岡山県出身の片山虎之助は、
ご本人のブログにきめ細かに日々の動静を記録しており、
このブログ内検索で、「加計」と入れてみれば分かるが、
日頃から加計とはかなり懇意にしている。
片山は、加計の得意の
名ばかりの名誉のバラまきの恩恵にも浴しており、
2010年3/25、岡山からいそいそと千葉科学大学学位授与式に出向き、
加計孝太郎から「名誉博士学位・社会科学」を贈呈されている。
さて、元 旧自治省(総務省)官僚で、
総務省と通じている片山虎之助は、
小泉政権下で、国と地方の税財源を見直す
いわゆる「三位一体改革」を(表向き)自身の発案として提起した。
これが進められ、
03年12月、総務省が示した地方財政計画で
地方交付税が大幅に削減された。
加計問題が火を噴いたのは、
朝日スクープの「文科省文書」を元文科省事務次官前川喜平氏が、
ホンモノである事を保証したことに端を発するが、
その前川喜平氏が、当時、初等中等教育局 筆頭課長として、
良き部下らと共に、
子供の義務教育を守るために、
この「三位一体改革」と闘っていたのである。
その闘いのあらましは、下段に記すが、
総務省は、地方交付税特別会計の財布から
自治体に交付金を配分しているが、
大赤字で大借金をしており、
総務省が、これを破綻から救うために真っ先に狙ったのが、
子供の義務教育費(義務教育費国庫負担金)だったからだ。
彼らは、全国の子供たちのために、これを守り抜いたのである。
その時の、天敵が、
当時の岡山県県知事の 石井正弘(建設省 役人上がり)であった。
知事会の原案作成責任者の石井知事は、
総務省とグルになって、総務省シナリオの通りの
「義務教育費国庫負担金の廃止」を地方案として、
強力に主張していたのである。
しかし、実際は、他の知事には反対意見も多かった。
結果としては、前川喜平とその良き部下と
良識ある中央教育審議会の多勢が、
国の責任で義務教育費を守る形で死守することができたわけだが、
地方を疲弊させる地方交付税の大幅な削減を
義務教育費国庫負担金の一般財源化で補おうと目論んでいた
財政の苦しい地方自治体は、当てが外れる結果となった。
そして、いよいよ窮地に落ちたのが、岡山県であった。
岡山県は、長野士郎(72〜92年 6期)知事時代の
計画都市開発(吉備高原都市)などの大型事業の失敗などで
多額の県債を抱えて財政再建団体に転落しかかっていた。
吉備高原都市に加計グループ(初代 加計勉)の吉備高原学園を
設置したのも長野知事である。
長野の退任の後を受けて自民党に担がれ、
岡山県知事となって12年目にもなっていた石井知事は、
ついに岡山県「財政危機宣言」を出して、
県民の轟々たる非難を浴び、4期目の選挙は、
危うく落選する一歩手前のような辛勝となったほどだった。
(長野退任後の岡山市長選には片山虎之助が意欲を燃やしたが、
自民党に潰された。)
そして、
石井が岡山県知事を務めた
1996年11月〜2012年11月(4選)のうち、
1997年4月〜1999年4月までの間、
岡山県副知事を務めていたのが、
野平匡邦 (旧自治省 総務省 役人)である。
副知事という職は、中央省庁のキャリア官僚を
受け入れるケースがある。
野平匡邦さあ、問題の野平匡邦である。
野平は、2002年5月に退官後すぐに、
加計学園 岡山理科大学客員教授に迎えられ、
同年7月、出身地の千葉県の銚子市長選に出馬し当選する。
野平は、銚子に市民の反対を押し切って、
加計の千葉科学大学を誘致し、
市有地を無償貸与し、92億1500万円の助成金を負担した。
そのような加計、野平の千葉科学大学設置謀略に次ぐ
今治獣医学部設置計略。
それと同時進行していた
「明治の産業遺産 ユネスコ登録」計略に
関係していた木曽功(文科省役人/のちの千葉科学大学長)
が連携していくという数珠繋がり。
しかし、作る先から壊れて行く加計学園の各大学。
大学誘致に多額の補助金をつぎ込んだ地方は、
たまったものではない。
千葉科学大学の経営破綻と共に、
銚子市の財政危機の非常事態となる…
この経緯は、
江崎孝 議員の国会質疑⬇︎に、まとめて語られているので、
アバウト文字起こししておいた。
ひとつ、江崎孝 議員は、
この質疑で、あまり語られることもなく注目されていない
2017年4月 銚子市長選に出馬した際の
野平の「奇妙な公約」について、指摘している。
野平は、市長選で(4/23執行 野平は落選)
「国家戦略特区で、千葉科学大学に獣医学部をつくる」
という公約の刷物を市民に配っていたというのだ。
野平が出馬した この銚子市長選の直前に、
加計問題は公になった。
朝日の文科省文書スクープ(5/17)に先んじて、
バリバリの福島伸享(民進)当時議員が、
