
平成21年第2回佐渡市議会定例会会議録(第4号)
平成21年3月9日(月曜日)
https://www.city.sado.niigata.jp/uploaded/attachment/16270.pdf
その他 齋藤元彦・佐渡市 企画財政部長 議会答弁
https://www.city.sado.niigata.jp/search.html?cx=015174223056063642465%3Awiaw9g-j1em&cof=FORID%3A11&ie=UTF-8&q=齋藤元彦&sa=検索&siteurl=www.city.sado.niigata.jp%2Fsoshiki%2F2013%2F41941.html&ref=duckduckgo.com%2F&ss=10909j6817001j30
元彦は松井の子飼い
”2008年(平成20年)4月、新潟県佐渡市に出向し、企画財政部長を担当。
当時について、若手キャリアとして初めて赴任した地方都市の佐渡で「殿様扱いされることを覚え、それがターニングポイントになった」と斎藤の知人が証言している。斎藤はこのためか佐渡に思い入れが深く、2023年9月には自らの打診で新潟県と兵庫県の間に連携会議を開き、佐渡市に凱旋を果たす。
2年目の2009年12月には、共産党市議より「佐渡市の経済課題は、経済対策戦略本部で取り組むべきでは?」という質問を受け、斎藤は戦略本部を「お開きにしたという形にした」と答弁した。
2013年(平成25年)7月、宮城県に出向し、県財政課長を担当。東日本大震災の復興対応に当たった。この時、復興関連で兵庫県から派遣された職員と親しくなり、「牛タン倶楽部」と揶揄されるほどに一緒に行動したのが、後に側近となる片山安孝以下の4人組だった。
佐渡で主張した財政感覚は、維新の思惑と一致した。その当時の活躍が松井一郎の目に留まるところとなり、後に井戸敏三の後釜を決める兵庫知事選の候補に抜擢されることになる。
2018年(平成30年)4月、大阪府に出向し、同府財務部財政課長を担当。維新府政の「身を切る改革」を財政課長として3年間にわたり支える。
2021年(令和3年)3月22日、同年7月に行われる2021年兵庫県知事選挙の立候補者として取り沙汰され、同月25日、兵庫県議会の自民党会派有志が斎藤に立候補要請を手渡し、同月末付にて総務省を退職。同日、兵庫県知事選挙への立候補会見を開いた。”



松井の心を掴んだ答弁はこれか?
政治家のような答弁…
大阪府議会
会議録検索システム 「齋藤元彦 財務部財政課長」サーチ
https://ssp.kaigiroku.net/tenant/prefosaka/SpMinuteSearch.html

令和 2年9月定例会総務常任委員会 12月11日
斉藤元彦・財政課長
「府民の命と暮らしを守りつつ、世界の中で躍動し、成長し続ける大阪を実現していくための施策に
限られた財源の重点配分を行うことなどによりまして、
財政規律を堅持し、予算編成を行ってまいりたいというふうに思っております。」


https://www.pref.osaka.lg.jp/o070050/koho/kaiken2/20200218f.html

2021年3月
2021/3/25 22:02神戸新聞NEXT
会派離脱の11県議 斎藤氏に県知事選立候補要請

任期満了に伴う兵庫県知事選(7月1日告示、同18日投開票)で、県議会最大会派の自民党県議団を離脱した県議11人のグループが25日、総務省出身の大阪府財政課長、斎藤元彦氏(43)に立候補を要請した。関係者によると、斎藤氏は既に立候補の意向を固めているが、この日は、まだ現職の公務員であることを理由に明言を避けた。早ければ3月中にも辞職した上で、正式表明するとみられる。
11人のグループは、24日に副知事を辞職し、立候補表明した金沢和夫氏(64)の支援を決めた県議会自民会派の方針に反発し、離脱して斎藤氏を支える。
自民会派で幹事長を務めたこともあるベテランの内藤兵衛県議(62)が25日、斎藤氏を前に「次期知事選候補の最適任者と決定し、立候補を要請する」と読み上げ、要請書を手渡した。
斎藤氏は「決意を持たれた皆さんから要請をいただいた。しっかりと思いを受け止め、どうするか考えたい。人生を懸けた重い決断になる。熟慮して決断したい」と述べた。
斎藤氏は神戸市須磨区出身。2002年に総務省に入省し、東日本大震災直後には全村避難となった福島県飯舘村に派遣された。宮城県財政課長などを歴任し、18年から大阪府に出向している。
一方、金沢氏はこの日、県庁で退任式に臨み、見送りの職員約800人を前に「皆さんと一緒に、もう一度県の仕事をしたい」と述べた。その後、自民党県連を訪れ、知事選での推薦を申請した。
斎藤氏も立候補表明後、自民県連に推薦を求める見通し。日本維新の会も斎藤氏の支援に前向きな姿勢を見せており、選挙戦の行方を左右する自民県連の判断が注目される。(紺野大樹)
2021年4月




