リリィさんの動画を見ると大学生時代のetekoを思い出すよ。 | eteko屋スタジオ

eteko屋スタジオ

勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。



リリィさんの動画を今はYouTubeで見られるよ。

こんな動画を見ると、大学時代のetekoの記憶がいろいろ蘇るよ。

リリィさんの訃報を聞いた時も、40年くらい前のetekoの消えた記憶がいろいろ蘇ったよ。


リリィとは、ちょっと言うか、深い中だったよ。


なんて、カミングアウトするetekoだよ。


実は、実はですよ。


etekoは大学時代は、地元の茨城の日立市を離れて、東京にある三流大学にいたよ。

一浪したetekoは、完璧な受験体制の落ちこぼれだったよ。

この時から、世の中からは、外れてる存在だって自覚したよ。

浪人しても、勉強しなかったよ。

その結果は、東京にある三流大学にしか引っかからなかったよ。


etekoは浪人時代は、仙台の方の予備校に行ってたよ。
その1年間は、ギターを家から持って行かなかったよ。

だから、一年間はギターを弾けなかったよ。

そんなetekoが大学に入学して、最初に学校に行ったら、校門の前から大学の校舎の入り口まで、大学の部活とかサークルの勧誘って言うのをやってたよ。

etekoの目には、なんかのお祭り騒ぎで、露店の屋台が並んでると思ったぐらいだよ。

呼び込みや、勧誘が凄かったよ。


新入生のeteko体つきを見て、体育会系のサークルに声をひっきりなしに声をかけられたよ。
空手部、柔道とかね。

そりゃあ、そっちの方は中学時代までは、少しかじってたけどね。

でも、eteko的には、ギターを弾けるサークルに席を置きたいなあって思ってたよ。


そしたら、アコースティック・ギターを弾きながら部員を募集してるサークルがあったよ。

このサークルに入れば、ギターは弾けると思ったよ。

いやなら、ぬければいいだけだしね。

etekoが入った音楽サークルの名前は、「フォーク・ソング研究会」って言うよ。

etekoはフォーク・ソングよりは、今まで弾けなかったギターを弾くぞって言う気持ちで入会したよ。


このサークルに入会して分かったのは、このサークルのメンバーは、週に2回、集まって、コーラスの練習をするよ。
これは、その頃、大学の音楽サークルではやってたシングアウトなるもの練習だよ。
20人ぐらいがステージに上がり、サークルのメンバーのバックバウンドの演奏に合わせて、メイン・ボーカルが歌うよ。
バックバンドと言っても、ギター、ベス、ドラムス、ベース、キーボードだけだよ。
他のメンバーはコーラスで、3声のパートに分かれて、バックコーラスを入れるよ。


そんな練習が週に2日あるよ。

そして、入会したメンバーは、気の合った者同士で、バンドを組まなくちゃあいけないよ。

サークルのメンバーは、自分のバンドと全体でのシングアウトの練習と、半々で参加しないといけないよ。

それで、年に一回の定期コンサートと学祭で、教室をライブ・ハウスにしてのライブをやるよ。

その他に、他大学の音楽サークルとの合同コンサートを1,2回やるよ。

そんな音楽サークルに入ってしまったetekoだよ。


etekoが一年生でこのサークルに入った時は、三年生が幹部と呼ばれてたよ。
幹部が練習の時のリーダだし、定期コンサートやイベントを企画するのも幹部が実施するよ。

この時の幹部の部長がT先輩だったよ。


T先輩の姉さんは、この時に、リリィさんの音楽事務所のスタッフをやってたみたいだよ。
その関係で、T先輩は卒業後、リリィの音楽事務所に潜り込んだみたい。

最初は付き人さんみたいな事やってたみたいだけど、直ぐにリリィの音楽事務所の社長になっちゃったよ。

その頃は、本当に、リリィさんの個人の小さな音楽事務所みたいな感じだったよ。

その頃は、リリィさんのコンサートに動員がかかったなあ。
動員と言っても、etekoのいた音楽サークルにT先輩がリリィさんのコンサートのチケットを5,6枚置いていくだけなんだけどね。

もちろん、ただ券があるんで、etekoは仲間と見に行ったよ。

博品館って言う名前もその頃知ったよ。


この音楽サークルは、4年生になると引退だよ。
一様、就職活動とかあると言う名目なんだけどね。

サークルに所属してても、4年生はOB扱いだよ。


この時に同級の仲間のKA君、T先輩のコネを使って、この音楽事務所に潜り込んだよ。

ちょうど、その頃に、桑名正博がこの音楽事務所に所属したよ。

KA君は最初は、桑名正博のポーヤをやってたよ。

そしたら、セクシャル・バイオレット、No.1 で、大ブレークだよ。


桑名正博が青年館でコンサートをやる時に、KA君から機材搬入のバイトを頼まれたよ。
サークルの仲間の二人で行って、機材の搬入とコンサートが終了後の片づけをやったよ。

給与は、5000円だったかなあ。

搬入の後は、桑名正博のコンサートを後ろの方から立ち見で見てたなあ。

お金を払わずに桑名正博のコンサートを見れたよ。

それも、桑名正博が一番にブレイクしてた時だったよ。


ただ、機材は、輸送のダンプから降ろしたり積んだりしたけどね。

でも、その代償は5000円貰えたよ。


そうなんだよね。

リリィさんとは、T先輩を通して、繋がりがあるよ。

リリィさんの音楽事務所は、モスファミリーって言ってたよ。


その後、渡辺美里、泰葉が所属したよ。


etekoが社会人になってから聞いた噂では、T先輩は、林家三平の娘の泰葉を売り出すマネージャになって頑張ってるってことだった。

泰葉のデビュー曲の、「サタディー何とかって言う奴」で頑張ってるって言うのを聴いたよ。


しばらくして、T先輩の噂を聴いたよ。


モスファミリーの社長も辞めて、嫁さんの実家の栃木の日光に引きこもっちゃったて言う噂を聞いたよ。
日光で弁当屋さんをやってるんだってさあ。


聞いた話では、所属してくるタレントが自己中の我がままで、面倒みきれなくなったみたい。


判るような気もするなあ。


そんな過去の思い出が、この動画を見てると蘇るよ。