
福島ユナイテッドFC(以下:福島U)といわきFCは、5月23日に福島市十六沼公園サッカー場でトレーニングマッチを行った。この試合は、天皇杯全日本選手権福島県代表決定戦の前哨戦としてマニアの注目を集めた。テレビユー福島アナウンサーの杉浦祐治やふくしまFMパーソナリティの藤原カズヒロが取材に来ていた。いわきFCのサポーターは横断幕を掲げて、試合の行方を見守った。結果は0-0のスコアレスドロー。前半はいわきFC、後半は福島Uが押しぎみだった。
本ブログも5月25日付でこの試合を取り上げ、「両クラブは、天皇杯全日本選手権福島県予選の決勝で再戦する公算が強い」と書いた。それ以外の展開が思い浮かばなかったからだ。仮にそれ以外の展開を予想した人がいたら、相当なへそ曲がりだ。

天皇杯福島県代表決定戦は、6月26日に開幕した。初参戦のいわきFCは、対戦相手に大差をつけて勝ち進んだ。1回戦のビアンコーネ福島戦は5-1、2回戦の東日本国際大学サッカー部戦は7-0、3回戦の福島県立医科大学サッカー部戦は11-0、4回戦の相馬サッカークラブ戦は6-0、5回戦のFCプリメーロ戦は6-0、準決勝の福島大学サッカー部戦は5-0。6試合の得点は計40点で、失点は1点だった。スコアだけ見たら、多くの人は「野球の試合?」と勘違いするのではないか。
これに対して、福島Uは準決勝までの試合を免除され、初戦がいきなり決勝になった。これまでの実績が評価され、スーパーシードになったのだ。天皇杯全日本選手権大会の福島県代表になって当たり前と見られていることになる。この特別扱いは、福島Uの選手たちにとってプレーシャーになる。決勝で敗れ、代表を逃したら、それこそ何を言われるか分からない。


決勝の舞台となったあいづ陸上競技場は、会津若松市の郊外にある。JR会津若松駅から南に6㌔㍍ほど行った場所で、会津総合運動公園の一角にある。同じ公園内には体育館や野球場もある。福島Uは毎年、J3リーグの一部試合を同陸上競技場で行っている。なでしこリーグのベガルタ仙台レディースも同様だ。ベガルタレディースが隣県の福島県で試合をするのは、前身が東京電力女子サッカー部「マリーゼ」だったからだ。
試合当日は快晴になり、気温が30度以上になった。熱中症や日焼けを恐れた観客は、屋根のあるメーンスタンドに腰を下ろした。試合開始前にここが満員になったので、遅れて来た観客は芝生席を選ばざるを得なくなった。両クラブのコアサポーターは、当然のようにゴール裏に陣取った。ピッチの西側が福島U、東側がいわきFCだ。観客数は2320人と発表された。

陸上競技場前の広場には両クラブのグッズ売り場が並んだ。こちらも西側が福島U、東側がいわきFCだった。テントの色は、福島Uが赤、いわきFCが黒。Tシャツなどの衣料品にはスポーツ用品メーカーのロゴマークが入っていた。福島Uはヒュンメル(デンマーク)、いわきFCはアンダーアーマー(アメリカ)。国内における販売権を有しているのは、ヒュンメルがSSK(大阪市中央区)、アンダーアーマーが前出のドームだ。
試合は午後2時4分に始まった。福島Uは前半16分、FW金弘淵のヘディングシュートで1点を先制した。いわきFCは後半41分、FW菊池将太からパスを受けたDF高野次郎が右足でシュートし、同点に追いついた。試合は1-1のまま延長戦に突入。福島はその前半9分、DF酒井高聖からのクロスボールをFW樋口寛規がボレーシュートし、1点を勝ち越した。延長の後半はいわきFCが攻勢を強め、福島はゴール前を固める格好になった。しかし、点は入らず、福島が2-1で逃げ切った。


試合後、表彰式が行われ、両クラブの選手たちが1列に並んだ。どちらの選手たちもやりきったという顔をしていた。主催が福島県サッカー協会、福島民報社、NHK福島放送局の3者なので、賞状やトロフィーの類が多かった。その後、選手たちは東西2つに分かれ、それぞれのサポーターにあいさつした。福島Uの選手たちはグラウンドに座り、サポーターと一緒に記念撮影した。
ハーフタイムの最中、いわきFCのグッズ売り場に体格のいい男性が現れた。身長は175㌢ぐらいだが、とにかく胸板が厚い。プロレスラーと名乗っても、違和感を抱く人はいないだろう。男性はスタッフを激励し、さらに「まだ1点差!後半で追いつける!」と言った。
新聞などで見覚えのある顔だった。記憶を遡ると、その名前が頭に浮かんだ。ドーム会長兼CEOの安田秀一だ。いわきFCの試合が気になって、会津若松市にやって来たのだ。さっそく「安田会長じゃないですか」と声をかけ、握手してもらった。ついでに写真を撮らせてもらおうとしたが、安田は「えっ、1人で? 何か恥ずかしいな…」と苦笑いした。

