【DHC】2019/8/19(月) 田北真樹子×西岡力×居島一平【虎ノ門ニュース】を聞きながらブログ記事を書くよ。
おおー、今週は怒涛のような日々が流れてる。
鼻水がだらだらだ。
泣いてるわけじゃないよ。
エアコンのせいで、夏風邪をひいちゃったみたい。
etekoは、目がしょぼしょほしてる。
明日も明後日も続くよ。
明日は、ナカちゃんの通夜。
明後日は、告別式だ。
8月の19日の月曜日は、高鈴GCでゴルフだった。
高鈴GCは、桜川のボロ屋敷から一番近いゴルフ場だ。
家から、山の方にカーブだらけの狭い急な坂道を15分くらい登って行くとそこが、日立高鈴GCだ。
登りきったところに日立高鈴GCの正門がある。
頭に「日立」と付いてるけど、ゴルフ場は、常陸太田市にある。
日立市から常陸太田市に行くには、一番近い抜け道だよ。

この日のゴルフはもやもやモード全開で、写真もあんまり撮らなかった。
行く途中に、スマホに着信音。
一緒に、ラウンドするメンバーから、まだ来ないのって言う着信だと思った。
もう、近くまで来てるよ。
それに、このぐにゃぐにゃの上り坂の運転中に、スマホに出るの至難の業だよ。
無視して、高鈴GCに到着した。


高鈴GCから帰る時は、家とは反対の常陸太田市方面の下り坂にハンドルを切った。
ナカちゃんのいる西山堂病院に向かった。
この日のナカちゃんは、眠っていた。
起こさずに帰った。
先週に来た時は、元気だったよ。
病室に入ると、起きてて、テレビをみてた。
起きてたと言っても、身体は寝てるんだけどね。
etekoの顔が視線に入ると、直ぐに分かったみたい。
いつもよりも元気な姿を見たよ。
etekoが、帰ろうとした時、なんと、自分で身体を起こそうと、3回くらい自ら身体を起こそうとしたよ。
ベットから背中が浮いたよ。
そんなナカちゃんの姿を、入院してから寝たっきりになってから始めて見たよ。
今、思うと、ナカちゃんは分かってたんだなあ。
来週は、お迎えが来るから長くいてくれって、etekoを引き留めたんだなあ。
ナカちゃんは、しゃべれないから、それを理解できなかったよ。
スマホの着信を確認したら、今日、ラウンドしたメンバじゃなくて、高萩の叔父さんからだった。
お盆があけたら、ナカちゃんの実家の土地を見に行こうと頼んでいた。
その依頼の回答の電話だよ。
中染に実家のあった土地が、ナカちゃんの所有になってるみたい。
毎年、常陸太田市から、税金の支払いの催促があるよ。
でも、etekoは、還暦のジジイになるのに、その場所を知らないよ。
それで、高萩の叔父さんに、お盆が明けたら、案内してくれと頼んでいた。
返信すると、20日の火曜日に行こうと言われた。
ナカちゃんの生家は、大きな農家だったという。
金砂郷神社の前の大祭の時には、20人近くの人が家に泊って、騒いでたと言う。
その家は、ナカちゃんが、10歳くらいの時に落雷で全焼したと言う。
そのの時は、叔父さんは、小学校に上がる前だったと言う。
その時は、家でタバコを作っていた。
タバコの葉を家の中で、乾燥させる為に、大量の乾燥させたタバコの葉が天井から吊り下げてあったと言う。
家の裏の高い大木に落雷した。
火は、茅葺き屋根に燃え移り、そして、乾燥したタバコに燃え移り、家は完全燃焼してしまったみたい。
叔父さんは、小学に上がる前年にランドセルが燃えちゃったのが悲しかったなあ。
それよりも悲しいのは、私が、2歳の時に亡くなった母親の写真が燃えちゃったことだよ。
何もかも燃えちゃったよ。
そんなもんだから、俺は、母親の顔が浮かばないと悲しいそうに言った。
それからは、近くにある祖父母の隠居所で、暮らすようになったらしい。
何もかも失った父親は、北海道に出稼ぎに行った。
そして、行くへ不明になった。
この父親は、山形の鶴岡まで戻ってきてて、そこで別の家庭を築いていた。
昭和の後半の頃、この父親から危篤状態の時に、息子から会いたいと言う知らせが入った。
ナカちゃんと叔父さんは、鶴岡に向かったが、死に目には会えなかった。
しばらくして、ナカちゃんは、親戚の所に養女に出されたみたいだ。
ナカちゃんは、生前は、その辺りの事は、何も話さなかった。
20日に、叔父さんと中染の土地に向かった時、いろいろ聞いた。
養女に出されたナカちゃんは、日立女子高に入ったみたいだった。
高校に入ったはいいけど、勉強は何もしてないなあ。
あの頃は、日立製作所の工場は軍事工場だったから、女子挺身隊で動員されたよ。
高校に入ってからは、女子挺身隊だなあ。
この話も初めて聞いた。
あそこの土地に行ったのは、日立製作所関連の会社を定年になった後に、ねぇさんに、あの土地の草刈りを頼まれたよ。
それで、梅の木でも植えてくれってね。
あそこは、草刈りってもんじゃなかったなあ。
藪だよ。
篠がみっしり生えちゃって、ナタで一本、一本切らないとダメだったよ。
それでも、何日もかかって、きれいにしたよ。
それでも、15年は行ってないなあ。
植わってる木も、でっかくなってるなあ。
そんな話しをプリちゃんの中で聞きながら、現地に到着した。
着く前に、あそこは、田んぼや畑の中にポツンとあるからすぐわかるよと言われてた。

