日立市の大煙突、すごいんです。と言う動画を見つけたんで、張り付けて、ブログ記事のようなものを書いてみる。
前のブログで、etekoの幼稚園に入るまでに住んでた地域を文章で紹介しようと思ったけど、文才がないetekoには、上手く紹介できなかったよ。
そこで、YouTube で、60年くらい前に住んでた地域の動画はないかと探したら、出てきた。
これは、市役所の方で、宣伝で上げた動画見たい。
ちょっと前に、新田次郎と言う作家が書いた、「ある町の高い煙突」と言うのが映画化されたよ。
その宣伝の動画だよ。
百聞は一見に足らずだなあ。
この大煙突は、建設されたのが100年くらい前なんだね。
大正時代の初めの頃だよ。
この大煙突の方から流れてくる宮田川に沿って、神峰山川の方に出来た新町と言う地域に、etekoは、4歳の頃まで住んでたよ。
この頃の記憶は、あんまり残ってないんだけど、少しは覚えてるなあ。
新町は、大煙突のある山側から、海側の方を走ってる6号国道までぶつかる狭い道路の両側に細長い地域が続いてるよ。
この道路の下の方には、日立の共楽館とか武道場があっるよ。
日立の一番古い野球場なんかもあるよ。
みんな、日立鉱山と日立製作所のお金で建てられたみたい。
日立製作所は、もともと日立鉱山から明治の後半の頃に生まれたよ。
日立製作所の創業者は、もともとは鉱山で使うコンベアとか鉱石の製錬機のモーターとかの電気技師だったみたい。
最初は、2人くらいでやってた町工場と言うか電気屋さんみたいだったよ。
それが、日立鉱山の発展とともに大きくなっていったよ。
それでも、今みたいな大企業までとはいかなかったみたい。
それが、関東大震災の為に、大きく飛躍したみたい。
帝都の東京が壊滅した時に、関東のド田舎の茨城の県北地域にある日立市は、関東大震災の被災を免れたみたい。
東京の電機メーカーが倒壊しちゃった後に、日立製作所は大躍進したみたい。
でも、大東亜戦争の末期には、日立製作所の工場群は、軍事工場になってた。
いろいろなあ、軍用品を納入してたみたい。
そして、終戦末期には、日立製作所の工場群は、艦砲射撃と空爆を受けて、完璧に破壊された。
工場施設だけでなく、一般住民の住宅も、完全に焼き払われてた。
東京と同じだ。
広島、長崎と違うのは、原爆を落とされなかっただけの話だよ。
アメリカは、白人に、はむかったアジアの黄色い猿を殲滅するのに躍起になってたよ。
今になって、ネットで大東亜戦争の真実を知るようになってから、アメリカには、ぷんぷんだなあ。
ナカちゃんが亡くなった、8月22日の週に、高萩の叔父さんと、ナカちゃんの実家の土地を見に行った。
毎年、ナカちゃんが税金を納めてるのは知ってたけど、その場所が何処なのかは知らなかった。
高萩の叔父さんを案内人にして、プリちゃんで中染の実家の土地に向かった。
この時に、叔父さんから、「ナカちゃんは女子高に入ったけど、直ぐに女子挺身隊員で、日立製作所の工場に回されたよ。学校に入ったけど、何も勉強できなかった。」っという話を初めて聞いたよ。
女子挺身隊と言う言葉は、ネットで情報を得るようになってから知ってたよ。
半島の捏造歴史にも、いっつも出てくるしね。
そんな女子挺身隊で、日立製作所の工場に、ナカちゃんが配属されていた事は知らなかった。
馬韓国の募集工の金くれ詐欺に、新たな怒りを覚えた。
捏造歴詐欺で、日本から金をむしり取ってきた半島が、今でも、日本の先人達を辱めてきたよ。
北に至っては、多くの日本人を拉致しておいて、核爆弾で、日本を恐喝し続けてる。
アホな日本人達よ、日本人として覚醒しないといけないなあ。
高萩の叔父さんも、その土地に行ったのは、ナカちゃんに除草を頼まれた時だと言う。
その時は、定年になった時で、手が空いてたので、一週間くらいかけて、除草作業をしたと言ってた。
そんなもんで、叔父さんが、実家の土地を訪れるのは、20年ぶりくらいだと言ってた。
ナカちゃんの土地に行ったのは、8月20日だった。
ナカちゃんの実家の土地は、田んぼの中に、密林状態で広がっていた。
予想してたよりも広大な土地だった。
その土地に、雑木や藪がびっしりと茂ってた。
この土地を更地にするには、大工事になるよ。
藪や雑木を伐採して、大きなユンボを入れて整地しないとどうにもならないよ。
そんな土地を確認して、16時くらいに、田尻の家に戻ってきた。
駐車スペースにプリちゃんを入れた。
高萩の叔父さんが、車から降りて、etekoも降りようとしたら、スマホに西山堂病院からの着信が来た。
ナカちゃんが危篤状態だと言う呼び出しだった。
20日の夜は、西山堂病院に向かった。
妹と交代で、西山堂病院に通い詰めだった。
夜は、ナカちゃんのベットの隣に簡易ベットを置いてもらって泊まり込んだ。
そして、22日の13時頃に息を引き取った。
etekoは、人が死ぬって言うのを目の前で、肉眼で見続けたよ。
生まれて初めての体験だった。
ああー、etekoも、生まれたらこうやって死んでいくんだなあと思った。
ああー、本当に人間は、儚い。