田尻の家のキンカンの花が咲いてた。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

田尻の家のキンカンの花が咲いてた。

 

キンカンの苗を買って来て植えたのは、2011年だったかなあ。

翌年、だったか。

 

3.11の震災の年に家が建って、翌年からナカちゃんが引っ越した。

 

この辺りの時間記憶は、3.11の震災があったので、いろいろな事がetekoの猫の脳みそに残ってる。

 

3.11の日の午前中に更地だった田尻の家に行った。

田尻の家と言っても、家は建ってなかった。

田尻の土地に行ったと言うのが正解かなあ。

 

家はタマホームに頼んだ。

タマホームの担当の営業マンが311の午前中に、地鎮祭?をやることになった。

etekoは桜川のボロ屋敷からナカちゃんと田尻の土地に向かったよ。

 

地鎮祭?は、更地にしめ縄を張って、そこにお供えものを置いて、神主さんがお祓いをするよ。

 

田尻の土地に集まったのは、4人だった。

etekoとナカちゃんの家を建ててもらう人が2人。

タマホームの担当の営業マンが1人。

千葉県の方の神社から呼んだ神主さんが1人。

 

地鎮祭?は、この4人だけでとりおこなわれた。

 

午前中に地鎮祭?は終わった。

午後には田尻の土地から、桜川のボロ屋敷に帰って来ていた。

 

etekoは桜川のボロ屋敷でグダグダしてた。

 

地震で地面が揺れだした時は、何故かetekoは倉庫の屋根の上にいた。

そこは、もちろん、eteko農園だよ。

3.11だから、今年は何を植えようかなんて考えてたのかもね。

 

酷い揺れがずーと続いたよ。

 

地面がこんなに揺れていいのって思ったよ。

 

地面がこんなに動いていいのって思ったよ。

 

最初の地震は長く続いたよ。

 

etekoが生きて来た中で味わった一番の災害だよ。

 

こんな事を書いてると3.11の時の記憶が芋づる式によみがえってくるなあ。ガーン

 

 

田尻のキンカンのことだけ書くよ。

こんなふうに白い花が咲いてる。

 

キンカンの苗は3本植えたんだなあ。

 

実がなる木を植えたい、家庭菜園をやりたいと言うのがナカちゃんのポリシーだった。

と言っても、高齢で足の悪いナカちゃんは見てるだけだよ。

 

でも、キンカンの苗木は、滑川の山新にナカちゃんと一緒にいったなあ。

野菜の苗や培養土を買いに、何度も一緒に行ったなあ。

 

キンカンに花が咲いたから、今年も実がなるね。

 

花が咲いて実になる。

 

もっともなお話しだよ。

 

ずーと、疑問に思ってるのは、桜だよ。

 

毎年、春に満開になるのに実がならないよ。

 

サクランボと身近で目にする桜とは違うみたいだけどね。

 

どうなってんだろう。

 

ググってみよう。チュー