初めて聞く44年前の陽水の音源だよ。
44年前と言うと、etekoが大学生になった時だなあ。
この時のetekoは大学の一年生だったかなあ。
音楽サークルに所属したよ。
音楽サークルの部員は、全員が集まるシングアウト(振付のついた合唱)みたいな練習と各メンバーで組んだバンドの練習をすると言う活動を半々でやってた。
この頃は、ニューミュージックとか言うものがブレークしてたなあ。
etekoの音楽サークルの名前は、「フォークソング同好会」と言う名称だった。
最初は、フォークソングの好きな学生さん達が立ち上げた音楽サークルだったんだね。
eteko達は7期生だから、7年前の先輩達が「フォークソング同好会」を立ち上げたんだね。
と言うことは、拓郎、陽水あたりとは同世代なのかなあ。
団塊の世代だなあ。
etekoは、団塊の世代の下だなあ。
昭和30年代生まれは、何世代なんだろう。
昔の事を思うと、いろいろ思い出しちゃうなあ。
陽水の音源を聞きながら書いてみようと思ったのは、44年前に、etekoが人前で自分のオリジナル曲を歌ったと言うことだよ。
この音楽サークルは、毎年の学際では、教室を一部屋借り切ってライブ喫茶にしてたみたい。
教壇がステージになってる。
教室には、机にクロスを張ったテーブルやパイプ椅子が並ぶよ。
キャパは、20人くらいだけど、店員や呼び込みをやる部員の方が多いくらいだよ。
ステージでは、部員のバンドが入れ代わり立ち代わりライブをやるよ。
この頃のバンドの演奏は、ロック、フォーク、ブルーグラスのコピーバンドだけだったよ。
そんな中で、etekoは、自分のオリジナル曲、「久しぶりの故郷」を一曲だけ歌わせてもらったよ。
これがバカうけしちゃったよ。
学際が終わった後に、同年の部員のT君から、「久しぶりの故郷」と言う曲をレコード屋で探したけど売ってなかったと言われた。
T君は、etekoのオリジナル曲が、名のあるミュージシャンの曲だと思い込んだみたい。
その曲をetekoがコピーして歌ったんたど思ったみたい。
そう言えば、あの頃は、シンガーソングライターって言う言葉も出始めのころかなあ。
今は死語なのかなあ。