②のつづき
わたしは平成元年に結婚したので
この時代はずっと既婚者として生きてきました。
平成はたしかに戦争はなかったけれども
自分としては良くも悪くも人生が大きく変わった激動の時代でした。
九月には初孫も生まれるので
つまり
昭和…独身
平成…妻・母
令和…祖母
として区切りが付けやすい人生です。
今年、結婚三十周年。
せっかくですから結婚記念日には
この結婚生活のすべてを物語る金字塔として
一人旅…したいです……ハイ…
②のつづき
わたしは平成元年に結婚したので
この時代はずっと既婚者として生きてきました。
平成はたしかに戦争はなかったけれども
自分としては良くも悪くも人生が大きく変わった激動の時代でした。
九月には初孫も生まれるので
つまり
昭和…独身
平成…妻・母
令和…祖母
として区切りが付けやすい人生です。
今年、結婚三十周年。
せっかくですから結婚記念日には
この結婚生活のすべてを物語る金字塔として
一人旅…したいです……ハイ…
①のつづき
平成に入り
雅子妃殿下のお姿もお見上げいたしました。
葉山でした。
これも偶然、今度は家族でフラフラ散歩しておりました時の出来事です。
雅子妃は静かに微笑んでくださりながらお車は通り過ぎて行きました。
もう本当に
ゾクッ!とするほどの美しさでした。一瞬ですが息が苦しくなりました。
が
なんというか
美智子さまの時とは異なり
冷たさ、悲しみを背負われたような、硬さのある笑みを湛えておられ
これはどういうことかと考えますに
最初のご懐妊が流産という不幸な結果になり
葉山にお越しになったのはそのご静養の目的であったことをすぐに思い出しました。
本当なら、寝巻のまま後部座席で横になって移動しても許される状況です。
それを、完璧な装いの上、ぴしりとご姿勢を保たれ
沿道のわたし達に笑顔をお向けになり会釈をなさってくださったのです。
お辛かったことでしょう。
美智子皇后という偉大な先輩がおられるとはいえ
いかに聡明で有能でお美しいとはいえ
皇族にお入りになった一般女性がどんな思いでおられたことか。
しかも周囲には親王を望む巨大で無遠慮なプレッシャーがありました。
この時わたしは
雅子妃もまさに今、この上ないお苦しみの途上であらせられることを思い知ったのです。
③へつづく
目が覚めたら令和になっていた。
と書くと
日本の変遷にいかにも無頓着かのように聞こえるかもしれぬがそうではない。
わたしは皇族の、特に美智子皇后には限りない敬愛の心を抱いている。
ここんところ毎日続いていた平成の皇室の特集番組も好んで視聴し続けた。
美智子さまのお姿は、一度だけお見上げいたしたことがあります。
まだ昭和の時代、わたしは神戸に住んでいて
当時のボーイフレンドと大通りをフラフラ歩いておったら
「神戸ユニバーシアード」の開会式にご出席なさる皇太子皇太子妃両殿下が大通りをお車でお通りになるというので
「話のタネに見といたろ」くらいのノリで、沿道で待っておりました。
と・こ・ろ!
沿道の大歓声の中を
ゆっくりと黒塗りの皇族専用車がわたし達の前を通り過ぎる瞬間に目に入ったのが
全開になった後部座席の窓から御身を乗り出すようになさって
あのあの美智子さまが!
わたし達平民の歓声に!
その御手を!
しっかりとこちらにお向けになり!
それはそれは全身全霊で!
お応えくださっていたあああああああーーーッ!
ううううう美しいいいいいいいいーーーーッ!!!
ううううう美しいいいいいいいいーーーーッ!!!
美智子さまの虜になったのはこの瞬間でした。
まさにこの時わたしは
「後光が射すほどの気高く慈愛に満ちた存在は現実にある」ことを
生まれて初めて知ったのでした。
同時に
髪型とか洋服とかブランドがどうのとかそんな次元を超えた
内面の美がほとばしる女性の美しさの
最大限にして最高峰のお手本を目の当たりにし
非常に衝撃を受けたことを覚えております。
覚えておりますが
それが以降の自分自身にはいっこうに活かされてこなかったことは
言うまでもありますまい。。。。しょーがねーじゃん。。。
もちろん、お若いころのお写真からもわかりますように
美智子さまがご生来より容姿端麗であらせられたことは周知の事実ではありますが
皇室にお輿入れなさってからは
一挙手一投足にわたり平民が平民が、と
何に付けても嫌味を言われ
意地の悪い迫害や厳しい叱責をお受けになり
ご懐妊がわかった瞬間から親王を授かることを当然の責務として追いつめられ
それこそ御身も細る思いをなさりながらも
宮中のしきたりとして確立されていた乳母制度にだけはご自身のご意思をお曲げにならず母として全力で御自らお子様をお育てになり
しかも本来の「皇太子妃」の務めを完璧に果たしてこられました。
日本人が世界に誇るこのプリンセスのお美しさは、そのお苦しみを乗り越えられたゆえの輝きであらせられることを
わたし達は忘れてはならないと存じます。
②へつづく