前回の記事でわたしは

 

小島なんとかさんっていう女性の「夫」がどうの「主人」がどうのとかいうエッセイについて

 

ボロクソの感想を書いた。

 

彼女への個人的な感情で書いたのではないのよ~。

 

ただ

 

 

 

この人はエッセイには向いていない。

 

 

 

なぜそう思うのかというと

 

エッセイに求められているものは「何を書いているか」ではなく

 

「誰が書いているか」だから。

 

わかりやすく言うと

 

仮に

 

無名の54歳二黒土星の主婦がどんなに優れたエッセイを発表したとしても

 

人が読みたいと思うのはそっちではなく

 

新垣結衣ちゃんの書いた「撮影裏話」や「私の休日」などのタイトルのコラムであるということです。

 

なぜなら

 

エッセイは著者の人間性を楽しむものだからです。

 

もっと言うと

 

読者に共感を抱かせ「ひざポン」させてこそ価値を持つものがエッセイですから

 

ハァ??そんなひねくれたこと考えるのなんてアンタくらいでしょ  などと嫌悪感を持たれるようでは

 

これはもうエッセイストではなく

 

ただのライター というか

 

もっとキツく言うと

 

単なる  屁理屈屋さん      にすぎない。

 

彼女がどうしても文章の仕事を続けたいなら、今後は小説の道を目指したほうが良いと思います。

 

彼女自身ではなく

 

架空の人物が織りなすドラマを通じて

 

思うことを表現し訴えるほうが読者はすんなり受け止めてくれると思うので。

 

ただ

 

いくら架空の人物の物語とはいえ

 

どんな作品にもなんらかの形で必ず作者自身のパーソナリティが投影されるものですから

 

魅力ある女性像を描く恋愛小説というより

 

怨念のこもったホラー小説のほうが

 

彼女が大成する可能性は高いと思います。

 

まあ頑張って。

 

応援まではしないけど。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは日本の歴史がどうも苦手で(漢字ばっかりなんだモン!)

 

おまけにNHKには堅苦しい先入観も持っていたから今まで本当に見たことがなかったんだけど

 

この年になって初めて大河ドラマを見始めた。

 

「直虎」ね。

 

いやぁもう楽しいね。

 

世間がこぞって大河大河と口にする理由がわかったわ。脚本といいキャストといいカメラワークといい

 

こりゃ間違いなく日本一のドラマですわー。

 

天下のNHKが総力を挙げて取り組む理由も

 

俳優なら誰しもが出演を目標にする理由もわかるなぁ。

 

今年の主役は柴咲コウちゃんで、12話が先日放映されたところだけど

 

ここまでのところこの物語は

 

完全に男たちの闘いのドラマであり

 

その中でコウちゃん演じる おとわ は

 

あのキレイなお顔でただひたすら右往左往している って感じ。

 

ついに城主となった彼女が今後どんな存在感を発揮していくのか、すっごく期待してる。

 

そして

 

わたしの特別なお気に入りは高橋一生クン。この人はイイ!

 

もう完全に主役を喰っている。特に7話の演技は秀逸だった。

 

あの独特の眠そうな目の中に

 

ギラギラの野心が燃えさかる瞳があって

 

姿はひょろひょろしているのにオンナには絶対に出せないバスの声域でさあ!セリフに厚みと迫力を感じさせるわ!

 

やっぱり俳優って声が命なんだな。

 

この人のことは大いに応援するわ。

 

 

 

 

先日

 

ばーちゃんの具合が悪くて深夜に救急搬送してもらった。

 

これで何度目なんだろう。今度こそ本当にもうダメかと思った。

 

救命処置が施されている間、わたしは待ち合いの長椅子に座っていたんだけど

 

そこは暗い上に寒くってね。他にも何組かのご家族がわたしと同じようにコートにくるまって寒さに耐えて

 

みな無言だったなあ。

 

それで

 

そんな果てしなく長い時間を与えられて

 

