【アートは時空を超える】本当は怖い「ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界」 | ☆Dancing the Dream ☆

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特集:町山智浩さんによる『ブルース・スプリングスティーンの歌詞の世界』特集

 
オススメ本:「本当はこんな歌」町山智浩著
 

 

 

 

Bruce Springsteen - The River (The River Tour, Tempe 1980)

 

 

 

 

 

 

 

 

Bruce Springsteen アメリカに生まれて

1988年東ドイツコンサート

 "The most important rock concert ever, anywhere"

Bruce Springsteen: The Berlin Concert That Changed the World

 

1988年7月19日、東ドイツでのスプリングスティーンのコンサートは30万人の観客を集めた。

ジャーナリストのエリック・キルシュバウムは、2013年の著書「Rocking the Wall」の中で、このコンサートを「どこにもない かつてない最も重要なロックコンサート」と呼んだ

Bruce Springsteen: The Berlin Concert That Changed the World

このコンサートは、より自由な西洋のポピュラー音楽に飢えていた東ドイツの若者のために、社会主義統一党の青年団(自由ドイツ青年団(Freie Deutsche Jugend))によって企画された。

東ドイツ当局は、ブルース・スプリングスティーンを「資本主義を批判する労働者階級出身者」として

これを許可。

しかし、コンサートの成功は、逆に東ドイツ政権への批判、翌年のベルリンの壁崩壊に貢献することとなったという。

 

 

Born in the U.S.A. - Bruce Springsteen (live at Radrennbahn Weissensee, East Berlin 1988)

 

 

Springsteen - Chimes of freedom - East Berlin 1988

 

ルーツ〜 移民として

スプリングスティーンは、1949年9月23日、ニュージャージー州ロングブランチで生まれた。

オランダとアイルランドの血を引くスプリングスティーンの父親はバス運転手などの仕事をしていたが、生涯を通じて精神疾患を患っており、晩年はそれが悪化した。イタリア系アメリカ人の母はニューヨーク州ブルックリンのベイリッジ地区出身で、法律秘書として働く一家の大黒柱であった。

スプリングスティーンの父方の祖先は、17世紀に植民地時代のアメリカの当時はニューネーデルラントに定住した初期のオランダ系移民。スプリングスティーンの姓は、オランダのフローニンゲン州に由来している。

        

彼はアイルランド人、イタリア人、オランダ人の先祖を持つ。

回顧録『Born to Run』には「アイルランド人」という章がある。スプリングスティーンはこう書いている。「エメラルドの島(アイルランド島)出身の私の一族の血には、多くの悩みが流れている。私の曾祖母アン・ギャリティは1852年、12歳と10歳の2人の姉妹とともに14歳でアイルランドを離れた。ジャガイモ飢饉でアイルランド全土が壊滅的な打撃を受けた5年後のことで、彼女はフリーホールドに定住した。どこから始まったのかわからないが、ここにいる私たちの間には深刻な精神疾患の系統が漂っており、従兄弟、叔母、息子、祖母、そして不幸にも私の父を無作為に選んでいるようだ」。

母方の祖父はイタリア人で、ナポリの近くに港町ヴィコ・エクエンセで生まれ、エリス島に移り、アメリカに移民した。英語の読み書きができず苦労したが、のちにニューヨーク州立大に進み弁護士になった。若いスプリングスティーンにとって"larger than life" 英雄的な存在だった。

スプリングスティーンは、カソリック教徒。

 

Bruce Springsteen accepts Ellis Island award with his mother & aunts

 

アメリカ合衆国法〜選挙に宗教を持ち込まない

ジョン・F・ケネディは、主流とは言えない米国初のカトリック教徒の大統領だった。

そもそもアメリカでは合衆国憲法では政教分離がきちんと定められていて、選挙に宗教が影響するのはあってはいけないことになっていた。

ところが、1960年代に盛んだった公民権運動の後、1977年、カーター大統領の頃から「宗教票」なるものが出現する。黒人らマイノリティの人々の声が大きくなることを面白く思わない保守系プロテスタントの福音派だ。

 

1963年11月22日JFK暗殺〜繰り返し聴いた歌

“I played this next cut over and over in my bedroom on South Street as a teenager,” said Springsteen while introducing the Byrds’ “He Was a Friend of Mine.” “The first rock song, I think, to try and contextualizing the Kennedy assassination, which was a sacred subject in the early ’60s. It was on the Byrds’ 1965 album, ‘Turn, Turn, Turn.’ Roger McGuinn (of the Byrds) has said he wrote this version of what was a traditional folk song in 1963 the night Kennedy died.”

 

The Byrds - "He Was a Friend of Mine" (Live at 1967 Monterey Pop Festival)