文科委員会で取り上げギュウギュウ追求している。(3/8)
続いて、福島瑞穂(社民)議員が、安倍入り参院予算員会で、
加計の名を出して、安倍を怒り心頭 大興奮させた。(3/13)
その後に、安倍(の獣医学部 B兵器開発の意気)を
高揚させそうなこんな出来事があった。
CRISPR-cas9の開発者、Prof.シャルパンティエが来日。(4/18)
この技術は、画期的な遺伝子治療、
あるいは生物兵器開発の可能性をもった
途方もないデュアルユース(軍事民生両用)性を秘めている。

「日本国際賞」受賞者 =4/18 午前、首相官邸【時事通信社】
エマニュエル・シャルパンティエ(ゲノム編集CRISPR-cas9を開発者)
アディ・シャミア(イスラエルの暗号の研究者)
そして、
ついに朝日に「文科省文書スクープ」を打たれ、(5/17)
ハッキリクッキリと安倍の関与(首相案件)が記された文書が、
公開されて、加計問題が燃え上がった。
都議選を目前にして追い詰められる安倍…
その口から出たのは、これだ…
「1校に限り」とされていた獣医学部新設について、
神戸『正論』懇話会のスピーチで、安倍は、
「速やかに全国展開を目指したい❗️
地域に関係なく2校でも3校でも
意欲あるところにはどんどん獣医学部の新設を認めていく❗️」
と言い放ったのである。異様にハイだ。(6/24)
安倍「獣医学部どんどん新設」発言 2017年6月24日神戸講演
(前日の沖縄全戦没者追悼式出席。夕方には神戸入りし
神戸製鋼に立ち寄っていた(神戸正論懇話会の会長は神戸製鋼会長の水越浩士)
しかし…
なぜ、野平は、公然と
「国家戦略特区で、千葉科学大学に獣医学部をつくる」などと言ったのか❓
安倍の「どんどん獣医学部を新設」する意向を、
加計ルートから伝えられていたのかもしれない。
総務委員会 2017年6月6日 加計学園 千葉科学大学 野平市長問題
議事録
○江崎孝(民主党)
・加計学園の大学の設置は自治体に巨額の補助金が、
自治体の財政を非常に圧迫をしている。
・銚子の千葉科学大学に八十億円近い補助金が、
結果的に元利償還も含めると平成三十八年まで返さねばならない。
トータルが八十億円をはるかに超える。
・その結果、銚子の市民病院の閉鎖の遠因になっている。
・野平氏がこの2017年4月に銚子の市長選出馬時に市民に配布した資料に、
「国家戦略特区で地域が稼げるまちづくり」という公約を出している。
「国家戦略特区で水産のまち銚子の全産業に追い風」
「国家戦略特区で水産・獣医学部を誘致」が公約になっている。
(2017年落選。2013年も落選している)
・「千葉科学大学に銚子の産業に貢献できる
水産・獣医学部の新設を目指す」
「国家戦略特区でないと新設できない学部です云々」ということ。
・このときの千葉科学大学の学長が木曽功氏。
前川前事務次官の証言では、前川氏は昨年の八月に
木曽氏から獣医学部新設について「よろしく」と言われた。
・獣医学部は、今はこの今治になっているが、
銚子の野平市長候補の公約…
千葉科学大学の学長だった木曽氏…
木曽氏は内閣官房参与になっている(九月に退任)。
野平市長は岡山県の副知事をしていた&岡山理科大学でもあり、
非常に加計学園とは関係が深い。
・野平氏が初の銚子市長選に立候補した時に千葉科学大学の誘致している。
・結果的に、非常に財政が悪化して、
野平市長の一期目のとき、(2002年初当選)
銚子の市民病院の廃止というのが俎上に上り、
野平再選のときに、銚子市民病院の廃止に反対の方が当選し、
野平は落選した。(2006年落選)
・しかし、新市長は、市民病院を廃止しないと公約したが、
財政がうまくいかず、公約に反して市民病院の廃止を決め、
市民からリコールされて任期半ばで退任した。
・リコール後の選挙で再び野平が市長に返り咲いた。(2006年復活)
・野平は千葉科学大誘致に深く関与していた。
野平は選挙公約に堂々と「国家戦略特区で獣医学部」と挙げた。
内閣官房参与だった木曽が8月に前川前次官に獣医学部新設を
よろしく頼むと言った。
・この脈絡からは、木曽の「よろしく」は、
「銚子の千葉科学大学における獣医学部の新設」も
含んでいたのではないか?
・市長選に立候補する人物が、
国が命じ国に決定権がある国家戦略特区の指定、獣医学部の新設
について、ここまで明確に公約に掲げることは、
何か大きな流れがなければ、できないはずである。
・実は、加計学園問題が今年に入って俎上に上り、
野平市長候補はこの獣医学部創設を公約から外している。
この経緯によって銚子市民にとって非常に混乱させられる
市長選挙だった。
野平の公約の「千葉科学大学獣医学部創設」は、
全くのでたらめだったのか?