わたし、自然とDAIGOのことを思い出してしまいましたね。不謹慎と言われてもかまわない。

 

どうしようもない不安と心細さを打ち消すために、無意識に別のことを考えようとしたのかもしれんね。

 

夢想の中にいる彼はステージで歌う姿ではなく

 

一人で黙って立っていた。サングラスかけてたな。

 

わたしは斜め後ろから

 

薄い背中や細い腰やポケットに突っ込んだ手をぼんやり眺めているんだけど

 

不思議なことにこのDAIGOが

 

ちょっと不機嫌そうなのがわかるのよ~。考え事してる時の顔だわあれは。

 

そういえばわたしは

 

彼のそんな表情も大好きだったな。

 

久しぶりに胸がキュッとなった。

 

彼はとうとう最後まで

 

こちらを振り向くことはなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
なかなか寝付けず
 
なんで眠れないんだろ弱ったなストレスが相当たまってるんだわきっと
 
と思っていたがふと
 
今朝は8時まで寝ていたことを思い出した。昼寝も2時間くらいしたんだわーそういや。
 
 
 
夜に寝付けなくても朝寝をすれば寝不足にはならないのであって
 
結果その夜もまた眠れないことになってもそのまた翌朝10時ごろまで繰り越して寝れば睡眠不足になる心配はない。
 
ただこれのどこが問題かというと
 
次の月曜日の朝は5時半に起きねばならんのだから
 
その時苦労するのは結局、他でもない自分だということである。
 
煩悶しているうち完全に目が冴えてしまった。
 
当分は寝付けそうにないので
 
諦めてごそごそと布団から這い出てしまいました。
 
こんばんは。えり湖です。
 
 
おはようございます、のほうが良いのかな。この記事をアップするのはまだ夜中だからこんばんは が正解なのだけれども、実際に読まれるのは朝だという方がほとんどであろうから。
  
 
 
 
 
どっちでもええか。
 
 
 
 
 
最近、自分の配偶者を
 
「主人」と呼ぶか「夫」と呼ぶか議論されているようですね。
 
小島なんとかさんっていう女性エッセイストが
 
「『主人が…』という言い方は、わざと彼よりへりくだる表現をすることによるゲスいマウンティングである」とおっしゃっていた。(ところでマウンティングってなあに?)
 
…………?
 
ちょっと意味がわからなかったので、もう一度読み直してみた。
 
 
 
わからない。
 
 
 
また読み直した。
 
さらに読み直した。
 
 
もしかしたらこういうことかなと思い少し言葉を補足し僭越ながらわたしが代わりに説明申し上げると
 
結婚相手を「主人」と自分がへりくだる呼び方にするのは
 
自分を卑下することでパートナーとの学歴や職歴の差を意識し他者に誇示することである。
 
あるいは
 
自分のほうが社会的に上であってもちゃんと男性を立てていることに内心得意になっているってことだ。現に私がそうだった。
 
もしくは
 
「本当は私のほうが社会的に上なんだけど、だからこそ外では逆にへりくだってあげてるのよ」という、夫へのマウンティングである。現に私がそうだった。
 
 
という主旨なのではないかと思料される。
 
ごめん、もしかしたら違ってるかもしれない。
 
それさぁ
 
さっきわたしが
 
こんばんは か おはようございます かで悶々としていたのと同じレベルでどうでもええ問題じゃん。
 
つーかあなた、「マウンティング」って覚えたての言葉を使いたかっただけなんじゃない?
 
でなかったら
 
原稿ネタに相当行き詰まって
 
何でも良いからとりあえず〆切に間に合わせて書いて送っとけーってだけの内容じゃない?
 
