【学級閉鎖】論説「コロナの”エンデミック化”で葬られる公衆衛生」(要約)byフォーゲル先生 | ☆Dancing the Dream ☆

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フォーゲル先生がまとめられた こちらの論説の要約、下段に掲載しました。
ぜひ読んでみてください。

Editorial 'Endemic' SARS-CoV-2 and the death of public health  
John Snow Project Nov/6/2023
論説「コロナの“エンデミック化”で葬られる公衆衛生」 
John Snow Project編集部 










































https://twitter.com/vogelsang7/status/1722175808213860607
論説「コロナの”エンデミック化”で葬られる公衆衛生」
Editorial
'Endemic' SARS-CoV-2 and the death of public health 
 
John Snow Project Nov/6/2023

https://johnsnowproject.org/insights/endemic-sars-cov-2-and-the-death-of-public-health/

(要約). by vogelsang7 2023/11/8

・感染経路への介入から手を引いて自由放任主義へ転換することは、コロナにとどまらず、感染症全般につい て感染症を減らし無くそうとしてきた公衆衛生の考え方の根本的な転換となる。19世紀以来2世紀間の公衆衛生上の進歩をUターンさせることになる。

・従来、ワクチンや公衆衛生的な非医業的介入(NPI)で天然症は根絶され、ジフテリアやチフスなど多くの席 気が抑え込まれ事実上過去のものになった。新実感染症にたいする基本原則は、出現して早期に発見し封じ 込め、エンデミック化させないことだ。HIVはエンデミック化を許してしまったが、出現してから発見され診断法 や対策が確立されるまで長期間を要したために結果としてエンデミック化したのであり、最初からわざと封じ込めを放染してエンデミック化を狙ったのではない。

・今後もHIVやCOVIDのような人共通感染症からの新感染症は出現する。新感染症を封じ込めてエンデミック化を許さない原則を緊持することが必要だ。

・科学的にはコロナは封じ込め可能だと実証された。豪州、NZ、台湾、中国を見よ。封じ込めを放染したのは 視眼的な政治的社会的意志が働いたからだ。公衆衛生を届させたのはビッグビジネスと病原体の連合軍だ。今や将来の新興感染症には自由放任政策もオプションだと憚ることなく公されるようになった。

・ここで問題になるのは、どの程度の死者数の被害想定なら自由放任政策を受け入れるのか、である。O株は 弱毒株だと噂された段階で、米国など多くの国がワクチン一本の自由放任政策に賭けた。その賭けで許容 したリスクは、O株が期待に反してるδ株並みの毒性だと判明したとすれば、実際の4-5倍の死者を生じ、米国 でピーク時1日1万5千人の死者を許容することを意味した。つまり今後は1日1万5千人の死者というほど強毒株でなければ強力な公衆衛生的NPIは発動しないということになる。当然、コロナ以外の新興感染症にもこの基準が適用されるだろう。

・これほどの死者数の許容は、コロナ禍前の2019年には想像もできなかった人類の退化である。そして実際 にM-pox(サル痘)では封じ込め対策がほとんど発動されなかった。今や公衆術生は自由放任主義の時代に入ってしまった。

・感染対策にメディア対策がとって代わった。2020年には一部の後進国の独裁国家でしかやらなかった感染者数や死者数隠しを、3年たった今では多くの国々が行っている。しかし英国の統計を見ると、5年平均死亡数のうち2年がコロナでの死亡数だというのに、いまだに越過死亡は発生しづけている。つまりO株になってもCOVID-19の死者数は増え続けている。

・この感染症の自由放任の時代には、子供にワクチンを打って感染花を対込める意欲もあせるだろう。小児の予防接種率の低下で、麻疹などの忘れられた感染症が復活することも想定される。ワクチンに過大な期待を煽り副作用情報を過少に伝えた”専門家”のせいで、以前から社会の片隅にあった反ワクチン運動が盛り上がり、かなりの社会的勢力になってしまっている。多くの感染症に対する予防接種率が低下する恐れがある。

・子供を感染症から守る意識も、コロナで様変わりした。一部の政府や専門家、団体が、子供はコロナに感染して免疫を”鍛える”べきだと主張したからだ。コロナの重症化や後遺症の事実にもかかわらず。”コロナのワクチンを打つよりコロナに感染した方がいい”といまだにしばしば言われている。

・コロナのエンデミック化を許容するとは、巻き添えに乳幼児や高齢者やハイリスク者もコロナの感染リスクにさらすことを許容するということだ。そして、コロナの感染リスクを許容するなら、他の感染症の感染リスクにも甘い態度をとるだろう。職場の労働者を守るための、コストのかかる感染対策も現在のレベルから劣化していくだろう。それは長期的には人員不足の問題に跳ね返ってくる。

・感染対策の劣化は、病院にも現れる。病院内のマスク着用義務を解除するようになってしまった。ノーマスクの病院職員が混雑した病院内を行き交い、院内感染の温床となるのは自然の成り行きだ。コロナ対策ですらこう なのだから、他の呼吸器感染症にたいする意識も甘くなるだろう。院内感染対策は意識低下に歯止めがかからなくなる。

・感染経路対策を緩めてコロナと”共生”するとは、病原体の感染経路という概念を知らなかった150年以上昔に逆戻りすることになる。

・動物にも感染する(、だから封じ込めは不可能だ)という主張は、感染経路対策を緩める理由にはならない。

・乳幼児や高齢者その他のハイリスクな少数者のために感染経路対策をするのはコストがかかりすぎるなどと言い出すなら、感染症に対する自由放任的な態度に歯止めはかからなくなる。それは人類の特来を暗くしようとするものだ。