先週は、父方のお墓と母方のお墓詣りに行ったよ。
当然、ひとりでね。
ナカちゃんが倒れる前は、足の悪いナカちゃんを車に乗せて二人で行ってたよ。
こっちのお墓は、ナカちゃんの実家の中染めから移したんだなあ。
ここは、車で、お墓近くまで入れるよ。
そんなもんで、ナカちゃんもお墓の前まで来て、線香をあげてたよ。
お墓まで、近いと言っても、足の悪いナカちゃんは杖をつきながら、やすみすみ歩いてくるよ。
5分じゃあ、たどり着かなかったなあ。
この墓は、ナカちゃんが建てたよ。
この時に、etekoは、ナカちゃんのもとの姓が「平根」だったというのが頭に入ったよ。
それまで、「平根」と言う姓が頭に入って来なかったのには訳がある。
親戚の悔やみとか、ナカちゃんの代理で行ってたけど、「平根」と言う姓は耳にしなかったよ。
その辺りの事情も、このお墓を建てた頃から分かったよ。
ナカちゃんの実家の悲しい歴史が絡んでたんだね。
平根家は、中染では、裕福な農家だったみたい。
ナカちゃんは、大きな茅葺きの家に住んでたみたい。
その時には、祖父母と親父、幼少の弟と住んでたみたい。
ナカちゃんの自慢は、金砂郷神社の70年くらいに執り行う大祭に関係者が20人くらい寝泊まりして酒を飲みあかしてたという。
そのくらい大きな家だったという。
この大祭は、神社の神輿?を金砂郷神社から日立市の久慈浜まで、何日もかけて運ぶみたい。
江戸時代の水戸黄門がいた頃から始まったのかなあ。
これには、お役人がついたりして、ちょっとした行列になってたみたい。
それを周りの住人が見物したんだなあ。
詳しくは、後で調べてみよう。
この頃は、ナカちゃんの母親はいたのかなあ。
母親の名前は、ますさんて言うんだね。
昭和10年1月29日に亡くなったと墓誌に刻まれてる。
この時、ますさんは身ごもっていたけど、倒れてそのまま亡くなったみたい。
今みたく、医療が発達して、緊急車がきてくれたら、助かったのかもしれないけどね。
ますさんは、30歳で亡くなっちゃったんだね。
家の働き手は、祖父母と親父さんだけになってしまった。
不幸は続くよ。
この後に、落雷で家が全焼しちゃったんだなあ。
家の大きな杉の大木に落雷したみたい。
その火の粉が、茅葺きの屋根に降り注いで、屋根が燃え出したみたい。
この時の事を、小学校に入る前の叔父さんが、昨日のことのように覚えてるという。
落雷の音がして、家中、家の外も騒がしくなった。
火事だってね。
屋根が燃えてるってね。
その火は、直ぐに家中に燃え広がった。
この時、家の中には、乾燥の為に、ため込んだ煙草の葉っぱが大量に貯蔵されてた。
出荷前の乾燥された煙草の葉っぱが広い、家中に置かれていた。
火は煙草の葉に飛び火した。
大きな火の玉が、いくつも家中を飛び交ったという。
幼い叔父さんは、家から着の身着のまま逃げるのがやっとだったと言う。
家を出たら、大きな家は完全に火に包まれていたという。
何もかも、燃えてしまったという。
この時に、叔父さんが幼い時に亡くなった母親の写真も燃えてしまったという。
そんな訳で、叔父さんは、母親の顔を知らないという。
記憶の中に、母親の顔が出てこないと寂しそうに語っていた。
家は全焼した。
裕福な農家だったのは、煙草の葉を栽培して現金収入を得てたからかなあ。
この火事で、一夜にして、今まで築いてきた財産は消えてしまった。
家の側にあった牛小屋と蔵は火事の延焼を免れた。
残された家族は、そこを改造して暮らすようになった。
それからしばらくして、親父が北海道に行って、「一旗あげる。」と言い残して家を出て行ったみたい。
二人の幼い子供を育て行くのにどうしようも無くなって、一大決心したんだろうね。
その頃の北海道では、ニシン漁で景気が良かったみたい。
北海道に出稼ぎに行けば、直ぐに現金収入が得られると思ったんだろうね。
でも、直ぐに音信普通になった。
残された二人の子供は、家を出て行った父親と生前に再会することはなかった。
その父親が亡くなったのは、昭和43年11月18日と墓誌に刻まれている。
北海道に渡って、音信不通になった父親は、山形の鶴岡まで流れてきて、そこで再婚したみたい。
そこで子供をもうけて暮らしてたみたい。
この父親が危篤状態になった時に、その息子からナカちゃんに連絡があった。
ナカちゃんと叔父さんが、山形の鶴岡に駆け付けたけど、死に目には会えなかった。
ナカちゃんと叔父さんの二人の兄弟は、幼い時に両親を失っていた。
実家に残された祖父母は、働き手がなくなって途方にくれた。
親戚の家と養子縁組をしたんだなあ。
その時から、実家の平根の姓は消えたんだなあ。
養子縁組をした、OOO家の姓に変わったんだなあ。
そんなもんだから、親戚の悔やみに行っても、平根の姓は耳にしないんだなあ。
家族の歴史も調べてみるといろいろあるなあ。
母方の家族の歴史がいろいろ分かってきたのも、この墓を建ててからだなあ。
みんな時代の歯車の中で、翻弄されながら生きて、そして死んでゆくんだなあ。
でも、個人の歴史の記録は、全く残らないなあ。
いろいろ調べて、そう言った記録を残すのもetekoの役目かなあと思い始めてる今日この頃だよ。![]()
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