etekoの「雨にも負けず。」 だす。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



etekoの「雨にも負けず。」 だす。

考えてみたら、この歌も、10年前の3.11の震災の時に作った歌だよ。

3.11の震災に被災したetekoは、何故か、宮沢賢治の詩、「雨にも負けず。」に曲をつけて人前で歌いたくなってきたよ。

etekoの住んでる茨城県は、3.11の震災で甚大な被害を受けたよ。
それでも、東北三県より被害は軽かったみたいで、マスゴミではあまり取り上げなかったみたい。

被害が軽かったというのは、3.11の震災での死亡者数が一桁だということもあるみたい。
しかし、被害は甚大だった。

etekoの住んでる日立市では、3.11の震災であらゆるインフラが分断された。
電気、下水道、ガスが止まった。
一週間近くは、止まっていた。

少しづつインフラは回復してきたけど、被災状況は分からなかった。

最初の揺れが止まって、車いすのナカちゃんを家から出た。
隣の洗濯屋の駐車スペースにナカちゃんの車いすを押して非難した。
築50年以上の木造建築のバカでかい家は地震の揺れで倒壊するように思えた。
とにかく、ボロ屋敷から非難しないといけなかった。
玄関を開けて外の道路を見ると、屋根から落ちた瓦の破片が転がっていた。
家の瓦はセメント瓦だ。
経年劣化でセメント瓦はもろくなってる。

それが、3.11の地震の揺れの衝撃で割れて落ちたみたい。
割れた破片が落ちたみたい。
それは、小さな破片で、瓦が1枚落ちたというわけではない。
それは、瓦と瓦の接合部分が激しい衝撃で割れて飛び散ったようだった。
落ちてる破片の数は目で追えた。
屋根の瓦は落ちてないみたい。

100メートルぐらい先にある昭和の時代に建ってる二階建ての二階の屋根はみんな落ちていた。
二階の部屋は二部屋しかない。
昭和の二階建ての家の普通サイズだ。
この二階のスペースの広さが、地震の揺れの衝撃を大きくした。

etekoのボロ屋敷は、2階の部屋が6室あり、真ん中に長い廊下が通ってる。
この二階の広いスペースが大きな地震の揺れを緩和した。
その為に、この地域では、一番古い二階建ての屋根の瓦は落ちずに済んだようだ。

隣の洗濯屋の駐車スペースには、店の車が止まっていた。
スーパーのマルトに出店してるお店からの配達車だ。
その車には、常務の男が乗っていて、カーラジオのボリュームを最大にして聞いていた。
カーラジオでは、地震の被害情報を流していた。

「太平洋側の東北地方の各県では、10メートル以上の津波が襲ってきます。」と叫んでた。
「直ぐに、海岸から非難してください。海から高い場所へ逃げてください。」
と言ってた。

車の半開きになってるドアをたたいた。