憲法36条の「拷問及び残虐な刑の禁止」には、
「絶対に」という激しい否定の言葉が使われている。
日本国憲法 第36条
「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」
当局の政治弾圧を批判した小林多喜二を拷問死させたように、
特別高等警察、いわゆる「特高」による過酷な尋問や拷問など
非人道的な〈公務員による拷問や残虐な刑罰〉を
二度と絶対に起こさせないために、
〈絶対に〉という言葉で二重に強く禁じている。
自民党の改憲草案からは、〈絶対に〉が消えている❗️

沖縄では、
辺野古基地、高江のヘリパッド建設に反対する住民運動に対し、
政府が全国から機動隊を派遣して暴力で制圧している。
秘密保護法に反対して官邸前で行なっていた抗議活動に、
石破茂 当時 幹事長は、
「官邸前デモはテロ」と発言(2013年11月)した。
そして、日本国民は、飽くまでも、非暴力抵抗運動を貫いている。
シリアでも、アサド政権の独裁に反対して立ち上がった民主化運動は、
非暴力抵抗運動だった。
盗聴法、秘密保護法、共謀罪、ヘイト規制法、マイナンバー…
そして、解釈改憲、改憲、緊急事態条項…
世襲政治家による独裁…
いつか日本がシリアにならないと誰が言えるのか?
◇ ◇
安田さんを拘束していた組織は、
何者であるかまだ判明していないが、
拘束中に知り得た情報から安田さんが分析するところによると…
〜外国人を拉致し人質ビジネスを行なったり、
人身売買のマーケットとともつながっており、
また、イスラム法廷から受刑者を引き受けるビジネスも行い、
麻薬取り締まりなどの一般治安も行なっている組織だった。
「ヌスラである」と確定事項のように報道されていたことから、
ヌスラを偽装することにしたように見えた。〜
彼らは、安田さんに激しく直接的暴力を振るうのではなく、
一切の身動きをさせないように追い込んでいく
陰湿な調教ゲームのような拷問を行なっていた。
期間は、2017年3月半ば〜2018年3月末。約1年間である。
いよいよ限界に達した安田さんが抗議のハンストを決行し、
代表者が「帰すから食え」というまで続いたのだ。
この種の拷問は、
安田さんのように、得た情報を分析し、
それに鋭敏に反応して安全な行動を決定していく訓練を積んでいる
プロのジャーナリストには、
特に精神的に効き目のあるものとして用いていたのかもしれない。
安田さんの記者会見での説明(*時系列詳細)によると、
2015年6月22日に拘束され、
7月下旬、日本政府から身代金をとると言われ、正式に人質となった。
安田さんの身代金要求は、2016年8月上旬、
シリア国外の仲間が駐米日本領事館にメールを送るところから始まる。
日本側は「武器提供は無理だが金を払う用意はある」
などと返してきたという。
書くように言われたメッセージに身代金を払うなという暗号を入れた。
翌年2016年の1月頃から暴力が始まった。
日本からの反応がなくなったので
何かメッセージを入れたのではないかと疑われ、
頭を叩く尻を蹴るなどの暴行を加えるようになった。
2016年7月 ジャバルウィーア巨大収容所の独房に移された。
巾1m×2mの空間、ドアの向こうにトイレ、扇風機あり。
今まで情報を得ていたテレビがなくなった。
周りの囚人と話をしていたことがバレて、
彼らの事務所の隣の部屋に移され、
要求を察しなければ、見せしめの拷問を行うなどのゲームが始まった。
2017年3月半ば、イスラム教への改宗を求めるサゼスチョンを受け、
「それは強制ではないか」と反論し、この討議で雰囲気が悪くなった。
2017年8月半ば、身代金を取れないのは、
安田が何かメッセージを送ったと疑い、スパイ行為をしていると疑い、
身動きをさせないゲームのような拷問が始まった。
2017年10月11月から 水浴びも、指一本、鼻息ひとつ、
唾を飲むのも許さない、一切の身動きさせないゲームの拷問が
極限までエスカレートしていった。
2018年3月初め 安田さんは、この拷問に抗議してハンストを開始。
代表者に「もう帰すから食え」と言われる3/29まで、20日間絶食した。
環境の良い所に移して4月半ばに帰すと言われたが、
ロの字型の刑務所に移され半年が経ち、
再びジャバルウィーアの施設に戻され、同じ拷問が始まった。
いよいよ安田さんは、切れた。
イスラム教のクルアンの教えを読み上げ、「これはハラームだ!」
拘束期間 「40ヶ月を超えるなら、殺せ!」と全身全霊で抗議した。
2018年10月22日、ちょうど40ヶ月目「今から帰す」と言われ、
翌日 10月23日、トルコの情報機関によるオペレーションが成功し、
安田さんは、解放された。
◇ ◇
内戦で死者50万人を超えるというシリアでは、
安田さんを拘束したならず者集団だけではなく、
国家が、特に武装した反政府組織ではなくとも普通の市民を拉致し、
拘束し、激しい拷問を加え、夥しい数の人々を拷問死させている。
政府が国民を大量虐殺しているのだ。
"If the Dead Could Speak" reveals some of the human stories behind the more than 28,000 photos of deaths in government custody that were smuggled out of Syria and first came to public attention in January 2014.