そこにタイミングよく、タレントの武田玲奈が女性マネージャーと一緒にやって来た。いわき市出身の武田は、いわきFCの公認サポーターとして会場に来ていた。女性マネージャーは安田に「武田と一緒に写真を撮ってもらえませんか」と言った。安田はこれに応じ、武田と握手した。
こんなおいしい場面を逃すのはもったいないので、どさくさ紛れで撮影した。2人の目線ももらった。労せずして、貴重な写真が撮れた。サッカーで言えば、ごっつぁんゴールだ。
ただ、武田はタレントで、しかも売れっ子だ。その容姿自体が価値を持っているので、写真を無断で公表するわけにはいかない。ましてやインターネット上に流通させれば、写真を拡散されるのは必至だ。肖像権の侵害になる恐れがあるので、本ブログには安田1人の写真を掲載することにする。

試合の後半、芝生席で顔見知りの福島県職員に会った。彼は地域政策に関わる部署でプロスポーツの振興を担当している。お互いに福島ユナイテッドFC、福島ファイヤーボンズ(バスケットボールB2)、福島ホープス(野球BCリーグ)の試合を観戦する機会が多いので、話をする関係になった。
私「観客が入りましたね。スタンドが満員です。福島FCをあっさり潰した福島県のサッカー界がこれだけ盛り上がるとは…」
職員「2000人は入ったんじゃないですか(この時点では観客数が発表されていなかった)」
私「盛り上りの原因は、いわきFCという新しいクラブが出現したことにあります。それによって、福島ユナイテッドFCの存在感も強まりました。『どちらが強いか』という見所ができたからです。スポーツにおいては、ライバル関係というのは重要な要素です」
職員「県内にJリーグのクラブが2つあってもいいと思います。面積が広いので、棲み分けは可能です」
私「県がプロスポーツの振興に力を入れていることも見逃せません。『福島県サポーティングマッチ』を開催し、そのイベントを通じて観客数の増加を後押ししています。今日の試合がこれだけ盛り上がったのも、県のそうした施策があったからです(←ヨイショ)」
職員「……(笑)」


前出の福島FCは、旧JFLに所属していた。当時はJリーグがディビジョン制をとっていなかったので、旧JFLは現在のJ2に相当する。
福島FCは1995年に旧JFLに参戦したが、経営難が深刻になり、1997年末に解散した。歴代のクラブ代表2人は億単位の借金を背負い、人生が狂った。これについては、本ブログ2012年4月に連載した「福島原発とサッカー界の微妙な関係」「佐藤前知事の主任弁護人をつとめる宗像元東京地検特捜部長がラジオに出演」を読んでいただきたい。
天皇杯全日本選手権大会の福島県代表になった福島Uは、1回戦でザスパ草津チャレンジャーと対戦し、4-1で勝った。2回戦は横浜Fマリノスと対戦し、延長の末に0-2で敗れた。今季は2012年のような番狂わせを起こすことはできなかった。
J3リーグは浮上のきっかけがつかめず、残り2試合の段階になっても16チーム中13位と低迷していた(最終的には14位)。2014年は12チーム中7位、2015年は13チーム中7位だった。これを踏まえ、福島Uは11月8日、栗原と来季の契約を更新しないと発表した。栗原は2014年に監督となり、今季は3年契約の3年目だった。後任は未定。

一方のいわきFCは、10月上旬の全国クラブチーム選手権大会で優勝し、始動1年目で「全国」の2文字がついたタイトルを手にした。福島県社会人リーグ2部は全勝優勝し、同1部昇格を決めた。ただ、最大の目標にしていた10月下旬の全国社会人選手権大会は準々決勝で敗退し、ベスト8どまりだった。
全国社会人選手権大会は、JFLに通じる道だ。この大会で3位以内に入れば、福島県社会人リーグ2部のチームでも地域チャンピオンズリーグ(旧全国地域リーグ決勝大会)に出場できる。
通常は福島県社会人リーグ2部→同1部→東北社会人リーグ2部→同1部という階段を1つずつ上らなければならない。しかも、同1部で優勝しなければ、地域チャンピオンズリーグに出場することはできない。それでは時間がかかりすぎるので、いわきFCは全国社会人選手権大会を経由して、地域チャンピオンズリーグに出場しようと考えたのだ。同リーグで上位2チームに入ればJFL昇格となるが、いわきFCはその手前で道を閉ざされた。この瞬間、来季は福島県社会人リーグ1部で戦うことが確定した。(おわり)
【写真の説明】
・サポーターに記念の盾・トロフィーを見せる福島ユナイテッドFCの選手
・観客で埋まったメーンスタンド
・福島ユナイテッドFC(上)といわきFCのサポーター
・広場に並んだ福島ユナイテッドFC(右)といわきFCのグッズ売り場
・ピッチを走り回る両チームの選手たち(上下2枚)
・ドームの安田会長兼CEOも観戦
・表彰式に臨む両チームの選手たち
・記念撮影する福島ユナイテッドFCの選手たち(上)と見守る鈴木社長
・子どもたちと談笑するハウストラ監督















