■京大タテカン 誇るべき文化
市と大学が撤去
2018年5月1日 京都大学吉田キャンパスの周囲に並ぶタテカンの撤去を求め、
大学側は1日朝、タテカン一つずつに通告書を貼りつけ始めた。
この日、施行されたタテカンを制限する京大の新たな規定に基づく動き。
抗議する学生らと激しいもみ合いになり、
大学側が貼りつけては学生がはがす応酬が続いた。
京大は4月、タテカンの設置団体に対し、月内に撤去するよう通告していた。
京都市は2007年から景観に関する規制を強化し、
タテカンが擁壁への設置を禁じた市の条例に違反するとして、
昨年10月に京大に文書で指導。これを受けて京大は同12月、
総長が認めた団体に限り、指定された期間と場所に
置くことを認める規定を設けた。
学生の一部は「一方的だ」と反発し、話し合いを求める要求書を出したが、
大学側は応じていない。4月30日には、学生主催の講演会が学内で開かれ、
学生や地域住民ら約60人が参加した。
「誇るべき文化」(学生)、
「京大は自由な場所であってほしい」(地域住民)との声が出た。
https://www.asahi.com/articles/ASL4Z6GRLL4ZPLZB00P.html
■1951年 京大天皇事件
明仁殿 公開質問状
「京大天皇事件」1951年11月12日 昭和天皇が京都大学来学。吉田分校(現在の総合人間学部キャンパス)の門前には
縦3m・横2mに及ぶ「天皇へのお願い」と題された看板が立てられた

「京大天皇事件」後悔なし 中岡哲郎
1951年11月12日、昭和天皇が京都大学を訪問した際、天皇・天皇制批判の看板やプラカード、公開質問状が用意され、制止を振り切った多くの学生が天皇の車を遠巻きにして反戦歌を歌う出来事があった。学生たちは一行を妨害したわけではなく、逮捕者も出なかったが、政府や新聞などから激しく批判され、大学は学生自治会の幹部8人を無期停学処分にした。技術史家で大阪市立大名誉教授の中岡哲郎さんは、この「京大天皇事件」で、天皇の退位と天皇制廃止を宣言する公開質問状を書いた。それから65年がたった今、生前退位をめぐり天皇制のあり方が論議されている。中岡さんは「書かなければならないと考えた。後悔したことはありません」と語った。〜毎日新聞2016年11月15日
公開質問状
私たちは一個の人間として貴方を見る時,同情 に耐えません。
例えば,貴方は本部の美しい廊下を歩きながら,その白い壁の裏側は,
法経教室のひびわれた壁であることを知ろうとはされない。
貴方の行路は数週間も前から何時何分にどこ,
それから何分後にはどこときっちりと定められていて,
貴方は何等の自主性もなく,定まった時間に定まった場所を
通らねばなりません。
貴方は一種の機械的人間であり,
民衆支配のた めに自己の人間性を犠牲にした犠牲者であります。
私たちはそのことを人間としての貴方のために気の毒に思います。
しかし貴方がかつて平和な宮殿の中にいて,
その宮殿の外で多くの若者達がわだつみの叫びをあげ,
うらみをのんで死んでいる事を知ろうともされなかったこと,
又今と同じようにすぢがきに従って歩きながら太平洋戦争のために,
軍国主義の 支柱となられたことを考える時,
私たちはもはや 貴方に同情していることはできないのです。
しかし貴方は今も変わってはいません。
名前だけは人間天皇であるけれどそれはかつての神様天皇の
デ モクラシー版にすぎないことを私たちは考えざるを得ず,
貴方が今又,単独講和と再軍備の日本で かつてと同じやうな
戦争イデオロギーの一つの支柱として役割を果たそうとしていることを
認めざ るを得ないのです。
我々は勿論かつての貴方の責任を許しはしないけれど,
それよりもなお一層貴方が同じあやまりをくり返さないことを望みます。
その為に私たちは貴方が退位され天皇制が廃止されることを望むのですが,
貴方自身それを望まれぬとしても,少なくとも一人の人間として
憲法 によって貴方に象徴されている人間達の叫びに耳 をかたむけ,
私達の質問に人間として答えていただくことを希望するのです。
質問
一 もし,日本が戦争に巻き込まれそうな事態が起るならば,
かつて終戦の証書において万世に平和の道を開くことを宣言された貴方は
個人としてでもそれを拒否されるように,
世界に訴えられ る用意があるでしょうか。
二 貴方は日本に再軍備が強要される様な事態が起った時,
憲法に於て武装放棄を宣言した日本国の天皇として
これを拒否する様呼びかけられる 用意があるでしょうか。
三 貴方の行幸を理由として京都では多くの自由の制限が行われ,
又準備のために貧しい市民に廻るべき数百万円が空費されています。
貴方は民衆のためにこれらの不自由と,空費を希望される のでしょうか。
四 貴方が京大に来られて最も必要なことは, 教授の進講ではなくて,
大学の研究の現状を知り,学生の勉学,生活の実態を
知られることであると思いますが,
その点について学生に会って話し合っていただきたいと思うのですが
不可能でし ょうか。
五 広島,長崎の原爆の悲惨は貴方も終戦の詔書で強調されていました。
その事は,私たちはまったく同意見で,それを世界に徹底させるために
原爆展を製作しましたが,
その開催が貴方の来学を理由として妨害されています。
貴方はそれを希望されるでしょうか。
又,私たちはとくに貴方に それを見ていただきたいと思いますが,
見ていた だけるでしょうか。
私たちはいまだ日本において貴方のもっている影響力が
大であることを認めます。
それ故にこそ,貴方が民衆支配の道具として使われないで,
平和な世界のために,意見をもった個人として,
努力されることに希望をつなぐものです。
一国の 象徴が民衆の幸福について,世界の平和について
何らの意見ももたない方であるとすれば,
それは 日本の悲劇とあるといわねばなりません。
私たちは貴方がこれらの質問に寄せられる回答を心から期待します。
昭和二十六年十一月十二日
京都大学同学会
天皇裕仁殿