
東京電力福島第一原発の事故に伴い、国の避難指示区域以外から福島県内外に避難した人々がいる。一般的には「自主避難者」と呼ばれている。避難先では住宅が無償提供されているので、本人が家賃を負担する必要はない。とはいえ、この特例措置が来年3月末に打ち切られるので、自主避難者は今後、どこにどうやって住むかを決めなければならなくなった。
選択肢は、次の3つが考えられる。①避難する前の居住地に戻る②家賃を自己負担して避難先に住み続ける③避難する前の居住地と訣別して、避難先に自宅を構える。
経済的な負担を考えると、最も現実的な選択肢は①だ。ただ、放射線に対する考え方がシビアな自主避難者にとって、最も選択したくないのが①である。
経済的に余裕のある人は②を選べばよい。さらに一歩進んで、生活の拠点を完全に移す③のような選択もある。

一方で、この特例措置を来年4月以降も継続してほしいと訴え、その実現を呼び掛けている人々もいる。「原発事故被害者団体連絡会」(通称:ひだんれん)のメンバーだ。
彼らは11月28日から12月2日までの5日間、福島県庁で特別措置の継続を訴えた。28日は県庁本庁舎2階の知事室に向かったが、秘書課の手前で職員に行く手を阻まれた。定例の記者会見に臨む内堀雅雄知事が近くを通りかかると、メンバーは「直訴」と書いた封筒を渡そうとした。しかし、職員に阻止され、渡すことができなかった。内堀に代わって生活拠点課の職員が応対。メンバーは引き続き「直訴」と書いた封筒を手にし、なおも内堀との面会を要求した。職員は封筒を受け取り、知事に報告すると明言したが、メンバーは納得しなかった。そうしたやり取りの末に、メンバーは1時間半後にその場を後にした。

翌日以降は毎朝、福島県庁前に立ち、出勤する職員らに向かって「内堀知事は被害者の声をきけ!」「住宅の無償提供の延長を!」「住まいを奪うな!」といったプラカードを掲げた。職員らはそれらの光景をチラッと目にしながら、素通りした。12月1日は生活拠点課、翌2日は秘書課の職員と話し合ったが、内堀との面会は実現しなかった。
新聞各紙は、これらの活動をあまり報道しなかった。毎日新聞福島版(29日付)と河北新報(同)は28日の「騒動」を写真付で取り上げたが、地元紙の福島民報と福島民友新聞は完全にスルーした。
避難者の動向をウォッチしている「民の声新聞」というウェブサイトがある。鈴木博喜発行人は、前述した内堀の記者会見に出席し、自主避難者に対する方針を質そうと考えた。しかし、会見への参加は認められたものの、質問と写真撮影については記者クラブ幹事社、県広報課の双方から「前例がない」という理由で禁じられたという(11月29日付)。

ひだんれんは12月4日、福島県教育会館(福島市上浜町)で「原発事故被害者を切り捨てるな!」と題する集会を開いた。避難者や支援者ら約130人が参加し、「来年4月以降も住宅無償提供を継続しろ!」「放射線リスクを回避しようとするのは、人として当然の権利だ!」などと訴えた。
このあと、参加者は福島市の中心部をデモ行進した。和製パンクバンド「切腹ピストルズ」が太鼓を打ち鳴らして先導した。コースは約3・5㌔で、AXC(旧長崎屋福島店)前やJR福島駅東口など人通りが多い場所も通過した。出発して1時間半後の午後4時にゴールの福島県庁前に到着。ここでメンバーは握手などを交わし、解散した。
翌5日付の新聞各紙を確認してみた。この集会&デモを報道したのは毎日新聞福島版と福島民友新聞だけだった。毎日は写真付、民友は2面にベタ記事(文字のみ)。この手の話題に関心が高いはずの朝日新聞、11月29日付で避難者の「直訴」を取り上げた河北新報は共にスルーした。

ひだんれんは、地元メディアの対応をフェイスブックで次のように批判している。
《今回の集会とデモは、事前に記者会見して周知したにもかかわらず、地元紙や地元テレビ局の取材はありませんでした。私たちは12月県議会に住宅無償供与継続の請願を出す、前ぶれとしてこの集会とデモを計画したのですが、地元メディアが避難を継続しようとする県民の切り捨てに対し抗議する動きを報道しないのは、どういうことなのでしょうか?》
福島市内で約1時間半のデモを行っても、それをじかに目にするのはせいぜい1000人程度だ。仮に目にしても、プラカードを凝視しなければ、何のデモなのか分からない。デモは報道されて初めて効果を発揮する。報道されないデモは、自己満足のパフォーマンスに等しい。