松井は菅の子飼い

https://wanibooks-newscrunch.com/articles/-/5067#goog_rewarded
23年春の統一地方選で躍進した日本維新の会だが、このところ逆風にあえいでいる。今年4月の衆議院議員補欠選挙でも公認候補の落選が続き、馬場伸幸代表は「関西以外で勝つのは厳しい」とコメントした。そんな維新の会を発足以来、観察し続けてきた作家・適菜収氏が整理した、橋下徹が政界入りするきっかけを作った菅義偉との関係について。
※本記事は、適菜収:著『維新観察記 -彼らは第三の選択肢なのか-』(ワニブックスPLUS新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。
橋下徹の政界入りを促した菅義偉
橋下が政界入りするきっかけを作った一人が、菅義偉であることは知られている。橋下と菅の関係は、2007年11月の大阪市長選挙の際からと言われている。福田康夫政権で選挙対策副委員長をしていた菅のもとに、大阪の地元議員らが「橋下徹を市長選に出したい」と要望に訪れた。
菅はこう語っている。
橋下徹と松井一郎という政治家は捨て身で政治を行っていますから、二人を信頼しています。そもそも橋下さんを紹介されたのは、大阪の国会・市会議員の人たちからなんです。当時、選対副委員長であった私から橋下さんの市長選挙への出馬を説得してほしいということだったんです。(『SAPIO』2015年10月号)
菅は橋下とホテルで直接会って市長選出馬を説得したが、このときは橋下がタレント
活動などを理由に固辞している。その後しばらくして、橋下は約2か月後の大阪府知事選へ立候補をしたいと言ってきたという。
結局、菅が担ぎ出す形で橋下が府知事選に出馬し、自民党の支援を受けて当選してい
る。菅が2020年9月に自民党の総裁に決まったときは、菅と維新との距離があまりに近いことから、メディアも菅を「維新寄りの総裁誕生」とはっきり書いていた。
以下は2020年9月14日の日本経済新聞の記事の抜粋。少し長いが、的確にまとまっているので引用しておく。
自民党の新総裁に14日に選出された菅義偉官房長官は、2025年国際博覧会(大阪・関西万博)の誘致などを通じ、大阪維新の会の松井一郎代表(当時大阪市長)と親しいとされる。菅氏は11月1日に住民投票が実施される予定の「大阪都構想」にも理解を示す。都構想に反対する自民大阪府連は「維新寄り」の総裁誕生に警戒感を強めている。
「安倍政権を7年8か月支えたナンバー2が政権運営するということで、大阪と国が連携しながら成長を目指していきたい」。維新代表代行の吉村洋文府知事は14日、新総裁の誕生を歓迎した。菅氏と松井氏の関係は、2009年に維新前代表の橋下徹氏が自民、公明両党の支援で府知事選に初当選したときに遡る。
菅氏は自民の選挙対策副委員長で、府議だった松井氏と協力。第二次安倍晋三内閣発足後は、安倍氏、菅氏、橋下氏、松井氏の四者の会食が年末の恒例行事となった。大阪・関西万博の誘致やカジノを含む統合型リゾート(IR)の制度化などでも官邸は大阪府・市に協力。府幹部は「菅氏は官房長官として万博誘致に尽力してくれた。今後も予算確保などで優先的に考えてくれるのではないか」と期待する。
市関係者によると、19年のG20大阪サミットでは事前調整に行き詰まった松井氏が菅氏に直接電話し、解決に至ったケースがあったという。
都構想も菅氏との因縁が深い。菅氏は12年、野党だった自民の「大都市問題に関する検討プロジェクトチーム」の座長を務め、東京都以外の大都市が特別区を設置できるようにする大都市地域特別区設置法の成立を推進した。今月3日の会見でも「二重行政の解消を図ろうとするものと認識している」と都構想に前向きな発言をしている。
仮に住民投票で賛成多数となれば、維新が目指す「大阪都」への名称変更は法改正などが必要で、政権の協力が不可欠だ。維新幹部は「菅総裁は維新にとって強力な後ろ盾となるはず」と話す。
要するに、維新と官邸はズブズブの関係だった。だから、当時は橋下の閣僚起用の可能性すら取りざたされた。
その点について、テレビ番組のキャスターから質問された菅は「仮定の話には答えないとしながら、橋下の大阪府知事時代に自民党として“支援”した経緯や、菅の総務相時代に橋下や松井がしてきたことを“改革”として評価し、橋下氏は改革の一つの道筋をつけてきた」と持ち上げた。




2022年7月 安倍銃撃事件


2024年10月 菅の体調不安

