**2018年11月03日(土)【安田純平 記者会見①】
日本マスコミの無反応の愚…安田の世界的スクープ❗️ISの極秘資料入手❗️
**2018年11月04日(日)【安田さん会見②】
IS極秘資料入手/ 取材の目的/ 国境越え方法/ 拘束組織と監禁場所/ 時系列
●代表質問 日本記者クラブ企画委員 テレビ朝日 川村
安田さんの帰国は世界で報じられているが、
ネット上の匿名のバッシングなど、日本社会を映し出しているような
民主主義の姿、民度、文化の許容度を映し出しているようなあり方が、
ネット上を含めメディアの層の中にあるが、
この現状について どのように受け止めているか?
安田
私自身の行動によって日本政府、並びに皆さまに、
……ご迷惑というか…おかけしたということもあるので、
私自身に対して批判があるのは当然のことであると考えている。
何があったのかということも含めて、皆さまに批判いただき、
検証していただくというのは当然であると思っているので、
特に私の側からは疑問というのは特にない。
ただ事実に基づかないものというものもあるので、
あくまで事実に基づくものでやって頂きたいというのが私のお願いである。
自己責任についても当事者である私が語るのは非常に言いづらいが、
紛争地のような場所に行く以上自己責任であると考えている。
紛争地に関して日本政府が何かしらの拠出をするというのは
非常に厳しい環境にある。だからこそ、政府は退避勧告を出している。
その場所に入って行く以上、自分が準備をし、何かあった場合、
それを自分で引き受ける。
体制としての準備、自分自身の心の準備をするものだと思っている。
それによって自分の身に起きるものに対しては、
自業自得であると考えている。
そのことと、では、行政がどうするかというのは、全く別のものであって、
本人がどういう人物であるか、どういう準備をしたのか、ということと、
行政が行うことというのは、全く別として存在をしていて
その本人がどういう人であるのか、ということによって、
行政の対応が変わるということになると民主主義国家として、
非常に重大な問題であると思う。今回の外務省の対応について、
国として行政として出来ることをやって頂いたと解釈している。
紛争地で人質になった日本人の救出というのは、非常に難しい。
情報収集というのは非常に難しい、という中で可能な限りのことを
この3年4ヶ月の間続けて頂いたと解釈している。
解放の理由、きっかけというのは解らないが、
日本政府の大原則は、邦人保護は必ずやる、身代金は絶対に払わないだが、
その範囲の中で出来ることを探っていたと解釈している。
外務省とは話しをしたが、情報収集の内容は何度も伺っているが、
報道されている私の近況や、外務省から伺った私の近況は、
事実と異なっているものがある。
例えば、トルキスタンの施設にいる平屋の独房にいた間に、
「私は2部屋を使っている」とか
「周囲の塀が高くなったので神経質になっているらしい」という情報が
入っていたようだが、これは事実に基づかない。
9月下旬に外務省に入ってきた情報が錯綜し
事実に基づかないものがかなりあったようで、
情報収集が困難であったことがうかがえる。
それから、**これを機に、あたかも拘束者と繋がっているような振りをして、
色々な話しを持ちかけてくる人がいるので、
その中で本当に私の状況を知っている人物を選ぶのは非常に難しい。
本当に拘束している組織に辿り着くというのは、
外務省であっても非常に困難だったのだろうと解釈している。
それについて理解しているので、外務省が努力して頂いたことに
不満に思うこともないし、やれることをやって頂いた、
その間、家族のケアもして頂いたのでありがたいと思っている。
総領事についてもアンタキアの施設で外務省が来て
私の身元確認をしたときに、最初にそのことは伝えている。
持っている限りの情報は提供するつもりでいると伝えた。
**・CTSSニルス・ビルドが2015年9月頃から「安田氏の友人、家族、同僚」を名乗るサイトを立ち上げ情報を流していた。2015年12月国境なき記者団がCTSSニルス・ビルドからの犯人の期限付き身代金を要求などの情報を裏取りなく発信し、後に取り下げた。ニルス・ビルドは外務省に5000万で自らが交渉窓口になって安田氏を救出するとアピールしていたが、外務省に無視されていたので、国境なき記者団を利用した。
・その後、西谷文和と在日シリア人JSFA・会長・シハーブ氏がトルコのパイプ役(タリク・アブドル・ハク?)を通じて拘束犯サイドと交渉し、逆に安田の身に危険を齎す「身代金交渉」へと推し進めようとした。西谷は、事前にご家族とも話し合い、政府とも通訳・ムサアムハーンを通じてコンタクトを取っていると主張しているが、ご家族、政府は「身代金交渉」を行うつもりはなかった。
・5-7月、常岡氏を含む3人が救出に向かうもトルコで強制送還。その後、中央大学講師の水谷尚子さんによるヌスラ戦線内部のウイグル人協力者を得て、安田氏の身柄をトルコに運び「身代金なし」で救出する計画だった。その最中に西谷、シハーブが、ご家族や当時、救出に尽力していた外務省に断りなく上記の行動を暴発させ、ウイグルルートが潰された。(常岡情報)
**https://ameblo.jp/et-eo/entry-12111428523.html
**https://nikkan-spa.jp/1521432
●テレビ朝日モーニングショー岡安
今後も紛争地に行って取材を続けるか?