地元メディアはなぜ、ひだんれんの活動にこれほど冷淡なのか…。理由は1つ。福島県全体に自主避難者を敬遠するムードが漂っているからだ。
避難指示区域以外に住んでいる県民の大半は、原発事故後も居住地を変えていない(進学や就職など個人的な事情による転居は除く)。放射線リスクが云々されても、避難せず、そのまま踏みとどまった。原発事故から5年8カ月がたった現在は、日常生活を取り戻しつつある。
だから、ひだんれんの「原発事故の被害者を切り捨てるな!」という主張が理解できない。「住宅無償提供の打ち切りに反対するぐらいなら、避難生活をやめて、元の居住地に戻ればいいではないか」と受けとめているのだ。
理解できないどころか、反感を抱いている人も多い。
「あいつらは自分の行動を正当化するために、避難先で『福島県は放射線リスクが高い。帰還するなんてとんでもない』などと触れ回っている。福島県民のくせに、復興の妨げになるようなことをしている。風評被害の元凶はあいつらだ」と。
同じ場所に住んでいながら、一方は避難し、一方は踏みとどまった。放射線リスクに対する認識の違いが、それぞれの行動を分ける形になった。最初は小さな違いだったが、原発事故から時間がたったことで、両者の間に深い溝ができた。同じ県民でありながら、相容れない関係になったのだ。

知事の内堀は、踏みとどまった派である。風評被害の払拭を図る立場なので、福島県庁に押し掛けたメンバーを批判したい気持ちもあるだろう。しかし、立場上、それはできない。何か言えば彼らを怒らすだけなので、あとは面会を拒否し、沈黙を守るしない。
地元メディアも立場は同じ。デモを大きく取り上げれば、メンバーの主張に賛同したと解釈されかねない。それを避けるためには、黙殺するのが一番だ。
知事やメディアでさえ、こうなのだ。デモをじかに目にして、それが自主避難者の集団だと知った一般人の反応は実に冷ややかだった。中には「◯◯◯◯」という差別用語を口にした人もいた。デモの参加者にとって、今の福島県は完全な敵地。目立つことをすれば、同情されるどころか、かえって反感を買うという構図になっている。

TBC東北放送ラジオは平日朝、「Goodモーニング」という情報番組を放送している。メーンパーソナリティは、月曜と火曜が松尾武(TBCアナウンサー)、水曜~金曜が飯野雅人(同)。番組の中に「ニュースクローズアップ」というコーナーがある。日替わりのゲストコメンテーター(仙台の大学教員、ジャーナリストなど)が、その日の朝刊で取り上げられたニュースを解説するという趣向だ。
8月29日放送の同番組では「原発避難、住宅支援打ち切り撤回を(山形)」が話題になった。ニュースソースは河北新報の記事である。
《東京電力福島第1原発事故の影響で福島県から山形県に移り住んだ自主避難者や支援者が28日、「住宅支援の延長を求める会」を設立した。山形県米沢市内で発足式を同日開き、来年3月で自主避難者に対する住宅無償提供を打ち切る方針を示している福島県に方針撤回を求めるとともに、支援の輪を山形県内外に広げていくことを確認した(以下略)》
この記事を読んだゲストコメンテーター(大学教員)は、福島県の方針に疑問を呈し、「住宅無償提供を継続すべきだ」とコメントした。それを聴いて「解説になっていない」と感じ、このブログに書いたようなことを約100字にまとめて番組にメールした。スタッフがそれをゲストコメンテーターに見せたかどうかは分からない。

原発事故は、福島県にさまざまな被害をもたらした。避難の途中に亡くなった人もいるし、窮屈な仮設住宅暮らしで体調が悪化した人もいる。風評被害で農産物は売れなくなるし、経営環境の激変で事業が成り立たなくなった会社も多い。除染は進んだものの、中間貯蔵施設の用地確保が遅れているため、汚染土壌が依然として仮置き場に山積みになっている。
県民同士のいがみ合いも深刻だ。補償金を得なかった人は、補償金を得た人をやっかみ、「あいつらは遊んで暮らしている」などと陰口を言っている。放射線リスクに対する認識の違いは、県民を自主避難者と踏みとどまった派に二分し、これまで述べてきたような対立を引き起こした。
これもまた原発事故の後遺症である。福島第一原発の廃炉に要する時間は30~40年と言われるが、壊れた人間関係の修復にも相当な時間がかかる。原発が立地する道県はこうした現実を踏まえた上で、再稼働に同意するかどうかを判断した方がよい。


















