【NoHateTV 野間易通×下田法晴×河村祐介】マッシブ・アタック/ DUB POLITICS | ☆Dancing the Dream ☆

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NoHateTVが、NoHate MTVに 音譜

フジロックではマッシブ・アタックの前日に出演していたサイレント・ポエツの下田法晴さん、そして、元『Music Magazine』副編集長の野間さんとは音楽雑誌『remix』編集者時代から仕事仲間だった川村祐介さんが、NoHateTVに登場。

 

フジロック'26の大取り、論争を呼んだマッシブ・アタックについて。

そして、ドキュメンタリー映画『叛逆のサウンドトラック』について。

テーマは「 DUB POLITICS」。

ジャマイカ生まれ英ブリストル育ちの「DUB」のもつ政治性について掘り下げます。

 

#NoHateTV NO HATE MTV 04〜DUB POLITICS

 

盆と正月はNO HATE MTV スペシャル! 

フジロックでのマッシヴ・アタックの興奮も冷めやらぬいま、ジャマイカから世界に広がったダブという「方法」の政治学を語り尽くします。

ボーナス・トラック含めて4時間超えなので、盆休み3日間この1本でもちますよ! 

 

ホスト:

野間易通(元・音楽雑誌『Music Magazine』の編集部・副編集長)

 

ゲスト:

下田法晴(SILENT POETSサイレント・ポエツ)

河村祐介(元『remix』編集部。音楽配信サイトOTOTOY編集部。著書『DUB入門』)

 

 

 

野間さん:

下田さんは現地でご自身もサイレントポイツで今年は前日に出演してて、翌日、マッシブアタック見て、「良かった」ってTwitter とかにも書いてましたけどね。どうでしたか?現地では?

 

下田さん:

僕はもうファンなんで。もうマッシュブ歴に、ファンはもう最初からずっと。僕が活動してるのとほぼ

同じ、デビューが1 年ぐらいしか変わらないんで。ずっと追ってるというか。もう好きで影響も受けてるし、ずっと見続けてるから。

いや、久々のライブだったんで、もうそれだけでも結構ファン的にも上がってたんだけど。

やっぱりなんて言うんですかね。メッセージ的なもの、政治的なものが、もうあれだけドカンと!

もう、音と映像とメッセージが一体になって、もうガーンって来たから。

相当、僕的には、もう食らっちゃいましたね、かなり。

 

野間さん:

うん。あんなになんか日本語で出してくることも、今まで他のアーティストでないよね。

 

下田さん:

うん。ないんじゃないですかね。

 

野間さん:

だからちゃんとあの見てる人に伝わるようにみたいな感じ。

 

下田さん:

そうです。そう。全部、日本語でしたもんね。

 

野間さん:

うん。フトルさんは見てたんですか?

 

河村さん:

酔っ払って見てたん細かいことは言えないです。配信で見てました。

 

野間さん:

どうでしたか?

 

河村さん:

やっぱりね、彼らのずっと今まで通りのことを、別に筋が通ってやってるだけっていうしか僕は思わなくて。

だってあの数ヶ月前にダディ Dが来日してる時に、3Dは「反イスラエルの集会」に出て(警察に)こうやって、連れてかれてる。同じ日にダディは川下りしてたっていう言伝えがあるんですよ。

 

Massive Attack Star Among 212 

Arrested at Palestine Action Ban Protest in London

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国ブリストルで活動した Massive Attackの前身「The Wild Bunch」(DJ、MC集団のサウンドシステム)の1984年の写真。

左から、"DJ Milo" ことMiles Johnson 、"Daddy G、Nellee Hooper(中央)、

"Willie Wee"ことClaude Williams、"3D"ことRobert Del Naja 

 

 

英国”ブリストル”は、奴隷貿易の街だった。ブリストルでエドワード・コルストンの銅像が引き倒される。17世紀の商人エドワード・コルストンは、慈善事業を行う篤志家だったが、原資は「奴隷貿易」で得た富だった。

 

戦後、労働力として大英帝国の職民地だったジャマイカなどカリブの国々のアフリカ系の人々が労働者として呼び寄せられる。(Windrush generation」とは、1948年にエンパイア・ウィンドラ号に乗りイギリスへ移住した人々)

 

Lord Kitchener: The King of Calypso

 

 

60年代、ブリストルでもウインドラッシュ第一世代の人々が、アメリカの「ローザ・パークス事件」と同じようなバスボイコット事件が起きていて、反レイシズム運動が起きていた。

 

 

How the Bristol bus boycott changed UK civil rights - Witness History, BBC World Service

 

 

今日のテーマは、「DUB POLITICS」とのこと。

ジャマイカ発祥の「ダブ(Dub)」という音楽の手法が、どのように政治性を帯び、世界に広がっていったかを語る。

 

 

 

 

「サウンドトラック」とは何か?