読めば読むほど
 
成績がクラスで8番くらいの高2の女の子が夜パートから帰ってきたお母さんに人生訓垂れてる場面に出くわしたみたいでイッライラしたわ~
 
 
 
日本語っておもしろいもので
 
husbandを示す表現はいろいろある。
 
「夫」「主人」「亭主」「うちの人」「ダンナ」「宿六」「パパ」
 
その時の気分とかその場の雰囲気や関係性でいっぱい自分で選べるのよ~
 
そのチョイスに個性はあるし多様性に富んだ言語の面白さをわたしは感じる。
 
「主人が…」と言う女性の心理を、得意になってるんだとかとかマウンティングしてるんだなどと
 
邪推するのは傲慢というものよ。
 
 
 
わたしは普段から
 
「主人」という言葉を用いています。
 
理由は
 
彼を大事にしたい気持ちをこめようとすると、これが一番しっくりくるから。ただそれだけ。
 
互いの肩書とか学歴の優越感とか劣等感とか
 
私は思いやってあげてるのよと
 
暗に圧迫かけるなどの駆け引きなんて
 
そんなこといちいち考えたこともないわよ?
 
そして
 
「夫」は日常会話ではなくかしこまった書き言葉として用いるものだと思うからです。
 
 
それに
 
自分の母のことは「母が…」と話しますが
 
人に尋ねるときは例えば
 
「お母さまはお元気ですか」というふうに言う。
 
純粋な疑問なんだけど
 
同様の場合
 
「夫」派の方は
 
「ご主人はお元気ですか」とは言わないのでしょうか。言わないのでしょうね。言えるはずないわよ。だって
 
「主人」とは夫婦の主従関係を示す悪しき慣習の呼び名だというのが彼女たちの主張の根本なのですから
 
そんな言い方したらばそれこそ
 
「夫とは対等な夫婦関係である私はこうだけど、配偶者の使用人であるアナタはどう?」と
 
正面きってケンカ売ってるようなものだものねぇ?
 
で、何てお呼びになってるの?
 
いやマジでこの小島なんとかさんに真剣に教えてもらいたい。
 
なんとお尋ねになっているのかご教授願いたいのです。
 
言っとくけど
 
「パートナー ♪」などと
 
この場合だけ英語を用いようなんて素っ頓狂な提案はナシよ?
 
今は日本語の話をしているのですから。
 
とはいえ
 
わたしはその「夫」派の方々を糾弾する気はまったくないのよ。
 
職場でも「夫」派はけっこう多い。
 
違和感は感じるけど、わざわざそこを訂正させようとは思わない。
 
つまり  自由  で良いんですよ。本当に「主人」が時流に合わなければ自然に淘汰され「夫」に変化していくもので
 
誰かが声をからして旗振ってまで議論し改革すべき問題じゃないんじゃないの?
 
ただ
 
いざ自分が「あなたのそれってゲスいマウンティングじゃん」などと(だからマウンティングって何だよ?)失礼千万な問題提起をされるなら
 
そりゃあ反論いたしますわよ。
 
バッカバカしい!のひと言で。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

春ねえ。

 

三寒四温というよりもう二寒五温だわねえ。。。。。

 

 

 

などと言っていた二日前の自分が憎い。

 

 

 

昨日はなんであんなに寒かったのよ?

 

ハー DASH! 念のための用心でマフラー巻いといて良かったわ。

 

 

 

昨日は仕事の帰りに MISTER MINIT に寄りました。

 

一つ隣の駅まで歩いた理由は

 

冷たい冬の風と春の温い陽光の混じった、気持ちの良い空気をいっぱい吸い込みたかったからです。

 

 

お店で受け取ったのは、修理を頼んでいた主人のビジネスシューズ。

 

彼は歩き方が下手なのか、すぐにかかとがすり減ってしまう。

 

しかも当の本人はそれをまったく意に介さず

 

放っておけば平気でボロボロの靴で出かけちゃうもんだから

 

常にわたしがそのメンテナンスに目を光らせている。

 

きれいに修理を施された仕上がりには満足したけど

 

わたしが先に死んだら彼は毎日どんな靴で仕事に行くんだろうって

 

歩きながら小さくため息。

 

川の向こうにそびえるのはランドマークタワーで

 

上層階はホテルになっている。

 

見上げると、窓のいくつかにはオレンジ色の灯りがついていて

 

今、あそこには誰かの素敵な夜が確かに息づいていると思うと

 

 

 

ちょっと羨ましかったな。

 

最近はなんだか弱気なわたし。

 

おはようございます。えり湖です。

 

 

 

 

実はね

 

前からずっと欲しかったものを

 

先日ついに

 

意を決して購入してしまった。

 

手に入れてしまったの!!!

