ひたちのエコフェスで歌ってきて、ひとり打ち上げだよ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

初めてひたちのエコフェスのお祭りに参加したetekoだよ。

 

etekoのステージは、午後の2時50からだったよ。

 

予定で日立シビックセンターの1Fフロアーって事になってたよ。

 

行ったら、ビックリの展開だよ。

 

ステージは日立シビックセンターの新都市広場のマーブルホールってことになってたよ。

 

室内だと思ってたの、炎天下の広場だよ。

 

そこでアコースティック・ギターの弾き語りだよ。

 

まあー、いいよ。

 

お客さんなんかいないし。

 

有料で、お金を取ってるわけでもないしね。

 

自己中のetekoはオリジナルの曲を4曲、歌って帰って来たよ。

 

セット・リストは以下だよ。

 

1、「雨にもまけず」

 

2、久しぶりの故郷

 

3、風来坊

 

4、ぬかるみ

 

2から4は、etekoの学生時代に作ったオリジナル曲だよ。

 

音楽活動再開で30年ぶりに、丸勝のフリーマークで人前で歌いだしたよ。

そしたら、3.11の震災が起きたよ。

 

etekoが歌いだすと、世の中に災いをもたらすよ。

 

3.11の震災後、etekoは、宮沢賢治の詩、「雨にも負けず」に、曲を付けて歌いたくなったよ。

 

で、半年ぐらいかけて、etekoの「雨にも負けず」をでっち上げたよ。

 

1年くらいは音楽活動をやってたけど、お金にならないよ。

 

警備員のバイトとか始まって、再び音楽活動は中断だよ。

 

そうこうしてる内にeetekoは還暦になっちゃったよ。

 

年金を繰り上げで貰うことにしたよ。

とにかく貧乏だよ。

警備員のバイトに行っても、年収が100万円に届かないよ。

 

一日に8000円のバイトなんだけどね。

 

行けば行ったで、精神的ダメージが酷過ぎるよ。

 

そんなもんだから、警備員のバイトは毎日、行ってた訳じゃあないよ。

 

その結果が、年収100万に届かずだよ。

 

そんな警備員の会社に6年もいたんだなあ。

最後の2年間は、年に一〇日ぐらいしか行かなかったよ。

 

 

去年の12月に辞表出して、無職のetekoだよ。

 

後は、下手なギターを弾くことぐらいしか楽しみないよ。