突然ですが
福島県いわき市に行きました。
日帰りでね。
これは横浜市がいわき市の物産展(主に魚市場)への安価な日帰り観光バスツアーを組んで
「安く連れて行ってやるからそこでたっぷり買い物をしてくれよ」という
間接的かつ草の根的に継続している復興支援の一環です。
バスが市場に到着、と言う時にガイドさんは
「さあ着きましたよ皆さん!お財布の紐をユルユルにしていってらっしゃいませ~!」と大声で送り出してくださったわ!
これは海鮮好きな小市民にはうってつけの企画であり
なんとか力にはなりたいが、福島はけっこう遠いなあ
しかもうちは貧乏だしなあ
それに義援金つっても大した額は出せないし などと
いつまでたっても寄付のタイミングを失するばかりだった人々にとっては好都合であって
つまりこれは
わたしにもできる現実的な協力で
いわき市にとっても
われわれにとってもWINーWIN であり
その架け橋を名乗り出た横浜市のこの企画は
なかなかよく考えられていると思います。
まあ「たっぷり買い物」と言ってもそれはホレ
わたしの財布の容量などたかが知れていますけど。
でも、震災の時の様子を教えてくださった語り部さんのお話には大変心を動かされ
良い旅になりました。
そして何といっても
この日のバスの運転手さんが非常に素晴らしかった。んもう~♪イケメンでねえ
なんだかとっても安心感のある走行で
同行していた主人も
「あの運転手、すごく運転うまいぜ。こんだけ何時間も走ってるのにずーっと制限速度を守って安定してる」と小声で言っていて
それにはわたしもウンウンとうなずいたのですが
やはりこの方は
横浜市交通局でナンバーワンドライバーの「マスター資格取得者」であらせられるとのこと。
そして運転だけではなく
サービスエリアでトイレ休憩に降り立つわたしたちに
「お足元に気をつけて。お疲れ様です」と笑顔でお声をかけてくださりつつ
次の集合時間を記したカードを視線の先にさりげなく提示してくださって
このホスピタリティにはホント感動だ。イケメンだったし。
そしてバスが横浜駅に到着し旅が終わるころ
「素晴らしい運転だった!!」と
図らずとも乗客全員から大拍手が沸き上がったという良き思い出。
横浜はバカでかいタワーや商業施設より
この方のような素晴らしき人材こそを誇りにしてほしいと思いました。(イケメンだったしね)
バスといえば
先日、仕事から帰る車内はめっさ混んでおった。
ステップまで乗客がひしめき合ってかなり危険な状態の走行。
運転手が「中まで詰めてください」と連呼しても、身動きも取れない。
そんな中で
80をとうに過ぎたご老人が杖をついて立っておられた。
危ないなーと思っていたところに席が空いた。
一番前列の、タイヤの上にある、高い位置の座席。
ここも危ないのはわかってるんだけども
この頼りないご老人をこのまま立たせておくこともできないので、とりあえず座ってもらった。
席から転落せぬよう横でガードしていたんだけど
下車する時も手を貸す必要があると思い
「どこまで行きますか?」と声をかけるとおじいちゃんは
「ア…ア…」
ハッ!もしや徘徊老人か!?
これは困ったぞ!
「どこまで行く?」
「ア……ア……
アンタの家まで行きたい…♪」
元気かよ
それからなぜかこのジジイは急に口達者になり
「アンタ…年の頃は…40から60くらいかい?」
て誰が60やねんコラァ!
も少し気ィ遣こぉてもええやろ!
まあええけど。
途中の停留所でジジイはヨタヨタしながら降りて行った。
こっちに振り向いて
「ありがと…」と手を振ってたな。
わたしはわたしで
またおもろいネタを手に入れたぞとホクホクで帰宅し
その夜、さっそく主人にこの話をおもしろおかしく
かなり大げさに話して聞かせたが
クスンともウケなかった。
それどころか
「あの高い位置の席は危ないから今度からはよしたほうが良いよ」って…。
ショボーン。。。ツマンネ。。。
ところで
これはもうけっこう前になるけんどもさ
「ハングリー精神を失ったロッカー」DAIGOの記事を読みました。
CMにもバラエティにも大忙し。結婚してとっても幸せ。
でも
ハングリー精神を失ったロッカーって大丈夫なんかな という内容だった(ような気がする)。
つってもこれは
「どっかの番組プロデューサーがそう言ってたよぉ」程度の無責任な記事で
このライター個人がDAIGOを腑抜けだと叱咤しているわけではない。
それさあ
前からわたしがここでさんざん口を酸っぱくして言ってたことじゃんか。
今でもSTARDUSTが戻ってきたり
大物アーティストに楽曲提供してもらったり
いろいろ手を変え品を変えてはいるけれども
肝心のDAIGOからロックの魅力が褪せているなら、何をしてもムダ
とかなんとか書いたような記憶があるもん。
ただ
ハングリー精神っつったって
出せと言われて出せるものではない。
まだあるかのように取りつくろうくらいはできるだろうけれども。
また若者にしか歌えないのかといえばもちろんそうではなく
40代なら40代でこそ追い求めるロックはあるんじゃないんかなあ。
よくよく考えてみるにDAIGOくんは
坊やの頃はロックロックと夢を追いかけてきたけれども
実のところは
とにかく皆に注目されるのが大好き なだけであって
その手段がたまたまロックであったというだけ。
ロックライブならその手応えがキョーレツだからやめられないし大好きだっただけ。
ってことなのかなあ。
だけんども
ことロックってそれこそ「魂の叫び」なのであるからこそロックなのであって
いや別に貧乏人ならではの文化、という意味ではないのよ。
でも、DAIGOがすべてに渇望していた頃の曲は、明らかにロックであった気がする。
んじゃあ色んなものを手に入れてしまえばロックは歌えないのかというとそうではなく
かつてビリージョエルが書いた「オネスティ」という曲があって
当時その英詞を訳した高校生のわたしは強く心を打たれたし
あの
地位も名誉もお金も人気も得た大ロッカーの孤独を垣間見た気がしたんだよなあ。

いやあのヒトと比べられましても…!