○浅田和伸 文部科学省
・そういう話は一切承知をしていない。
○川上尚貴 内閣府
・千葉科学大学から水産・獣医学部の設置に関する提案は受けてない。
木曽前内閣官房参与から働きかけを受けたこともない。
○江崎孝
・加計学園の大学の収容定員の充足率は、
(2016年5/1発表)岡山理科大学が113%、倉敷芸術科学大学が77.1%、
千葉科学大学が83.1%
順正学園の大学、吉備国際大学が70.9%、九州保健福祉大学77%
充足率が定員超えているのは岡山理科大学のみ。
・岡山理科大学、倉敷、千葉、吉備国際、九州保健福祉大学は、
莫大な補助金が自治体から出資されている。
一つの学園でこれだけ各大学に膨大な補助金が出されている例は、
ほとんどない。
最近十年間では、千葉県成田市の国際医療福祉大学医学部が
八十億円という例以外 ほかにはない。
・既に大きく定員割れをしている九州保健福祉大学は、
2014年に学部の新設をし、そのときに新たに延岡市から
補助金を新たに7億円を出している。
・千葉科学大学についても、加計学園は、銚子市と
「学部新設をするときには補助金の要請をする」という契約書を交わし、
学部新設をすれば市は新たに金出さねばならない
という話になっている。
・市民からの相当の反対を当時の野平市長が押し切ったが、
予想されていた経済的な効果は生まれずに、
定員割れの状況になっている。
・加計学園の経営は問題がある。
人口減少、若者流出に悩む地方都市を狙い、
膨大な補助金を出させるという学園経営の在り方の問題、
あるいは、多額の補助金を出してまで誘致する自治体の問題は、
地方自治の問題とはいえ、何らかの制度が必要ではないか?
○国務大臣 高市早苗
・銚子市は、2004年開学の千葉科学大学誘致に、
合計で77億5千万円の補助を行っている。
・学校法人への補助に係る予算は、
地方自治法第九十六条第一項第二号の「予算を定めること」として、
地方議会の議決事項であり、
住民の代表である銚子市議会の御議決を経てなされたものである。
ーー
「首相のご意向」で加計獣医学部新設のために、
様々なプレーヤーが動いてきたが、
それを可能にする装置の「国家戦略特区」のプランナーは、
和泉洋人 である。
和泉洋人 内閣総理大臣補佐官は、
国交省の技官で、局長をやった後、
内閣府で 地域活性化統合事務局 事務局長というポストに就いた。
このポストは〈特区制度の担当〉である。
和泉補佐官は、
構造改革特区でも出来なかったことでも
国家戦略特区だったら、
例外的な取り組みをすることで、
理屈さえ上手く作れればできるようになる
特区制度の計略を知り抜いている。
「加計を隠して通す」ストーリーを描いたのは、
和泉洋人なのだ。
構造改革特区は、
地域限定の実験をするというものであり、
愛媛県に作るなら愛媛県内の学生だけしか入れない。
高校なら学区というものがあるが、大学には学区はないので、
大学は、日本全国、世界各国どこからでも入れるものであって、
地域限定ではないので、
構造改革特区の仕組みそのものに合わない。
よって、加計が、構造改革特区で何度提案してもハネられる。
それに対して、国家戦略特区は、
国家戦略であるから、国際競走力を高める、
国際的な経済拠点を形成する、などの目的であって、
その利益は、国全体に及ぶということ前提になっている。
だから、国家戦略特区は特区と言っても
地域限定の実験ではないのである。
しかも、特区はどこにするかは、トップダウンで決める。
「ここを特区にする」と国がやらせるという仕組みなのである。
ーー
加計問題の決定的スクープを放った朝日の
「文科省文書」は、子供の教育の場を守ろうと闘う
勇気ある現役の文科省職員による内部告発である。
前文科省事務次官の前川喜平氏が、
この流出文書が真正のものであることを証言し、
安倍官邸の下部組織と化したマスコミの標的となった。
これには、前史がある。
初等教育に長年携わってきた前川喜平氏と、
彼の素晴らしい部下たちは、
正に「首をかけて」子供の義務教育費を守るために闘い、
辛うじてこれを守り抜いた。
実際に、天下り問題で文科省のみを狙い撃ちされ、
前川喜平氏は、引責辞任したのである。
子供のための義務教育費がどのように奪われようとしたのか、
彼らが、どのように闘ってきたのかを
まとめてみた。
そして、
義務教育費国庫負担金を守る闘いの記録は、
今もネット上に残る。
ブログ『前川喜平の 奇兵隊、前へ!』から、
彼らの行政に注ぐ熱い情熱が迸るエントリを2つ紹介する。
ーーー
「義務教育費国庫負担金」を守ろうと闘った文科省職員
前川氏は、当時、文部科学省初等中等教育企画課長として、
小泉内閣の【三位一体改革】と闘っていました。
三位一体改革の最終的な目標は、総務省が地方に配っている
地方交付税交付金の大幅削減でした。
地方交付税交付金とは、総務省が、