安田
今現在、全く白紙だ。まだ解らない。
●朝日新聞社の尾長
後藤さんのガイドと知り合って、その伝で契約したということだが、
最初の段階から騙されていたのではないか、
人質として見られていたのではないか、と感じていないか?
安田
道案内人が様子を見に行っている間に、私は別の方向に行ってしまった。
これは完全に私の凡ミス。考えられないようなミスだが、
それによって違う方向に入ってしまった。
その時に入ってきた人々というのが家族を送って来た。
それは計画的に家族を送ってきたというのは考えにくい。
それが全て仕組まれていたというのは、どうかなと思っている。
●東京新聞の島田
安田さんお疲れ様でした。
日本政府に武装勢力の方から情報があったという話があったが、
武装勢力から日本政府に、いつ、どんな接触を受けたのか。
安田
これは、私が捕まっている間に、家族に説明があったものである。
9/11に、来週、政府高官が現地に行って信頼出来るルートから
情報を聞く予定であると聞いた。
9/19に、さらに家族が聞いた話。
体の状態は良い。食事はとれている。
沢山もりもり食べる状態ではない。精神的にはかなり疲れている。
肉体的には寝込むような状態ではない。彼らのトップと話はできている。
拘束者は、フッラース・ディーン?である、と聞いた。
フッラース・ディーンというのは、
ヌスラ戦線から分離した外国人をかなり含む組織である。
ヌスラ戦線はアルカイダだったが、脱アルカイダを始めていて、
その中でもアルカイダを続けたいという人々が集まって
フッラース・ディーンを作った。そこに身柄が移っているという話。
イドリブ県の西を動いている。一般家庭のふた部屋か一部屋を利用している。
家の周りのコンクリート塀が高くなってストレスになっているかもしれない。
身代金以外の解決手段を探っている。
※イドリブ県では、シャーム解放委員会やシャーム自由人イスラーム運動が自由シリア軍への「なりすまし」を続けるなか、フッラース・ディーン機構を名乗る新たな組織が台頭した。2018年2月に結成されたフッラース・ディーン機構を指導したのは、アブー・ハマーム・シャーミーなる人物だった。彼は、アル=カーイダのメンバーとしてアフガニスタンやイラクでの戦歴を持ち、ヌスラ戦線メンバーでもあった。だが、シャーム・ファトフ戦線への改称時にアル=カーイダとの関係を解消したことを不服として離反、アル=カーイダの「再興」をめざしていたのである。
https://news.yahoo.co.jp/byline/aoyamahiroyuki/20180718-00089833/
●毎日新聞の藤原
案内人を信用したと仰っていたが、
どういう根拠で、あるいは過ちだったと思うことはあるか?
