フランケンを唸らせながら天国の門をくぐるエディ。
エディを迎える音楽のゴッド達の列に、
マイケルジャクソンも並んでいるに違いない。
“Eddie♡‼︎ Eddie♡‼︎” と飛び跳ねながら。
語り草になっている
素敵なちょっとstrangeなcrazy peopleの話💕
1984年のワン、ツーのマイケルとヴァン・ヘイレンなのに、
エディはQの電話一本でノーギャラ、ノークレジット、
『Thiller』のBeat it でキュイーンとBeat itしちゃう人の良さ、
…というか、音楽狂人♡
マイケルもマイケルで曲のmiddle sectionをエディにすっかり変えられて、
わー!火焔ソロサイコー!曲もすっごく良くしてくれてありがとねー!
…って。
音楽小僧ら最高すぎる‼︎
1984年のふたりのガッサガサの映像が残っている。
マイケルをとことん消耗させたクソみたいなVictory tourで、
エディが飛び入り参加してくれて、
マイケルが “Eddie♡‼︎ Eddie♡‼︎” ってハイテンション🎸❣️
泣ける…😭
Eddie was interviewed in 2012 by CNN and while reminiscing about the song, he offered this great memory about the experience:
Michael left to go across the hall to do some children's speaking record. I think it was "E.T." or something. So I asked Quincy, "What do you want me to do?" And he goes, "Whatever you want to do." And I go, "Be careful when you say that. If you know anything about me, be careful when you say, "Do anything you want!"
I listened to the song, and I immediately go, "Can I change some parts?" I turned to the engineer and I go, "OK, from the breakdown, chop in this part, go to this piece, pre-chorus, to the chorus, out." Took him maybe 10 minutes to put it together. And I proceeded to improvise two solos over it.
I was just finishing the second solo when Michael walked in. And you know artists are kind of crazy people. We're all a little bit strange. I didn't know how he would react to what I was doing. So I warned him before he listened. I said, "Look, I changed the middle section of your song."
Now in my mind, he's either going to have his bodyguards kick me out for butchering his song, or he's going to like it. And so he gave it a listen, and he turned to me and went, "Wow, thank you so much for having the passion to not just come in and blaze a solo, but to actually care about the song, and make it better."
Victory tour 最終日のShake Your Body の演奏中に、
マイケルはジャクソンズから脱退することを宣言。
史上最大の規模で、July 1, 1984からDecember 9, 1984まで全米を回った。
5ヶ月に及ぶ55回のコンサートは観客動員は200万人を超えた。
しかし、実際のところ
元々マイケルはVictory tourには参加する意思はなかったのだ。
マイケルはすでにファミリービジネスから離脱しソロの道を模索して、
「Off The Wall」「Thriller」と波に乗って大進撃のスタートを切っていた。
家族からJacksonsとしてのツアー参加を懇願されるも
マイケルはなかなか首を縦には振らない。
当然である。
マイケルがツアーをやるなら、
本来はソロツアー「Thriller world tour」だろう。
そこで、最終兵器キャサママの達ってのお願い。
マイケルは愛するキャサママのお願いだけは断ることができない。
しかし、マイケルの予想どうり、
例によって例のごとく舞台裏の大混乱に悩まされたツアーだったという。
興業主のドン・キングが計画したチケット販売の手法は、
いわゆる、over a controversial ticket-lottery systemというもので、
チケットは4枚セット限定で、取れるかどうか未確定のチケットに、
3万円に近い金額を最初に送金しなければならないという怪しげなもの。
これは、実際に訴訟にまで発展するような金銭トラブルが後々まで付き纏う
問題の多いシステムなのである。
マイケルはこのシステムには断固反対し、
会見でこのツアーのマイケルのギャラは、
全て慈善団体に寄付するということと共に、
このシステムを廃止し通常の販売を行うことを発表した。
ジャーメインの不在、ジャッキーが足の怪我。
マイケルの精神的肉体的負担は大きく、
みるみる体重が落ち、脱水症状となった。
その極限状態の様子は映像でも感じ取ることができるほどのものだった。
さらに、このツアーの資金を賄うスポンサーを必要とし、
マイケルは過度の露出を控えていたにも関わらず、
ペプシのCMを撮ることになった。
このCM撮影で使用したファイヤーワークの事故で負った頭部への火傷は、
その後、マイケルが亡くなるまで、
何度も皮膚の再生手術を繰り返さねばならない後遺症を残した。
それまで、どんな薬物も遠ざけていた彼が処方された鎮痛剤の中毒に
陥ってしまったのである。
この事故が引き金になった薬物中毒という問題は、
その後のマイケルの人生に暗い影を投げかけ、
結果的にマイケルの死の遠因になってしまったのである。
マイケルとエディがコラボした1984年『Thiller』…
私は、その10年後の1994年頃、
マイケルが児童虐待容疑で激しいマスコミバッシングの最中、
ふと1988年グラミーのステージ「Man in the mirror 」を観て、
マイケルに落ちた!