「雨にも負けず。」だよ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



「雨にも負けず。」だよ。
etekoは、3.11に被災したよ。

死ななかったけど、今まで生きてた時に初めて体験した地震の揺れだったなあ。

3.11の事は、etekoの記憶の中に忘れ事のないように気さ迫れちゃったなあ。

田尻の家の地鎮祭に午前中は、ナカちゃんを車に乗せて行ったんだよ。
あの時は、ナカちゃんは車椅子だったなあ。

車は、マツダのカペラだったかなあ。
プリちゃんだたかもしれないなあ。

更地で地鎮祭があり出かけて行った。

地鎮祭に参加したのはもetekoとナカちゃん。
そして、後の二人は、タマホームの担当者と、千葉から来ると言う神主さんの4人だけだったなあ。

寂しい地鎮祭だったなあ。

午前中に、田尻の更地で地鎮祭を終えて、桜川のボロ屋敷に帰ってきた。

etekoは、まったりしてた。

そして、eteko農園の見廻りに行ってた。

そしたら、地震が来た。

いつもよりは揺れが酷いなあと感じた。

そしたら、倉庫の屋根のべランで建ち続けるのが無理になった。
この時点で、こんな地震を経験したことないよ。

こんな揺れだと、築60年近くの木造建築の家も倒壊すると思ったよ。

etekoは、鉄骨倉庫の屋根から、降りた。
階段を這いながら。

地上に降りた。

それでも、地面は揺れ続けていた。

地上に降りたetekoは目撃したよ。

鉄骨倉庫の太い鉄骨の柱が、波打ってるよ。

にょろにょろしてるよ。

鉄骨がにょろにょろって初めて見たよ。


そんな風景を目撃したのは、生まれて初めてだった。


その後も、余震がずーと続いたよ。


あの頃は、etekoが人前で、30年くらい前に大学時代に作ったオリジナル曲を歌い始めた頃だよ。

そしたら、3.11の大震災だよ。

etekoが人前で歌う事はいけない事なのかなあ。


そんな思い出、3.11の震災後を過ごしたよ。
当時は、停電、断水とインフラが繋がらなくなったよ。


テレビは見てなかったけど、携帯の電源は直ぐ無くなったなあ。

でも、etekoの家には太陽光パネル入れてたから、携帯の充電は出来たよ。

携帯で見るニュースでいろいろな事を知ったなあ。

3.11でいろいろあったなあ。


その後に、etekoは、宮沢賢治の「雨にも負けず」と言う詩に曲を付けて歌いたいと思いだしたよ。

そんな曲を人前で歌えたら満足だと思い始めたよ。

そして歌ったよ。

うまくできなくても、やれたことで満足だよ。グラサン