安田
実際に案内人の案内に従って入る以上は、信頼するかしないかの
最終的な委託になるが、入ったということは信頼したということになる。
日本人のジャーナリストから紹介された
シリア難民の支援小学校の人達から紹介された…、
それから、後藤さんのガイドを以前やっていた人である…、
アハラシャームという組織の中に知人もいて、
知人の名前を挙げたところ自分であると言う返事が来た…、
入り方の説明…、後藤さんと子供達の教育プログラムを立ち上げ、
写真も見せてもらったが、衛星電話につないで
ネットで勉強するというプログラムを作り後藤さんと活動していた…、
顔を出してI am kenji という活動もしていた。
後藤さんのプログラムの子供達を心配するビデオも流していた。
そういう人であるなら大丈夫ではないかと判断した。
彼らが騙していたかどうかは解らないが、
入り方が、私の凡ミスである部分が大きいのと、
メモに書いていないが、
**2015年10月末に、私の部屋の窓の外に人が来て、
話しかけてきて、「お前は誰だ?」と聞かれ、
「日本人だ」と答えると「純平か?」と聞かれて「そうだ」と。
「何をしているのか?どうして欲しいか?」と聞かれ、
「監禁されている。彼らは金を求めている。」と答えた。
「カラシニコフ、RPGはどうだ?襲撃して助けて欲しいか?」と言ってきた。
「助けて欲しい」と言ったら「30分後に来る」と言って、
30分後にまた来た。その時に拘束者側が窓を閉めてしまっていたので、
中が見えない状態で彼が話しかけてきてしまった。
彼ら(拘束者側)がミカンなどを持って入って来た時に、
彼が話しかけて来たので捕まってしまった。
「こいつはアハラシャムだ!こいつはお前に何を話したんだ!」と言われた。
彼は別の場所に運ばれてしまった。
彼が本当にアハラシャムなのかどうかは分からない。
拘束者側が仕組んだイベントなのかもしれないが、
あまり意味がないのでそうではないかもしれない。
私はNHKワールドを大音量でずっと流していた。
この近所に日本人がいるという噂が流れるのではないかと
「JAPAN JAPAN」と流していたので、
それを聞いて来たのではないかと思っている。
彼がアハラシャムであれば、
騙したということではなかったのではないかと解釈したいと思っている。
その後、彼がどうなったかは、まだ解らない。
大きな施設(ジャバルザウィーア)にいる時に、
わざと聞かせたのだと思うが、日本人を助けようとして
捕まったと言われている囚人もいると聞いた。
ガイド達が仕組んだことではないと私は思っているが特定できない。
●日本テレビの八代
長い拘束生活で絶望する瞬間はなかったか。
その時の心境について教えてほしい。
安田
身動きが全然できない。どう考えても不可能だと思った時には、
かなり腹が立って、ドアを蹴りまくった。
「そんなに聞かせたくないなら、鼓膜を破って耳を潰してくれ!
一生耳が聞こえなくても家族と話ができなくても俺は帰りたい!
それでいいじゃないか、お前らは聞かれたくないんだろう!
俺もそれを望んでいるのだからやってくれ!」と言ったが無視された。
その時は絶望感だった。それを何回もやった。
●共同通信のヒデマ
相手側の組織について
人数、年代、リーダーの容姿など詳細を。
安田
人数は、最初の民家にいた時は、5人。
時々連絡役の人物が現れたり、
動画や写真を撮りに来る英語の出来る人間が来る。
大きな施設に関しては、地下1階地上5階、
3階に吹き抜け部分があり、囚人に日光浴をさせる場所に
何回か運ばれたが、目隠しされてそこまで行く途中、
上がって行く階段の様子からこれは3階だと推測。
そこから更に2つフロアー、4階5階があった。かなり大きな施設。
おそらく、100人単位の囚人が中にいるのではないかと思う。
そこに食事を配ったりしている人数は、かなりの人数がいた印象。
彼らの話し声や、彼らの部屋の横を通る時、
目隠しなしで下を向いて通れと言われた時に横目で見ると
彼らの靴が沢山あって、相当な人数がいるのだと印象を受けた。
年代は、10代、17歳だという者もいた。40代以上の年配もいた。
リーダーの容姿は、俳優の松平健に似ていたので、
私はケンと頭の中では呼んでいた。体格が良く英語ができる。
彼はイラクに行ったことがある。イラクのキャンプブッカにいた。
クエートに近い、刑務所と基地の複合施設だが、
