The Doors Live At The Cobo Arena Detroit, MI. Fr | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



The Doors Live At The Cobo Arena Detroit, MI. Fri. May 8,1970 と言う動画の音楽を聴きながらの殴り書き。

来んところは、The Doors の YouTube に アップされて音源を聞いてるよ。

効いてて、いろいろ思い出したよ。
高校に入る前だったなあ。

etekoの隣によく座る男がいた。
名前も覚えてる。

江戸川って言う苗字だったよ。
生まれてから初めて聞いた奇妙な苗字を持つ少年だった。

その奇妙な苗字の為に苗字だけは覚えている。


このE君が、etekoにドアーズを教えてくれた。

その頃のetekoは、ギターを弾き始めた頃だった・
ベンチャーズにあこがれて、テケテケをやりたかった。

etekoはギターの知識なんか何もなかったよ。
ギターが弾けるようになればと思って、それまで貯めてたお年玉の預金で、ギターの通信講座を始めたよ。

このギターの通信講座は、クラシックギターの通信講座だったよ。
てけてけがやりたくてギターを弾きたかったのに、クラシックギターだった。

何事も、初めから間違う道に進むetekoだよ。


それまで、音楽と言う者には全く興味なかったよ。
小、中後世まで、音楽の成績は、ずっと、5段階評価で、ずーと、2だったよ。

学校の成績に関しては、生まれつき音痴だと信じ込んで親父も、音楽の成績に関しては、何も言わなかった。

音楽の成績が悪いの血筋だとあきらめていた。

今だと分かるんだけど、親父は、若い頃は、音楽と言う音にほとんど触れずに生きて来たよ。

そんなetekoに、ませたガキの上から目線のE君が近づいてきたのは、分かるような気がする。

その頃の日本は、一般大衆には、まだ、ロックと言うものが浸透してなかったよ。

アメリカで、60年代にウッドストックの最初のロックコンサートが開かれた。

そこから、今はレジェンドとなったロックのJJJが出てきた。

JJJとは、日本語手核と、ジムモリソン、ジャニス・ジョップリン、ジミー・ヘンドリックスだった。

書こうと思ってた記事が途中で途切れるなあ。

いろいろ思い出して書ききれないよ。

少しづつは書いていくつもりだよ。


最近のetekoのブログ記事はまとまりがないなあ。


まるで捜索―とだよ。

載るでと言うか、創作ノートにしてるなあ。