毎年、大晦日辺りに、高萩の叔父さんの所から、自分の所で突いた餅が届くよ。
半世紀以上は、続いてるなあ。
高萩の叔父さんは、ナカちゃんの弟だから、この年末の行事?は、続いてるよ。
ナカちゃんが脳梗塞で倒れて、寝たっきりの入院暮らしになっちゃったから、突いたお餅は、直接、etekoの所に来るようになったよ。
去年は、叔父さんの大沼に住む息子が、etekoの桜川のボロ屋敷に届けに来たよ。
この息子の顔を見るのは、何十年ぶりだろう。
名前はなんだったっけ。
思い出せない。
この息子は、大沼あたりに住んで、植木職人の会社にいるよ。
家の玄関脇の夏ミカンを伐採してもらうのに、この会社に頼んで、伐採してもらったよ。
ただ、この時も、夏ミカンの木は大きくなり過ぎたよ。
根っ子から取り除くのは手間がかかり過ぎるんで、子供の背丈ぐらいの高さで、ミカンの木を伐採してもらったよ。
その時に、若い息子の姿を見たのが最後だったよ。
あれは何時だったんだろう。
息子とetekoの年は、10歳くらいは離れてるよ。
夏ミカンの木を切ってもらった時に見た息子の顔は、会社で働く若者っていう印象しかないよ。
それが、長い時を経て、etekoの前に現れた息子は、50代のベテラン職人の顔をしてたよ。
手をされた1枚のお餅は、ビニールの袋に入って、新聞紙で包まれていたよ。
突きたての餅は、柔らかく、温もりがあった。
一枚の板なのに、両手で支えないと、簡単に曲がっちゃうよ。
etekoは、収穫してた夏ミカンとキウイをおすそ分けしてやった。
夏ミカンは、昔、あんたに来てもらったけど、今でもこんなに実ってるよ。
etekoは、そんな事は口にしなかったけど、この息子とのつながりは、それくらいだなあ。
etekoと、この息子との繋がりは、従弟と言うことになるのかなあ。
考えてみたら、同じ代の従弟との付き合いは、まったくないなあ。
親戚づきあいも、高萩の叔父さんくらいしかないよ。
親戚の悔やみで、顔を合わせるのは、両親の親戚関係だけだなあ。
その親戚達の子供達との付き合いは、皆無だよ。
こんな事を考えてると寂しくなるなあ。![]()
タイトルに戻ろう。
17日に、貰ったお餅を食べきったよ。
貰ったお餅は、カットして、具沢山のお雑煮?にして食したよ。
新年になってから、10日間くらいは、お雑煮だったなあ。
お雑煮以外の日は、生麺の蕎麦かウドンだったよ。
分かりやすい食事パターンだなあ。![]()
ネギと白菜も、高萩の叔父さんの所で、貰った在庫が大量にあるよ。
お餅もそうなんだけど、一人で食すのには大量だよ。
etekoは、料理して、炭水化物を食するのは、夜の一食だけだよ。
そんなもんで、貰ったお餅や、ネギ、白菜は、なかなか減らないよ。
消費する前に、傷んだり、カビが生えてこないのか方が心配になるよ。
お雑煮の汁のパターンは、いろいろだったなあ。
麺類を食した残りの汁に、おいガツオのタレとかを足したり、カレーうどんの汁に、ネギ、キャベツ、お肉を足したりと、毎日、味ががうよ。
それでも、毎日、美味しくいただけました。![]()
お餅は、やっと消費できたけどね。
夏ミカンとキウイは、大量に在庫があるなあ。
夏ミカンに至っては、まだ収穫できてないのが、100個くらいは残ってるよ。![]()
ああっ、レモンも、収穫したのは、10個だけだよ。
その内の4個を、etekoが、食したよ。
残りの7個は、元旦に、打尻の家からアイちゃんを送った時に、おすそ分けしたよ。
それから、7日のゴルフをした時に、一緒に回ったAKさんとKIさんを、帰りに田尻の家に誘ったよ。
この日、ラウンドしたザ・オーシャンGCは、田尻の家から近いよ。
3キロくらいしか離れてないかもね。
二人に田尻の家に寄ってもらってお茶した。
最初は、田尻の家に寄るのを躊躇してたけど、家にレモンとキンカンが生ってるから採っていけばと誘ったら、来ることになったよ。
どっちにしろ、帰り道の近い所に田尻のお家があるよ。
田尻の家の駐車場に3台の車が止まった。
車から降りた3人は、家に入る前に、レモンとキンカンの収穫を始めたよ。
正確には、etekoだけは、玄関の鍵を開けて、そこに置いてある裁ちバサミとレジ袋を取り出して、二人に渡したよ。
その時に、二人が、レモンをどれだけ採っていたのは、把握してないけど、10個以上は採って行ったと思うよ。
レモンは、今でも、50個くらいは実をつけてるなあ。
レモンも、収穫しないといけないなあ。
今週は無理かなあ。![]()