『If the Dead Could Speak もしも死者が話せたら』は、
政府の拘留下で死亡した2万8000件以上の写真の背後にある
人間の物語の一部を明らかにする。
これは、シリアから密かに持ち出され、
2014年1月に初めて世間に注目された。
亡命カメラマン…暗号名「シーザー」
シリアの軍警察に所属していた科学捜査用の写真撮影するカメラマンが、
仲間とともに2年間「601病院」で撮り続けた
アサドに虐殺された人々の5万枚を超える遺体写真を持って
2013年に西側に亡命し、米議会に提出した。
シーザーの亡命は、
事情聴取した欧米戦争犯罪捜査員やシーザーの支援活動家によると、
反体制派の「自由シリア軍」が、シーザーを国外に脱出させる間、
政府の目をごまかすため、シーザーの死亡を偽装して協力したという。
シーザーは、2014年に米議会で証言し、
2016年7月米国の国会外交問題委員会は、
Caesar Syria Civilian Protection Act
(シーザー シリア民間人保護法)の制定に向け、超党派で動き出した。
**CAESAR SYRIA CIVILIAN PROTECTION ACT OF 2016
米議会が「2016年シーザーシリア民間人保護法」の制定の動き!!
https://foreignaffairs.house.gov/legislation/h-r-5732-caesar-syria-civilian-protection-act-2016/
July 2008. Sednaya Prison Massacre (Maher Assad taking photos)
サイドナヤ刑務所の囚人の大量虐殺。
ジャージーのポケットに手を入れ、死者のビデオを撮っているのは、
シリアの大統領、バシャール・アル・アサドの兄のマヘール・アル・アサド❗️
この虐殺は調査されていない。
国際社会は訴訟を起こしこの虐殺の加害者を裁かねばならない。
国際人権NGO アムネスティーが伝える
サイドナヤ刑務所 拷問の実態のフルレポートビデオ❗️
https://mobile.twitter.com/VeronicaGereda/status/828935359669141505/video/1
"Saydnaya is the End of Life The End of Humanity"(閲覧注意❗️)
https://twitter.com/VeronicaGereda/status/828935359669141505?s=20
【サイドナヤ刑務所】シリアのダマスカス近郊にある軍事刑務所である。
常に1,000人以上の政治犯が収容されている。
The human slaughterhouse(人間屠殺場)と呼ばれるほどの
激しい拷問、栄養失調、裁判無しで処刑が常態化している。
2008年7月に暴動が発生し多数の収容者の死者が出た。
2017年2月、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが
2011年9月から2015年12月にかけて当刑務所で
5,000人から13,000人ぐらいが違法に絞首刑を受けたと報告している。
「サイドナヤ刑務所に送られた勾留者の70%が生きて帰れておらず、
軍法会議による裁判のほとんどは秘密警察によって決められてしまう。」
—ハマーで受刑者の弁護を行うシリア人弁護士

人間屠殺場…「サイドナヤ刑務所」
シリアには、サイドナヤと同じような収容所が他にも何十とある…
https://mobile.twitter.com/SyrianDeveloper/status/829229604472815616