2003年に米軍侵攻の前に、シリアから義勇兵として入った。
4/9のサダム政権崩壊の翌日に米軍に捕まった。
そこで通訳として雇われ2004年だけブッカで働いたと言っていた。
組織についてだが、
フッラース・ディーンに移された時期について、
メディアや色々な所から聞いたが、移されたと言われる時期に、
トルキスタンの施設(ロの字型施設)にいた。
「身柄を売り渡された」という表現がされていたりするが、
私の身柄はどこにも移っていない。身柄は移っていないが、
組織が看板ごとどこかの組織に移ったということは、あり得る。
しかし、かなり大きな組織でそれが丸ごと、
フッラース・ディーンに入ったのかとなるとちょっと解らない。
この辺りはこれ以上は解らない。
彼ら自身は、ずっとヌスラであるということを明言はしなかった。
初期の頃は、かなり強く否定していた。
彼らに「シリアをどのような政治体制にしたいのか?」と聞いた時、
「シャリーアに基づく体制だ」という者、
「シャリーアだけでは不十分なので人頭税も含めてやる」という者もいた。
「カリフは必要か?」と聞くと、
「カリフは全てのイスラム教徒が再来を求めるものだが、
全てのイスラム教徒が望み同意するようなカリフはシリアの中に、
出てくるとは思えない。だからカリフ制は反対だ」と言った。
アルカイダ系の組織でそういう言い方はないのではないかという気がする。
それから、「ヌスラである」と言っていた囚人が沢山いた。
一晩だけパキスタン人と一緒に入れられていたことがあるが、
彼は、「彼らはジュマーイスラミーヤだと言っているが、
本当はヌスラなんだよね。」と私に打ち明けた。
ヌスラが、ヌスラを捕まえて、
自分はジュマーイスラミーヤだと誤魔化しているということが、
通るのかな?という疑問がある。
なぜ、こんなに別組織が沢山捕まっているのか結局解らなかった。
大きな施設に対する私の印象は、
イスラム法廷や、他の組織から捕虜などを引き受けて
対価を得ている組織の施設なのではないかということだ。
イスラム国の戦闘員もいたが、イスラム国はアレッポのかなり先の方になるので、
そこまで前線を延ばす組織となると、かなり大きな組織になるが、
そこまで大きな組織ではないのではないかと思った。
トルキスタン出身の30歳前後のイスラム国の戦闘員の話声を聞いた。
彼は「自由シリア軍に捕まって引き渡された」と言っていた。
これらから考えると、
他の組織から引き受けるビジネスをしているのではないかとと思っている。
これ以上は解らない。
●ジャパンタイムズのオオスミ
戦場からの報道について、それは安田さんの使命だと思われるのか?
戦場からの報道の必要性について聞きたい。
安田
「使命」というのは、誰かから与えられるものであろうと思う。
私自身が誰かからそういうものを求められているとか、
そういう烏滸がましいことは、考えたことはない。
あくまで、私自身が知りたいこと、疑問に思っていることを
現地で取材をしてそれを皆さんに知って頂くということが
できればいいなと思ってやっている。
必要性については、特に、国家と国家が争う場合、
その武力を行使する場合について、
国家というのは原則的に「人の命を守る」存在であると思うが、
戦争というのは、「国家が人を殺す」という決定をする。
それが、どのような影響を及ぼすのか?
殺された人はなぜ殺されなければならなかったのか?
国家のその行動を国民はそれで良いと考えるのかどうか?
そういうことを判断する材料は絶対に必要だと思う。
これは民主主義の国にとって絶対に必要で
そのための判断材料というのは、
当事者である国家から提供されるものだけではなくて、
第三者から提供されるものがあるべきだと考えている。
従って、紛争地のような非常に厳しい場所であっても
現地の情報を取りに行く人というのが絶対に必要であるというのが、
私の考えだ。
現地の人間が流すものと、外部の人間が見て流すものといのは、
また見方も変わるので、その当事国の人が入って見ることも必要だ。
紛争を行なっていなくても、紛争地から難民が出てくるとか、
色々なことで巡り巡って、我々の日本にも影響がある。
直接に軍隊を送っていない国でも、
この地球上で紛争が起きている場所があれば、
そこで起きていることを見に行くという、
現地に入るジャーナリストの存在は絶対的に必要だ。
●ノーボーダーニュース東京の(?)
