子供の頃、クジ運の神が付いていた。
保育園児の時に、
デパートのガラガラ抽選で、旅行券を当てて、
祖母にプレゼントして喜ばれたこともあるが、
当たって当たって困まっちゃう!
そういうこともあった。
小2の夏休み、
それまで送り迎えしてもらっていたピアノ教室も、
ぼちぼち、お姉ちゃん(私)も大きくなり、
しっかりさんになってきたので、
子供達だけでバスに乗って通わせても大丈夫だろうということで、
同級生のY子ちゃんと私と弟は、子供たちだけで、
バス停3つほどを乗るピアノ教室に通った。
ところが、
私たちが乗るバス停の真ん前には、
魅惑的な駄菓子屋があった。
弟が、ふらふらと吸い寄せられるのも致し方ない。
それを制するほど、
しっかりさんでも野暮でもない姉もY子ちゃんも、
カラフルな店先へとスムーズに吸い寄せられる。
そして、姉は、バス賃を預かって
カエルの財布を首からぶら下げていた。

弟が手に取った「オレンジガム」を
「一個だけなら買ってあげるよ」なんちゃって、
大判振る舞いの親方の気分になっていたのである。
そして、Y子ちゃんにも振る舞った。
もちろん、自分にも。
フーセンガムの「オレンジガム」というものには、
当たりくじが付いている。
まあ、滅多に当たらない。
ところが、特殊体質の弟は、
一個目開けると「アッタリー!」
二個目開けると「またまた アッタリー!」
三個目 開けても「またまたまた アッタリー!」
開けても開けても、当たるのである。
お店のおばさんまで、面白がって
「アッタリーー!」と声を揃えてくれて、
我々は、お口の中が有頂天オレンジガム祭であった。
あれは、なんだったのだろう。
メーカーさんが、当たりくじの仕分けを
やり損なったアソートだったのだろうか。
さて、日本のバスというのは、定時に来て定時に去っていく。
ああ、バス、行っちゃった。
「お金も使っちゃったし、歩いて行こう!」
ウチの母は、元々、ホワンとした人間で、
我々は、ゆるゆるに育った故に、
バス賃を使い込むということにも、
遅刻するということにも、
全く、罪悪感を感じていない姉弟。
お口一杯のオレンジの香りに包まれて、
夏のカンカン照りの歩道をお歌を歌いながら、
初めての道程をなぜか無事に進んで到着した。
あまり遅いので、
先生が家の門まで出てきて待っていてくれた。
「歩いてきたよ」というと、
先生の奥さんが、「暑かったでしょう」と
麦茶を出してくれた。
先生は、真ん中が禿げていて、サイドの毛が天然パーマなので、
白髪ではないが、お茶の水博士と同じヘアースタイルの
ダジャレばかり言っているような、
これまた、子供の冒険談を聞いて、
アハハハ笑っているような人だった。
帰り道のことは、覚えていない。
たぶん大満足して、大人しくバスに乗って帰ったのだろう。
母には、その日の楽しかった出来事を
ぜーんぶ話してあげた。
我が母ながら、
親としては少しは小言を言うべきところだろうが、
よくも面白そうに笑って聞いてくれたもんだと思う。
これに気を良くして、
同じことを繰り返した夏休み。
弟のクジ運は、衰えず、
その後も、棒アイスの当たりを当てたりして、
駄菓子屋のおばさんに、
「うちの犬はラッキーというけど、
ボクは本当のラッキー君だねぇ」などと言われていた。
今にして思えば、
よくも、呑気な大人が揃ったもんだ。
先日、久しぶりに電話で話した
小学校司書をしている友人が、
「学校が本当にヤバイんだよ〜」と悲鳴をあげていた。
「酷い学級崩壊のクラスの担任の先生が病んじゃって
本当に気の毒なのよ。
暴力的な激しい授業妨害をする数人の中心の子供たちは、
どの子も元々、
サッカーが得意なスポーツエリート君や
勉強のよくできる優等生で、
家では良い子なので親は聞く耳を持たないんだよ。」と。
「子供は、親に本当の自分を出せてないんだよね。
ありのままの自分を偽らなければ、
許されないんだね。親に。」などと話した。
そんな話から、
友人と、お互いに
「私は子供の頃から本当にユルいアホだった」けど、
「周りの大人も本当にユルいアホだった」という
思い出話合戦になって、
私は、この話を思い出した次第だ。
友人の方は、
家庭訪問の時にお母さんが芋羊羹を出して、
女性の先生がオナラをしちゃって、
お母さん、つい大笑いをしたら、自分もしちゃって、
「母さん、先生と臭い仲になったんだ〜」
なんて言ってたからね、ウチの母。
などという話を披露してくれた。
たぶん、ユルいアホな子を面白がる大人は、
ユルいアホな自分自身を
結構、気に入っている人達だったのだろうなと思う。