半世紀前のお風呂だよ。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。


etekoのお風呂だよ。
半世紀前に出来たお風呂だよ。
こののお風呂には、100人以上の人がお世話になったよ。

でも今は、etekoがひとりだけのお風呂だよ。

100人以上って言うとみんな驚くよ。
etekoのボロ屋敷は、建った時から、日立製作所の社員の寮になってたよ。
半世紀前の日立市は、日立製作所があげあげだったよ。
日本の高度経済成長と重なってたのかなあ。
東北の各県から、高卒の金の卵を大量に入れてたよ。
ただ、当時は住宅不足だよ。
日立製作所でも社宅とか造ってたけど、間に合わなかったみたい。
etekoの家が建ってから、周りに市営のアパートが建ったよ。
人が日立市に急激に流れ込んだけど、住む家が不足してたよ。

etekoの家は、日立製作所の国分工場の他県から来た社員の寮になったよ。
最初の頃は、20前の若い新入社員が10人以上暮らしてたよ。
入れ替わりもおおかったよ。
その後、女子寮になっちゃった。

etekoが中学生の頃まで、やってたのかなあ。

小学生の3年生だった頃?東京オリンピックがあったなあ。

半世紀の間にお風呂も変わってたよ。
最初は、湯船も洗い場も、全部タイル張りだったよ。
お湯は隣の炊事場に小さなボイラー?があり、そこに、薪をくべて沸かしてたよ。
数年経って、プロパンガスになった。
最初の頃の湯沸かしのガス窯は、温度調節ができなかったよ。
火を付けてからお湯があれば、お風呂の中についてる水道の水を入れたり、火を消したりして温度調節してたよ。
火を点けっぱなしにしてて、何回か風呂釜が壊れちゃて交換したなあ。

この頃、親父はプロパンガスや灯油をあつかってた。
もともとは米屋をなりあいにしてたんだけどね。
周りの家も、最初の自宅風呂は、薪を燃やしてたよ。
その内に灯油に変わっていった。
家の風呂は、灯油を飛び越して、プロパンガスになったよ。

このお風呂を使い始めてから10年ぐらい経った頃かなあ、タイル張りの浴槽の中にスチール製の浴槽を入れたよ。
タイル張りの浴槽は、コンクリートで形を造ってあるよ、そこにタイルを張ってある。
それが、経年劣化で水漏れが激しくなってきたよ。
この工事は、おやじを手伝って二人でやったのを覚えてる。

この頃には、国分工場の寮は終わってた。
etekoの家が寮を始まったころから、日立製作所でも工場の周りに鉄筋コンクリートのマンション?を建て始めてたよ。
4、5階建ての単身者用のアパートが建てられていたよ。

そう言えば、3.11の震災以降、こらの建屋は、次々と取り壊されてるよ。
今現在も取り壊し工事中って言うのも目にするよ。
これじゃあ、日立市の人口も減るよね。
etekoの家に入ってた数人も日立市に定住したけど、その子供たちは東京とかにでていくよ。
日立市は、日立製作所の城下町だよ。
日立製作所が落ちぶれれば、日立市も落ちぶれるよ。
今は、少子高齢化問題のお手本みたいになってる。



お風呂の事を書こうと思ってるのに横道にそれちゃうよ。

このお風呂、7,8年前?、10年経ったかなあ。
お湯は、プロパンガスからエコキュートに変えたよ。
etekoのボロ屋敷に太陽光パネルを張って、そのついでに、エコキュート、IHクッキングヒータをいれたよ。
築50年経った家が、オール電化住宅に変身しちゃったよ。


このお風呂の写真はちょっと前に撮ったよ。
この時は何故か夜中の1時に目が覚めてしまった。
その2日前に浴槽を掃除しようと洗浄液を入れてたよ。
お風呂に入りたいと思ったよ。
そんな訳で、深夜にお風呂掃除が始まった。
お風呂場の洗い場もブラシでごしごし、浴槽もごしごししたよ。

休み休みごしごししたよ。

こんな深夜に風呂掃除してるジジイ。

なんか変だなあ。

掃除を終わってひと眠り。
その間にお湯をはった。

目が覚めた。

久しぶりに気持ちのいい朝風呂だった。


こんな事できるのも警備員のバイトを休業してるおかげだよ。