花火大会の思い出。 | eteko屋スタジオ

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勝手気ままに生きてる自己中だよ。
妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。


2016年度・佐倉市花火大会の見所、エッセンスを『みたかずよ』が唄う『母への手紙』をBGMに凝縮したビデオです。
関東では唯一の規模、2尺玉4発の迫力を一番前に編集しました。


と言う動画を見たのでアップしました。

この動画を見ながら、etekoの花火大会の思い出がよみがえってきました。


etekoの地元の日立市では、夏になると花火大会なるものが、海水浴場が会場で開催されます。
日にちが重ならいようにやってるみたい。
でも、打ち上げる花火の数が少ないので、30分くらいで終わってしまいます。
子供の頃は、家からでも、3か所ぐらいの花火大会の花火が見えました。
近い順から、河原子、大瀬、久慈浜と、それに隣の東海村の花火大会も夜空が明るくなって、ドーン、ドーンて花火が上がってる小さな音が聞こえてきました。

子供の頃は、夏休みに花火大会を楽しみにしてました。
いつも、ひとりで見てたような気がする。

でも、社会人になってからは、これらの花火大会を花火を見たのは4,5くらいしか思い出せないよ。
半世紀近い間に、4,5回だよ。
いつもは、家の中にいて、花火の上がる音だけを聴いてるだけだよ。
ただの騒音だよ。


去年は、訳ありで、河原子海岸の花火を真下で見てた。

その2,3年前は、警備員のバイトで河原子海岸にある湯楽の里と言うスパ施設の駐車場にかり出された。
この時は、河原子の花火大会の対策の為に、警備員が3人、午後から派遣された。
暗くなると花火が始めた。
初めから終わりまで、近いところで花火を見てた。

どっちも、花火大会の花火を見たいから、その場所にいた訳じゃあないよ。
その場所にいたのは、バイトの関係だよ。

こんな事を書いてたら、東京の学生時代の隅田川の花火大会の事を思い出した。
オイラが大学の2年生の時だよ。
大学の夏休みに、etekoは、生まれて初めてアルバイトをやっていた。
この時は、両国のお茶屋の「山本山」の本社にアルバイトで行ってた。
お中元の配送のお手伝いだよ。
くそ暑い倉庫の中で、お中元セットが入ってるダンボール箱を積んだり崩したりしてた。

バイト期間が終わる頃に、隅田川の花火大会にぶち当たった。
いろんな事情で、隅田川の花火大会は、戦後、中断されてたみたい。
それの復活第一回目の隅田川の花火大会にぶち当たったよ。

バイト先は、etekoが所属してた音楽サークルで代々続いてるみたい。
先輩に紹介されて、音楽サークルの仲間が10人くらい入ってる。
それに、他の女子大の学生も事務の補助員で5,6人ぐらい来てた。

バイトが終わるとみんな、JRの両国駅から帰宅する。
帰りに両国駅の近くでお茶したりして、みんな、仲良くなってた。

隅田川の花火大会の日は、バイトが終わってから、仲良くなった7,8人くらいで、お茶した。
暗くなるを待ってた。
そうしていると、両国駅付近の道路は、浴衣を着たアベック?(死語)、や親子連れの人出が溢れてきた。

eteko達は、暗くなった両国駅の通りにくりだした。

歩道は花火目当ての通行人で渋滞だ。
その内に、闇夜の空に花火が上がり始める。
旧国技館の辺りを群衆に連なってだらだら歩いていく。
どこをどう歩いてるのか全く分からないよ。

その間、頭上では、ドーンと言う音が途切れなく聞こえる。
夜空に、パット、明るい光の花を開いて、闇夜に吸い込まれていく。

そんな事があったなあ。

大学を卒業して地元に帰ってきた。
夏になると、花火大会を毎年やってる。
遠くで花火大会をやってる音だけは、いやおうなしに聞こえる。

でも、外に出て、花火を見ることはなかった。