国税の一部から、地方自治体の自主財源(地方税収入)の不足分を補うために
配っているお金。
その国税の一部のことを「地方交付税」と呼び、
配られる金のことを「地方交付税交付金」と呼び、
その金の出入りを管理する会計が「地方交付税特別会計」。
この地方交付税特別会計という財布の中から
総務省は全国の自治体に交付金を配分するわけですが、
毎年 赤字で大借金をしており(地方交付税特別会計借入金)、
その累計は2005年時で、52兆円にのぼり、
地方交付税制度は破綻状態に陥っていたのです。
→http://gimukyoikuhi.blog.so-net.ne.jp/2005-11-02-1
→https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_filp/proceedings/material/zaitoa250325/3.pdf
総務省は、地方交付税を破綻から救うために、
まっ先に子供のための義務教育費を狙い、
小泉首相 麻生総務相を動かしたのです。
現在、自転車で転倒して頸髄損傷を負ってリハビリ中だという、
当時の財務大臣・谷垣禎一氏が、これを押し留めようとしていたようです。
しかし、この悪政は、シナリオ通りに進められていく…
義務教育にしか使えない金=特定財源が、
何にでも使える金=一般財源となり、
都道府県が「自由」に義務教育費を減らすことになりかねず、
あらゆる地域に暮らす子供たち皆が、
平等に、一定の水準の保たれた義務教育が受けられなくなる…
前川喜平氏は、心底、子供達の未来を危惧していたのです。
三位一体改革三位とは、
①補助金・負担金、②交付税、③税源配分〜を見直し、
一体の改革をするというもので、
「地方にできることは地方に任せる」という方針の下、
2004~2006年度の3年間で、地方交付税5・1兆円、
補助金4・7兆円をカットする代わりに、
3兆円の財源を地方に移譲。
これにより地方交付税の大幅な削減となり、地方を疲弊させ、
義務教育費国庫負担金が狙われ、蝕まれることになるのです。
義務教育費国庫負担制度とは、
教育の機会均等と一定の水準を維持するために、
公立義務教育学校の教職員給与の都道府県による負担経費の一部を
国がもつ、とする制度でした。
しかし、いわゆる三位一体改革によって、
「義務教育費国庫負担制度」は、
2004年から、国が負担すべき額の総額の使い方については、
地方の裁量にゆだねる総額裁量制が導入され、
さらに、2006年度から負担比率は2分の1から3分の1に切り下げられ、
減額分は都道府県に税源移譲(3兆円)されることになります。
財源が地方に移譲され、一般財源化されると、
それまで義務教育のためにのみ使われていた財源が、
それ以外の用途に転用される可能性があり、
結果的に教育費の縮小を招き、
義務教育の地域格差が生じる危険性があるということなのです。
しかし、子どものための財源が切り捨てられること、
「義務教育費国庫負担金を税源移譲のために
削減するのは間違っている!」と言い続けた
前川氏と文科省 の奇兵隊は、
小泉政権が撤廃しようとした「義務教育費国庫負担制度」を
堅持させることができました。
少なくとも、これは非常に重要な成果です。
最終的に、同制度は廃止ではなく、
国庫負担率の引き下げ(1/2→1/3)で決着しました。
さて、
『前川喜平の「奇兵隊、前へ!』〜このブログを読むと、
総務省とグルになって、
〈地方サイドで目立って動くプレイヤー〉がいるのが解ります。
岡山県知事 《石井正弘》…
地方から、子供の義務教育を生贄に差し出した人物です。

【石井正弘 略歴】
昭和20年11月29日岡山県岡山市生まれ。昭和44年東京大学法学部卒業。同年建設省入省、建設大臣秘書官、内閣法制局参事官、建設省民間住宅課長、河川総務課長、大臣官房文書課長、大臣官房審議官、平成8年7月建設省退職。同年岡山県知事当選、平成12年、平成16年、平成20年当選(計4期)。この間、全国知事会総務常任委員長、同道州制特別委員長、地方制度調査会委員、中央教育審議会委員。平成25年7月参議院議員に当選、参議院決算委員長○現在岡山県土地改良事業団体連合会会長、参議院自民党政策審議会副会長、自民党税制調査会幹事、参議院国土交通委員会筆頭理事○主要著書「新世紀きびの国の創造」他
「知事会」(都道府県知事の全国的連合組織)の
原案作成の責任者である石井正弘は、
総務省が書いたシナリオのとおり、
「《義務教育費国庫負担金の廃止》は《地方の総意》」だと主張し、
他の知事の反対論もある中、総務省は、これを地方案として、
義務教育費国庫負担金の廃止の言質にするのです。
前川氏の奇兵隊のおひとり、
三木忠一氏 の手記(下段掲載)を読むと、
ここでも石井正弘の話が出てきます。
加計学園の地元、岡山県の当時の知事《石井正弘》は、