どこまでが、Massive Attack なん?という話。

3D(Robert Del Naja)

Daddy G

Tricky

Horace Andyさんもいつもいるやん。

Banksyも。

 

 

ジャマイカのレコードは「DUB」

野間「ジャマイカのレコードは、A面にその曲があって歌があってB面裏返すと、バージョンとか カラオケで。それのことバージョンとかとか言って。これが「ダブ」ということ。

これが「ダブ」ということなんだって言っても意味わかんないですよね?」

川村「意味わかんないです。」

 

マッシブアタックのメンバー?

野間「ホレスアンディさんという人は マッシブアタックのメンバーなんすか? 」

川村「わかんないです。笑」

野間「最初からずっと言いますよね?歌ってますよね?アルバムの中で何曲か歌ってライブで必ず出てくるみたいな。 で、やっぱりジャマイカのキャリアのあるレゲーシンガーとずっと一緒にやるみたいな雰囲気がそのグリストルのそういうシーンの中にあったんですかね?」

下田「聞いた話によると、最初の成り立ちがサウンドシステムで、マッシブアタックをやる時に、バンドってよりも集団的ないろんな人が出入りするみたいなものをやりたかったと言ってたっていうのを聞いたことがあります。」

 

サウンドシステム?

野間「サウンドシステムって何?Wild Bunchはサウンドシステムなんですよね?」

川村「時代によって変化するんですけど、元々はジャマイカの戦後にジュークボックスから始まってて。お客さんを寄せるために酒場とかがジュークボックスを置く。それの続きで、レコードをかけて踊るというのをいろんなレコード屋さんとか酒屋さんとかそういう人たちがやり始めたのが初め。バンドを雇うより安いから。アメリカのR&Bをかけてたりしてんですけど。それが徐々にスピーカーとアンプが大きくなって、しかもそれを生業にする集団?が…要はスピーカーをボールルームとか野外な基地とかに運んで、 レコードかけて入場料を取ったりお酒を売ったりするというのが、どんどんジャマカで広がって。50年代にはそれがものすごいジャマイカの庶民の、特にキングストンのメインの娯楽になってくんですね。 そこでみんな競合っているうちにアメリカのR&Bもスタイルが変わってくと。

じゃ今度は独自のものを作ろうとして、そこからSkaが生まれたりとか、ロックステディが生まれたり、レゲエが生まれたりという。クラブカルチャーみたいなものが独立してジャマイカにあって、それの主たる人たちがサウンドシステムのクルー。

要は、スピーカーを運んでアンプを立ててレコードをかけて。その中からラジオDJ のように曲を紹介をするみたいなMCも出てきたりして。そういうような集団です。

場合によっては本当シンガーが歌いに来たりとか。

そういうMC、レコードをかける人、スピーカーを運ぶ人。 そういうクルーがサウンドシステムの集団。」

野間「12歳ぐらいの時には、”サウンドシステム”ってジャマイカの野外ディスコなんや、と一番最初の理解はそんな感じでしたけど。」

 

バンクシーもマッシブアタック?

野間「色んな人が出入りする感じが ”サウンドシステム”ということなんですけど、マッシブアタックって一時期、バンクシーもマッシブアタックの人なんだて言われてたりするじゃない?」

川村「3D がグラフティライターだったんで、たぶん、全然(バンクシーもメンバー)」

野間「マッシブアタックもサウンドシステム的ないろんな人が集まって出入りする中にレゲーシンガーがいたり、ラッパー、DJ がいたりで。そういうアーティストのグラフィティアライターとかバンクシーみたいなアーティストがいたりみたいな。ぐにゅっとした集団なんですかね。」

下田「コミュニティー的なものが、そこを中心にできてたんですね。」

野間「だから、マッシブアタックのメンバーって言っても、いつもアルバム写真に2人映ってるけどもなんかよくわかんないよね。マシブアタックだけじゃないんだけどね。ヒップホップとかもそうだけど、 ウータン・クランが、どこまでがウータン・クランがわかんないでしょ?」笑