 

これ ↓

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 リカちゃん人形!

 

欲しかったのよ~♪ホントに大好きなのよ~♪意外でしょ?

 

でも子供の時はお人形さん遊びばっかりしてた。

 

 

 

お着替えを作ってあげたくて、手持ちのハンカチをちょいと巻いてみる。

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きゃわいい!

 

別のハンカチを巻いてみる!

 

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ハッ!!!

 

うちには猛獣が二頭もいるのを忘れてた!

 

襲われぬよう気をつけないと。

 

慌てて箱にしまい込みました。

 

文字通りの箱入り娘♪

 

これからいっぱいお洋服作ってあげよう♪

 

でも…

 

誰が作るんだ?

 

 

オレか?

 

 

職場で隣のデスクのカナコ姐さんに話すと、彼女も昔、幼い娘さんにジェニーちゃんを買い与え

 

そのお着替えをせっせと作って喜ばせたのだと言う。

 

それで、翌日はドールドレスの型紙本をわざわざ持ってきて貸して下さった。

 

ありがたい。

 

でも

 

 

 

オレに作れってことか?

 

 

 

中学時代は家庭科の教師に

 

「わが校始まって以来、最悪に不器用なお嬢さんであることは間違いありません」と

 

こともあろうに三者面談で言い放たれ(←実話)

 

母に大恥をかかせた記憶がよみがえるわ~

 

今も思い出すたび涙がこみ上げてくるのよ、笑い過ぎて。

 

この不器用 っていうのは、もちろん健さんのあの渋いセリフとは意味が異なり

 

要するに

 

手先と脳とがうまくシンクロできないっていう現実的な障害なんだけど

 

そこには

 

「物事に細やかに取り組もうとする意欲が元から無い」という 

 

雑な性格が根底にあるんだとは思う。

 

 

 

でもとりあえず

 

お洋服、出来上がったらアップさせてね。

 

 

 

出来上がらないかもだけど。

 

 

 

DAIGOについては、もう何も考えないようにしていて

 

今日も特に書くことなんてない。奥さんについての考察は少しあるけど、それはいつかの機会に。

 

とにかく、彼のどうでも良いほど些細なニュースは今も時々目にするけれども

 

それに動揺することも、もうなくなった。

 

ここまでくるには、自分としてはすごく頑張った。

 

胸が痛まない代わりに、ぽっかりと空いた心の穴は

 

毎日いろんな用事をつめ込んで

 

いろんな人と出会って

 

それで埋め合わせてここまでに至った。

 

でも

 

最近すっかり気持ちがふさいでいるのはなぜなんだろう。

 

考えたところ、どうもわたしは

 

スケジュールが密になると自分を見失う傾向があるようだ。

 

思えば昔からそうだった。

 

あれもこれもと複数をてきぱきとこなせないんですね。どれも中途半端になってしまうか、途中でパニックになって自己嫌悪で落ち込んでいく。一つに集中できてようやく人並みの仕事が仕上がる。

 

それも

 

つまるところは不器用だからこそであって

 

結局

 

あの家庭科教師が言ったことは間違っていなかったってことになる。

 

 

 

もうすぐばーちゃんの往診医がいらっしゃる。

 

その後は薬局に出向き

 

掃除と洗濯と昼食を済ませたら

 

いきいき健康道場へGO!

 

図書館の本を返却した後は夕飯の買い出しへ。

 

こうしてわたしは

 

今日も自分を見失う。