文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会委員(3-4期)も務めており、
この審議会で、
〈義務教育費国庫負担金を一般財源化すべき〉という意見を
答申素案に盛り込め!と主張して審議が荒れていたようです。
〈義務教育費国庫負担金を一般財源化する〉とは、すなわち、
〈都道府県の自由な采配で義務教育費を減らされる危険性〉が
あるということです。
※石井知事の話は、何度も何度も出てきます。
《前川喜平の「奇兵隊、前へ!」 石井 》で検索してみてください。
中央教育審議会が設置した義務教育特別部会の議事録など生々しいです。
「地方6団体」
そして、地方6団体の事務総長・事務局長は、
すべて総務省(旧自治省)からの天下りなのだそうです。
「地方6団体」とは、
知事会
全国市長会
全国町村会
全国都道府県議会議長会 の執行3団体
全国市議会議長会
全国町村議会議長会の議会3団体
合わせて6つの団体を言います。
そして、
元 岡山県知事《石井正弘》について調べてみると…
1996年、平沼赳夫の誘いにより知事選に出馬し当選し、
2012年まで4期 再選されますが、
2008年の4選目選挙では、12年間県政を担い
「財政危機宣言」(2008年6月)を発表したことなどが
大批判され、首の皮一枚の僅差で辛勝した。
石井 岡山県政下での「財政危機宣言」

ここに↑、財政危機の理由の一つとして、
「交付税ショック」という言葉があり、
「一般財源が300億も減った」とある。
これは、「地財ショック」ともいわれ、
03年12月、国と地方の税財源を見直す三位一体改革の中で、
総務省が示した地方財政計画で地方交付税が大幅に削減されたことを指す。
※石井知事「財政危機宣言」(2008年6月)
(2015年当時)岡山県は、再三にわたり財政再建団体や財政再生団体、財政健全化団体に転落しかねない状況になりながら、財政再建に取り組まねばならなっかった。
岡山県は、24年間にわたる長野士郎元知事時代の積極的な公共事業や大規模事業の実施により、県債残高が嵩み、平成8年度以降、再三にわたり財政再建団体への転落が危ぶまれ、さまざまな行財政改革大綱を発表してきたが、毎年400億円規模の財源不足が発生し、財政再生団体に転落する可能性があったため、平成20年6月に「岡山県財政危機宣言」を発表した。
その要因はハコモノ行政(大規模公共工事)である。岡山県は平成9年の「岡山県行財政改革大綱」から現在に至るまで、景気や三位一体改革の影響を受けながら財政再建に取り組んでいる。県民に通常の公共サービスを提供しながら、巨額の負債を解消していくのには時間がかかるため、長期間にわたる戦いとなった。
http://www.canon-igs.org/research_papers/macroeconomics/20150710_3210.html
石井は、知事時代には、
〈加計グループの吉備高原学園の理事〉でもありました。
吉備高原都市というのは、
長野知事時代の失敗に終わった計画都市であり、
その計画の一環で県が出資し、
県が運営にも参加する学園が作られ、
県知事が私立高校の理事長になるという奇妙な形態になっています。
※ 学校法人 吉備高原学園は、歴代の岡山県知事を理事に迎え、
現在は、現職 岡山県知事の伊原木隆太が理事に就任しています。
平成 2年10月4日 学校法人吉備高原学園 設立認可
平成 2年10月 長野 士郎 初代理事長就任
平成 8年11月 石井 正弘 第2代理事長就任
平成24年11月 伊原木隆太 第3代理事長就任
安倍晋三総理大臣街頭演説会
応援対象:岡山県選挙区 石井正弘候補
実施日時:2012年(平成25年)7月5日(金)
石井正弘 は、2012年岡山県知事を退任し、
2013年夏参議院選挙に自民党公認で岡山県選挙区より立候補。
岡山県選挙区で初当選。参議院議員に就任。
また、皆さんも、安保法の
2015年 9.17事件の 戦争法強行採決 【人間かまくら】を
覚えているでしょう。
戦争法特別委員会の委員以外の人間までもが雪崩れ込み、
議長をかまくらのように取り囲んで強行採決しようとしました。
石井正弘は、この人間かまくらの謀略に
参加した人物の《顔写真入りリスト》⬇︎に、入っています。
http://ameblo.jp/et-eo/entry-12078570012.html
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2005-11-28 00:50
●前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(番外編)筆者、前川喜平について
騎兵隊長前川喜平 略歴