シリアで捕まり解放されて注目を集めているが、
一方で、シリアの現状が報道されていないことについて。
日本政府 並びに、多くの皆様にご尽力いただいたので、
まず、私の行動がどうだったかという検証をされるのが
当然であると思っている。
今現在、報道の注目が集まるのは当然の事だと受け止めている。
できれば、そこから先に進んで、
そこで何が起きているのか、この先どうするべきなのか、
というところまで関心を持ち続けて頂きたい。
それから、私を捕まえた組織が何者なのかということは、
これは当然、暴くべきだと思っている。
自分自身でやるのは、今なかなか難しいが、
それも含めて関心を持ち続けて頂きたいと、
これはお願いとして思っている。
●フジテレビの新見
奥様が表に立って活動されてきたが、
安田さんの気持ちに変化があれば教えてほしい。
安田
家族には何もしないように言っていたが、
家族の気持ちとして、やはりそれは難しいし止むを得ない。
私が思っていた以上に、身内が言うのもあれだが、
立派な態度をしてもらったと私は感謝している。
私の取材に関しては、全く話していない。
自己責任だと思っているので家族は私自身ではないので、
私自身で判断してやっている。
両親もかなり年で、今回捕まっている間に、
もし亡くなっているということもあり得たので、
そのことはずっと気にかけていた。
いい加減親孝行しなければいけないのではないかと考えている。
今後の取材の仕方は、もう少し慎重に考えるということはあるかもしれない。
●フリーランスの堀
現地に行かれたのは、体制側ではない、反政府側ではない、
市民の声を伝えたいということだったが、
民主運動の声を見聞きすることはあったか。イドリブ県の事を知りたい。
安田
民主化運動について話しを聞くのは難しい。
……(長い沈黙)…… 捕まっている囚人の中に子供がいた。
尋問している中味を聞いていたら、どうやら政府側のスパイだった。
そういう事をやっている。お互いにやっているんだと思う。
それから、障害者も使ったりする。
フラフラと反対側の地域に入らせて何か見て帰ってこさされる。
反政府側もやっているが政府側もやっている。
戦争だから、お互いにスパイを潜り込ませるというのは
当然やる事だが、
2012年には直接取材をしたが、
やはりそうことに反発して次第に反政府側に入ってくる人間が
増えていった背景でもある。
民主化運動の一端という意味では、
どうしても中にいるので話を聞いて回るというわけにもいかないが、
空爆が始まる時には、救急車が走る音が聞こえた。
反政府側の組織の中に『ホワイトヘルメット』という救助活動をしている
グループがいる。空爆の被害者を救助する活動をしていて、
2012年に取材した時には、空爆された瓦礫の中に子供や女性の
酷い遺体が出てくる場面をいくつも見た。
そういう中で反体制運動を始めていった人たちがいる、ということが、
私が2012年以降、現地で見たり、現地と情報交換しながら見てきたこと。
それから、人身売買されたシリア人の人質がいた、という話だが、
武装勢力は武力という権力もっているので、そうこうことも起きている。
そういう中で武装組織ではない
民主化運動をしたいという人がいるという事は、
理解できるなと思っている。
●朝日新聞の古谷
何日間くらい入る予定で、どんなアポをとって、
ガイドはどんな準備をしてくれていたのか。
当初の捕まるまでの準備状況を教えてほしい。
安田
6/22に入り、帰国は7月の半ばなので20日前後の予定だった。
事前に全部決まって入るということはなかなか難しい。
イドリブ県の中に設置されている2箇所のイスラム法廷を
取材したいという希望は伝えていた。
受け入れ先であったガイドの兄弟を中心とする
アハラシャムの護衛の元に、彼に取材相手への交渉などを
アレンジしてもらって取材をするという体制が良いかなと思っていた。
その結果、交渉ができず帰ることになってもそれは止むを得ない。
取材の準備というのはその範囲。
ガイドに受け入れられて入る、
そのあとは自由な行動ができるわけではない。
何かあった時に衛星電話がいいかというと、
何かある時には衛星電話はもう使えない状況である。
よって、何か持って行けば良いというそういう簡単な話ではない。
受け入れられるという体制を作ったら後は、任せざるを得ない。
それで十分なのかどうなのかを皆さんにご批判いただきたい。
では、どういう方法なら良いのか?を含めて
もっと良い取材の仕方というのを考えることができればいいなと思う。
●イギリスBBCの中山
2012年からシリアで拘束されていると見られている
フォトジャーナリストのジョン・キャントリーさんの
消息を聞くことはあったか。
安田
そういう消息の噂などは聞かなかった。
●最後に、
日本記者クラブに記帳「諦めたら試合終了」
その意味は?
安田
諦めたら肉体的にも精神的にも弱ってしまう。
諦めずにいつかは帰れると考え続けていた。