ラジオ屋 ( 創作ノート 17 ) だす。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



etekoのギターのお稽古 #001 の動画を見ながら、ラジオ屋 ( 創作ノート 16 )

を書いてみよう。


ラジオ屋 ( 創作ノート 16 ) だす。

この年は、二回、往復出た。

直ぐに年が明け。1941年になった。

年が変わったからと言って、私達がやることに何の変りもなかった。

東京と日立市間を、トラックを使って、闇物資を流すだけだった。

年が明けた、3回目の輸送の時に事件は起きた。

正月は、桜川一家は、前年のいちさんの闇物資の輸送や、販売で、潤っていた。


地元の昔のヤクザが、時の流れの中に消滅しかけていた。

それが、終戦と同時に息を吹き返したのだ。


終戦直後の日立駅の闇市では、戦勝国を叫ぶ「パクリ一家」が、極悪非道の限りを尽くして暴れ始めた。

当時の警察は、武器を取り上げられ、なすすべがなかった。

「パクリ―」の奴らは戦勝国進駐軍を叫び、極秘道の限りを尽くした。

白昼に、道路の真ん中で、日本人の女を強姦した。

駅前の一等地の、日本人を殺し、殺した日本人に成りすまし、土地を奪った。

今でも、半島系のパチンコ屋が立ち並んでるのは、もともとの地主の日本人を殺して成りすました。
下の日本人に入れ替わったのだ。

そんな理不尽なことは、戦後のごたごた期には、多発してた。
みんな、スルーされた。

日本人じゃない外人が、日本人を殺して、その日本人に成りすますと言う事が簡単に行われていた。

そんな朝鮮人の住む半島を日本は併合した。
日韓併合した。