1955年、奈良県生まれ、東京育ち。小学生のころには不登校も経験した。東京大学法学部に6年間学んだ後、1979年、文部省に入省。2016年6月に文部科学事務次官就任、翌17年1月に退職。以後、自主夜間中学のボランティアスタッフをしながら、講演活動に東奔西走の日々を送っている
この「奇兵隊、前へ!」を読まれている方は、おそらく「筆者、前川喜平とは、いったいどんな人物なのだろう」と思い巡らすであろう。今回は、番外編と題して奇兵隊員から見た筆者の姿をみなさんにご紹介したい。
これまでのシリーズをご覧になればわかるように、前川課長の言説は非常に挑発的で過激である。従来であれば、公務に携わる文部科学省の一職員、しかも義務教育行政をまとめる初等中等教育局の筆頭課長が、インターネット上で総務省やマスコミへの批判を繰り返し主張することなど、ありえないことだ。「言い過ぎではないか」「やり過ぎではないか」・・・多くの方がこう思ったのではないだろうか。ぶち明けてしまえば、文科省内でも、「弁えていない」と前川課長のやり方に異論を唱える者もいる。
しかし、過激で挑発的であることは、前川課長は百も承知である。たとえば、(その15)の末尾では「クビと引き換えに義務教育が守れるなら本望である」と語る。この言葉に象徴されるように、前川課長は、自身の発言内容の重さ、影響の大きさについて認識している。にもかかわらず、身分云々を超えても言わずにはいられない、大きな思いを抱え、このブログで吐露する。すべてを覚悟で、言責を負って主張しているのだ。
職を賭けてまで、何故、このネット上で言わねばならないのか。みなさんには、ぜひこの理由、この状況についてにこそ、思いを馳せていただきたい。そこに、この三位一体改革の問題が潜んでいるようにも思えてならないからだ。ことは切実で重大だ。
まず、前川課長の職歴について。昭和54年に文部省に入り、文部大臣秘書官、文化庁宗務課長、中央省庁等改革推進本部参事官、初等中等教育局教職員課長を経て財務課長に着任したのが平成13年7月。以後丸3年にわたり、財務課長として少人数指導など「個」に応じた指導の充実を図る第7次教職員定数改善計画の実施、公立学校への外部人材の導入を進める「学校いきいきプラン」の策定、教員給与制度に関する国立学校準拠制の廃止と地方分権、少人数学級実施に関する地方裁量の大幅な拡大、市町村が独自に教職員を任用する特区制度の実施、義務教育費国庫負担制度について国による総額保障を維持しつつ地方の裁量を最大限に拡大する総額裁量制の導入など、義務教育の条件整備と現場の自由度の拡大に努めた。この間に三位一体の改革が開始され、前川課長は総務省、財務省などとの厳しい折衝を強いられることとなった。平成16年7月、初等中等教育企画課長に就任し、現在に至っている。いわば、義務教育費国庫負担制度の重要性と総額裁量制の内容について熟知した者として、前川課長の右に出るものがいないほどだ。これまでの三位一体と義務教育費国庫負担制度の問題に関わってきた第一人者である。
実際の前川課長の性格は、温厚でフランクだ。何よりも個人の尊重と自由を重んじている。前川課長の周りにはいつも多くの人が集まり、地方の教育関係者からの信望も厚い。その性分ゆえか、初等中等教育企画課の職員はのびのびと仕事をしている。
さて、三位一体の改革。もうまもなく来年度に向けた決着がつく。時間の問題だ。しかし文部科学省は、これまで十分にその方針を主張をすることができてきたのか。もちろん、これまで何度も国庫負担制度の堅持を主張してきた。にもかかわらず、前川課長が繰り返すように、その中身やスケジュールについて審議してきた重要な会議や話合いに、文科省は関与できないでいた。文科省は、経済財政諮問会議において主張を聞いてもらう機会が少ないため、その主張を理解してもらうにも、相当の努力が必要なのだ。
一方の総務省や財務省は、経済財政諮問会議のメンバーとして、三位一体改革の重要な決定過程に必ず組み込まれる。総務省、財務省サイドは、総理とも会う機会が恵まれているが、文部科学省はかやの外に置かれている。同じ政策省庁と言っても、三位一体の改革においては、総務省や財務省がJ1なのに対し、文部科学省はJ2状態なのである。ここに大きな問題があるのではないだろうか。
文科省はあまり発言の機会が設けられていない。だから教育行政そのものもが後回しにされているというのであれば、これは憂慮すべき事態である。そんな過程で、専門官庁が不在で実態がふまえられることなく義務教育の在り方が決められたとするなら、どんなふうにその結果を国民に説明できるだろうか。
マスコミ。主要紙各社には、各省庁に記者クラブが置かれ、担当の記者がその記事を書く。聞くところによると、総務省関係の記事は総務省担当の記者が書くから総務省寄りに、文科省関係の記事は文科省担当の記者が書くから文科省寄りの内容になるという。さらに、文科省担当の記者は年次が低いので先輩総務省担当記者の記事のほうが記事になりやすいという。もしこれが本当であるならば、読者はこのような事態をどう受けとめるだろうか。