プリちゃんの左側の森が、ナカちゃんの土地だ。
行ってみたら森になってた。
15年以上も、何も手が入らないと、こんなになっちゃうんだね。

ナカちゃん土地との境は、水田になってる。
奥の木の生えてると言うか、ジャンクるまでが境界線だ。
かなり広い土地だなあ。
こんな広い土地が、街中にあれば、etekoは小富豪くらいにはなれたかもね。

ナカちゃんの土地の反対側には、昔からお地蔵さんと石碑が置いてあった。
その後ろは、小さな川が流れてた。
昔は、この細い道が旧道だったんだよ。


こっちの境は、フェンスのとこまでだ。
突き当りの高くなってるところまでだなあ。
耕地整備で、土地の境は、分かりやすくなってるよ。


入ってきた道の奥の方の家が叔父さんのかみさんの親戚の本家だと言う。
その裏の山のへっこんでる所は、みんな畑だったんだけどなあ。
もう、やる人もいないよ。


ナカちゃんの土地に近づいて、スマホしてみる。
密林じゃあ。
人は、入り込めないよ。



上の写真で写ってる水田との境まで来て、プリちゃんを映してみた。
プリちゃんが小っちゃく見える。
プリちゃんを何台、並べられるんだ。
刈られてる土地から、奥の森の切れ端までが、横の長さだよ。
完全にジャングルだあ。
この土地を開発するの大変だなあ。
開発した所で、どうにもならないなあ。
ナカちゃんの土地を確認した。
日立から中染は遠いなあ。
西山堂病院のあるところからも、栃木の方に、山の方にどんどんはいってゆく。
何キロあるんだ。
30キロ以上はあるのかなあ。?

中染から、田尻の家に帰宅する。
常陸太田市から日立市へ、国道6号線を北上する。
田尻の家に向かった。
途中、大沼で、丸亀製麺を初体験した。
田尻の家の海側の6国沿いにも、丸亀製麺はあるけど、一度も入った事が無いよ。

丸亀製麺の入り口の反対側の正面は、大沼の自動車学校だよ。
ここで、etekoは通ったんだなあ。
40年前だなあ。
大学生の夏休みの時に、桜川のボロ屋敷から自転車で通ったのを思い出したよ。
そう言えば、田尻の家の海側にあるスーパー・マルトの敷地は、昔は自動車学校だったよ。
地元の年より達に、田尻の家の場所を教えるのに、マルトの反対側と言っても通じないよ。
昔、自動車学校があった反対側の山側と言うと通じるよ。



大沼の丸亀製麺を後にして、田尻の家の駐車スぺスに到着した。
高萩の叔父さんには、高萩からここまで、出てきてもらった。
叔父さんも高齢で、遠出は出来ないと言う。
夜の運転は無理だと言う。
プリちゃんからetekoが、降りようとしたら、西山堂病院からの呼び出しの電話が入る。
それから、今日に至ってる。
本当に、目がしょぼしょぼしてる。