキャパは、200人もなかったと思う。

「黒部の太陽」を学校で見に行くと決まった時に、「黒部の太陽」と言う映画の内容がどういうものかと言うのが全く知らなかった。

今だとというか、長い間、映画の上映は、上映前に大々的な広告をやってるから。
映画を見る前から、映画の内容とか、筋書きが頭に入ってるよ。

そんな知識も皆無のまま、「黒部の太陽」を見せられたよ。

あの時は、学校で勉強するの代わりに映画を見れると言うのがうれしかったみたい。

それが、「黒部の太陽」を動画で見た最初で最後だった。

あれから、半世紀以上も経ってる。
ちょうど、半世紀なのかもしれない。

この動画がYouTube にアップされたのは、最近みたい。

期間限定なのかなあ。

その内に削除されちゃうのかなあ。


半世紀ぶりに見て、いろいろ驚いたり発見したなあ。

一番驚いたのは、三船敏郎も石原裕次郎も、etekoより若いと言う事だ。
そりゃあそうだよなあ。

「黒部の太陽」を見てから半世紀は確実に経ってる。

それに、社会人になったetekoは、全国の電力会社に制御装置を納入する工場の設計部門にいたよ。

関電はお得意先だった。
日本にある電力会社の名前は全部わかるよ。

ダムや発電所にも製品を納入してたからね。

改めて、「黒部の太陽」を見たら、一挙に内容が理解できた。

半世紀前に見た時の記憶は、二大俳優が出演して、困難なトンネル堀を成し遂げたという事しか頭には残ってなかった。

この映画は、3時間超えなんだね。

昭和の時代はこんな凄い事をやってたんだね。

それが、平成の時代を過ぎてこのテイタラク。

偉大な先人達の事を敬わなくなったからだなあ。

「黒部の太陽」を見直して、いろいろ妄想にふけってる。

「黒部の太陽」が長い間見られなかったから、日本はこうなっちゃったんだなあ。

そう言えば、衆議院選では、石原が落選したなあ。

時代は変わっていく。

流れているなあ。

流れから、完全に落ちこぼれてるなあ。えーん