これらの事態を懸念して前川課長は考えたのである。省としての発言の機会が絶対的に少ないのであれば、マスコミで報道されることに誤解やバイアスが多いというのであれば、自ら、自分の言葉で世論に訴えるしかないと。三位一体改革における政治過程の実態と、専門官庁として義務教育の重要性を、国民に知ってもらわなくてはならないと。
前川課長は、世論に訴えるための発言の場を探していた。本、週刊誌、月刊誌、新聞・・・・。新聞では、通常は行政官が語ることはないと断られた。某月刊誌からも断られた。そこで考えられたのがこのブログサイトである。
もはや公式の場で言う時間も機会もない。しかし、なんとしても教育行政を専門に預かる公の立場として、教育行政に重要なことをインパクトを持って、最後まで言い続けなければならない。そうした理由で、このように挑発的な文章の体裁にならざるをえないのである。
そして前川課長は、刺激的であるものの、わかりやすい言葉で、難解な義務教育と三位一体改革の問題をわかりやすく説明する。それも決して教育論の観点からだけではない。国・地方の税財政制度や地方自治制度をも含めた体系的な提言をしている。いったい今、この日本で、どれほどの人が、傍観者・第三者としてではなく当事者として、ここまでに教育と地方や現場の自主性をより深く考え、政策提言しているだろうか。
「義務教育費国庫負担制度を守ることができるのなら、この職など惜しくない」生半可な気持ちで口走ることは決してできない言葉だ。これまで、この前川課長のこの言葉を何度聞いたことだろう。子どもたちを思い、教育への情熱を燃やす者であれば、その重たさに心打たれるのではないだろうか。
奇兵隊は、ある一人の価値観や、省益といったちっぽけなものに拠っているのではない。また、奇兵隊には他にも隊員がいる。決して前川課長一人が暴走(?)しているわけではない。他の機会でこれらの隊員について紹介したい。
奇兵隊は、義務教育を守るために、教育の現場を守るためにこれからも戦い続ける。
12月1日に発売される「月刊現代 1月号」にも、期待されたい。(つづく)
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2005-11-28 01:52
●前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(番外編2)奇兵隊の隊員について
初等中等教育企画課専門官 三木忠一
素晴らしい騎兵隊員榎本 剛(えのもと つよし)氏 <略 歴>
平成3年 文部省入省、
11年 在英日本国大使館勤務、17年 文部科学省教育財政室長、
18年 同教育制度改革室長、千葉県教育委員会教育次長、
20年 文部科学省高等教育政策 室長、24年 大臣官房企画官
前回の番外編では、「奇兵隊、前へ!」の筆者であり奇兵隊の隊長である前川喜平について紹介があった。今回は、番外編の続きとして、奇兵隊隊長を慕う奇兵隊員のほんの一部を皆様にご紹介したい。
財務課に榎本教育財政室長という人がいる。今回の中教審の一番の争点となった義務教育費国庫負担金の論点について、事務局資料の作成等を担当した人である。この人の日本の義務教育にかける熱意もただならぬものがある。私はこの人と仕事をして、社会人生活の中で初めて仕事中に涙が溢れて泣きそうになった。恥ずかしながら、室長と私のやりとりの一こまをここに描き、義務教育を守ろうとする榎本室長の紹介をしたい。
それは、中央教育審議会第39・40回(10/12)で、中教審答申素案が議論された直後のことである。この部会では、答申素案中の義務教育の費用負担の在り方の部分にたくさんの意見が出された。要すれば、地方6団体からの推薦のあった石井委員(岡山県知事)は義務教育費国庫負担金を一般財源化すべきという意見を答申素案の要旨である第Ⅰ部の枠の中に両論併記的に盛り込むようにとの意見であり、それに対して、その他の多くの委員は、中教審の結論はこれまでの審議を反映し多数意見に基づいた一本化した結論を書くべきであり、そうしないと中教審が政府・与党から与えられた役目を果たしたことにならないという意見であった。そして、審議の後半、石井委員が、このような答申素案であれば、官邸との対応で文科省が苦労するのではないかという趣旨の意見を出された。この意見に対し、他の委員が猛反発し、答申が事務方の意向で書かれるのではなく、答申を出す責任者としての中教審委員の意見の大勢がきちんと反映されるべきであるとの声が噴出した。
審議の大勢を占めた答申素案に対する意見のポイントは2つあったと思う。一つ目は、費用負担の枠の中の文章について、単に国庫負担制度を維持するという書き方ではなく、現行の2分の1の国庫負担制度を維持すべきだというように、負担率を明示し紛れのない文章にすべきだということ、2つ目は、費用負担の枠の外の文章の中で、8500億円の暫定的な扱いについての両論併記的な文章を削除すべきだということであった。