野間「俺らロック出身だからバンドっていうy固定されたメンバーのものがあって音楽をやるっていうイメージなんですよ。90年代の段階では。俺の頭の中はまだ。ウータンクランよくわかんない。全然ソロアルバムばっかり出してるしみたいな。そういう”クルー”…Wild Bunchもクルーっていう風になってましたけど、そういうものなんですよね。 で、その中にやっぱりレゲエみたいなものがウェイトを占めてるってこと。」

 

Studio One

河村祐介:Daddy Gが言ってたんですけど、「ホレス・アンディが出身のレーベルでStudio Oneというのがあるんですけど、ジャマイカ音楽を作ってるレーベルと言って差し支えないと思うんですけど。

そこのレーベルがとにかくファンデーションで、一番の基本だと言っていたので。本当に好きなんだと思いますね。Studio Oneのことを。そこの70年代初期のスターがホレス・アンディで、ということを考えると、本当に好きなシンガーを呼び寄せたんじゃないかなと思います。

あと、ホレス自体が、レゲエがちょっとレベルミュージックになっていく過程で、社会批評的な歌を作った初期の人だと思います。彼の再評作のSkylarking (1972) は、まさにブラブラしている不良にちゃんと仕事みつけろよというのを歌にした人。」

 

叛逆のサウンドトラック

野間「特に 70年代80年代のジャマイカのレゲエって暗くて、UKレゲエも暗くて結構シリアスですよね。コンシャスって言ってたけど。あの感じの時に僕らレゲエに出会ってるからレゲエってそういうもんだなと。なんかマイナーコードだし暗いし重いしなとかずっと思ってたんですけど。あれもよく考えてみるともっと遡って50年代、60年代になると普通にR&B っていうかソウルっていうかパーティー音楽ですよね。だからでもロックも元々そうだし、ソウルもそうだから、全部70 年代ぐらいに、ソウルミュージックもみんな一旦、暗くなりますよね。やっぱりそれ公民権運動の影響とかで、世界的に例えばアフリカの独立運動とかそういうもの。今、映画をやってる『叛逆のサウンドトラック』ね。」

下田「行きました。凄かったです。」

 

 

映画『叛逆のサウンドトラック』予告編

【あらすじ】1961年2月、歌手のアビー・リンカーンとドラマーのマックス・ローチは、新たに独立したコンゴの首相パトリス・ルムンバの殺害に抗議するため、国連安全保障理事会に突入した。その瞬間、世界は「脱植民地化」という名の激しい地殻変動に飲み込まれていく。1960年に起こったコンゴ動乱の裏では、アメリカとベルギーが積極的に関与し、アメリカ政府によってルイ・アームストロングら著名なジャズ・ミュージシャンたちが「文化使節」として政治の茶番劇に利用されていた。全編実録のアーカイブ映像と、歴史を彩るジャズのグルーヴ、そしてデザイン化されたテキストをシンコペーションのように交錯させながら、植民地主義の罪、冷戦の権力闘争、そして尊厳と自由を取り戻そうとする人々の戦いの全貌を鮮烈に暴き出す。 

 

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タイトル:叛逆のサウンドトラック   

原題:Soundtrack to a Coup d'Etat   

 

監督:ヨハン・グリモンプレ   

 

配給:オンリー・ハーツ 

 

ジャンル:ドキュメンタリー  

 

テーマ:脱植民地化と冷戦期の国際政治      

    文化外交に利用されたジャズと権力闘争      

    コンゴ動乱における首相暗殺とジャズ・ミュージシャンたちの抵抗 

 

作品様式:解説型(全編にわたり当時のニュース映像、記録フィルム、スピーチ、オーディオなどの膨大な「一次情報(アーカイブ素材)」のみをパッチワークし、巧みなテキストインサートによって明確な歴史の論理的構造を組み立て、観客に向けてコンゴ動乱の裏に潜む大国の陰謀と音楽の政治利用という不都合な歴史的事実を明快に説明・提示する「映像エッセイ」の様式をとっているため)

 

対象地:コンゴ民主共和国(旧コンゴ)

 

経済規模:発展途上国  

 

製作国:ベルギー      

    フランス      

    オランダ  

 

製作年:2024年  

 

上映日:2026年8月7日

 

 

 

SILENT POETS - Struggle feat. Kazufumi Kodama (Official Audio)

 

Struggle feat. Kazufumi Kodama

Written by Michiharu Shimoda