前置きが長くなったが、この議論を踏まえた答申案を次回の中教審の審議に用意するに当たり、答申素案から答申案への修正点をどこにするのか、鳥居会長に指示を仰ぎに伺った時のことである。鳥居会長は、第39・40回の審議会の議論がきちんと答申案に反映されるよう、1/2の負担率の明示と両論併記部分の削除を事務局に指示された。この指示により、第41回に出す答申案の準備ができ、後は必要部数をコピーすれば会議を迎えられることとなる。
この指示を後ろの席で承ったとき、榎本室長は、私に、「三木さん、この答申案で満足ですか。」と小さな声で尋ねられた。僕は、とっさに質問の趣旨がわからず、「まぁ、ええ」とだけ応えた。すると室長は、しみじみとこう言った。
「2月から今まで半年以上中教審の事務局として一生懸命仕事をしてきましたけど、この答申案ではきちんと結論が書かれているので、これでよしとしましょうね、おつかれさま」
僕は、目頭が熱くなって、「はい」とだけしか、応えられなかった。中教審で委員がそれぞれの意見をしっかりと出し合い議論を尽くし、その集約がきちんと図られた内容が答申案となろうとしていることに対して、室長が喜び、我々のこれまでの苦労も報われますねと僕に言ったことが、ようやくわかった。仕事に厳しく時には僕にはこわくも見える室長からのこの言葉は、意外でもあったが、これまでの仕事にかけた労力を背負った万感が込められている響きをもっていて、僕は胸にじんときた。
前川課長や榎本室長の日頃の姿を見ていると、私の愛読書である司馬遼太郎の「坂の上の雲」の文章を思い出す。児玉源太郎参謀総長は、203高地がなかなか落ちないために、203高地を攻める軍の司令部に赴いた時の文章である。そこには、最前線から遠く離れて机上の作戦を作り日本兵の無益な殺生ばかりを繰り返していた参謀の一人に対して、児玉源太郎は、「国家は貴官を大学校に学ばせた。貴官の栄達のために学ばせたのではない」と言ったと後世に伝えられているとされている。
私は、なぜか、前川課長や榎本室長をみていると、この児玉源太郎の言葉を思い出す。児玉に叱責を受けた現場を直視せず自分のポジションを大過なく過ごそうとしている参謀とは正反対に、自分の栄達を度外視して、日本の義務教育の未来のことを一心に案じて職を遂行しているように見えて仕方がないのだ。
もう一人紹介したい。松岡勇雄事務官だ。彼は、前川初等中等教育企画課長のもとに、中央教育審議会の義務教育特別部会の事務局として設置された義務教育改革プロジェクトチームの一員である。
中教審の合宿集中審議(6/18~19)は、委員の方にとっても長い審議で大変なご苦労をおかけした。同時に、その準備も膨大であった。この合宿集中審議の間、松岡事務官は、前日含め当日とほぼ完全に徹夜した。その徹夜二日目のことである。私が彼に少しの時間休むように言って、彼は30分くらい横になった。そして、彼にお願いする仕事があって、彼に声をかけると、彼は起きて、彼の目はうつろながらも、携帯電話で仕事相手の人に詳細に仕事の発注をした。電話を切って、しばらくして、電話先の人が来たときには、もう彼の目は焦点が定まっていて、先ほど電話で何をしゃべっていたか全く覚えてないという。しかし、彼の先ほどの電話は的確に数量等を指示していたので、松岡さんも私たちも彼に記憶がないのにとても驚いた。頭が寝ていてもちゃんと仕事ができた彼の姿に、当時我々は、彼の責任感を感じ、僕らももうひと頑張りしようと励まされた。
教育、特に義務教育は、票にならない、権益が絡みにくいと言われる。子どもたちには投票権がないし、必要なお金の大部分は裁量性の乏しい人件費である。そして、義務教育の大部分は現場の教職員の日々の頑張りに支えられているので、国の出る幕はないように見える。しかし、現場ではどうにもならない、地域間格差による学校現場の条件整備への影響は国レベルの問題だ。私は、自分をさておいても義務教育を守るという人が、現場だけでなく、国レベルの政治、行政等にそれぞれ一定数以上いないと、社会経済状況により、義務教育が他の分野の犠牲にされる可能性がとても高いように思う。前川奇兵隊長や本日紹介した隊員は、みな、自分をさておき義務教育を第一に仕事に臨んでいる人たちのほんの一例である。
以上の話は、多くの人に紹介するほどの話でないとも思った。もちろん、中教審の事務局の仕事をするのは我々の職務であり、それをちゃんと行うことは当然で、ましてや仕事が深夜に及ぶことも他の職業同様当然にあることだと思う。しかし、義務教育の今後について大きな意味をもつ答申に携わった者の中に、自分の出世や役所の権益のことを一顧だにせず、ひたすら日本全国の子どものことを想って仕事をしている人たちがいるということを省内に語り継ぎたいという思いもあって書いてみた。(つづく)