日本の権力の傲慢、腐敗、
その罪は、救い難く深い。
法の番人である彼らの犯罪は、
裁かれることなく、どれほどの人々が「冤罪」に貶められ、
絶望の淵に葬り去られただろう。
国家に不都合な者は、
ウソをでっち上げられ、
それに加担するマスコミに喧伝され、
犯罪者に仕立て上げられ、
社会的な抹殺されてしまう危険が付き纏う。
日本は、このような野蛮な
暴力国家なのだろうか?
暴力は、弱き心の隠れ蓑・・
その蓑を自らの手で脱ぎ捨てた数少ない元裁判官たちの嗚咽と、
冤罪被害者らの叫びが、
惨たらしく共鳴して、
この国の空洞に響いているのが聞こえる。
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袴田事件の即時抗告審も重要な局面を迎えています。
1966年に静岡県清水市で発生した味噌会社の経営者一家4人
強盗殺人放火事件。
従業員で元プロボクサーの袴田巖(1936年 - )が犯人として、
死刑が確定していた。
袴田巖-元被告は、これに対し冤罪を訴え、
2014年3月27日に、
静岡地裁が再審開始と、死刑及び拘置の執行停止を決定した。
袴田は同日午後に東京拘置所から釈放された。
この翌日28日、被害者一家の、唯一生き残っていた長女が、
自宅で死亡しているのが発見された。
(当時19歳の長女は、元従業員のヤクザと駆け落ちし一家から勘当され
家を出ていたが、事件当時は、久しぶりに家に帰っていた。)
決定的な再審の決め手となったのは、
被害者が当時着用していた5点の衣類に付着している血液が
袴田のものではないことが、
最新技術を使った弁護団のDNA鑑定によって明らかとなったことである。
袴田は30歳で逮捕されて以来、約48年にわたり拘束され(ギネス最長収監)
袴田への取調べは過酷をきわめ、数々の拷問が繰り返し、
増やされた取り調べ刑事10人は、拘留期限の3日前、
袴田を自供に追い込んだのである。
死刑確定後は、拘禁反応など、精神に異常を来しはじめたと言う。
現在、79歳。
2014年8月5日 - 抗告審理で、
検察側が一審当時から「存在しない」と主張し続けて来た
袴田有罪の証拠“5点の衣類の写真”のネガフィルムが、
実際には警察で保管されていた事が判明し、
捜査機関の違法捜査がいっそう明らかになった。
*抗告・・下級裁判所の決定または命令に対して、上級裁判所に不服を申し立てること。

9月3日、本日、即時抗告審の進行について
三者協議が行われます。
検察の違法不当な即時抗告を棄却させ、
袴田巖さんの再審無罪を一日も早く勝ち取るために、
本日、2015年9月3日(木)東京高裁前
要請行動が行われました。
袴田事件の再審請求抗告審を担当するのは、
東京高裁第8刑事部の大島隆明裁判長です。
元・裁判官 熊本典道
「私は、いってみれば殺人未遂犯ですよ」
熊本典道
袴田事件1審で3人の裁判官のうち、
唯一、無罪を主張していたが、
裁判長を含む他の2人の裁判官の反対で覆され、
自ら死刑判決を言い渡した。
この誤った判決への悔恨の念をもち続け、
半年後に最難関を辞め、弁護士へ転身した。
しかし、袴田を無実の罪で裁いたことへの強い慙愧の念は、
その後の彼の人生を覆い、酒に溺れさせ、家庭崩壊に至らしめた。
袴田裁判から、40年以上が過ぎた2007年、
袴田の支援者に宛てて
「事件は無罪であるとの確証を得ていたが
裁判長の反対で死刑判決を書かざるを得なかった」という
内容の手紙を書き、
裁判官に課されている "合議の秘密" を破り、
袴田の釈放、再審無罪を求める人生最後の仕事に動き出した。
*合議の秘密・・3名以上の裁判官らが合議によって裁判を行うことを「合議審」といい、
たとえ裁判官の意見が分かれて「合議割れ」になったとしても、
評議の内容や心証、意見は秘密にしなければならない(裁判所法75条2項)
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①
②
元裁判長 瀬木比呂志
1954(昭和29)年生まれ 1979(昭和54)年に裁判官になり、
最高裁調査官の経験もあり、東京地裁の総括判事もなったエリート裁判官。
自由主義者で個人主義者であり、
いかなる政治的立場にくみしないとの思想の持ち主であり、
裁判所内部の(ブルーパージ)、つまり、
冷遇されてきた青法協や懇話会系の
いわゆる「左派系」の裁判官ではない点が異色である。
『絶望の裁判所』 瀬木比呂志・著
本書は、一人の学者裁判官が目撃した司法荒廃、崩壊の黙示録であり、
心ある国民、市民への警告のメッセージである。
(内容紹介)
裁判所、裁判官という言葉から、あなたは、どんなイメージを思い浮かべられるのだろうか? ごく普通の一般市民であれば、おそらく、少し冷たいけれども公正、中立、廉直、優秀な裁判官、杓子定規で融通はきかないとしても、誠実で、筋は通すし、出世などにはこだわらない人々を考え、また、そのような裁判官によって行われる裁判についても、同様に、やや市民感覚とずれるところはあるにしても、おおむね正しく、信頼できるものであると考えているのではないだろうか?
しかし、残念ながら、おそらく、日本の裁判所と裁判官の実態は、そのようなものではない。前記のような国民、市民の期待に大筋応えられる裁判官は、今日ではむしろ少数派、マイノリティーとなっており、また、その割合も、少しずつ減少しつつあるからだ。そして、そのような少数派、良識派の裁判官が裁判所組織の上層部に昇ってイニシアティヴを発揮する可能性も、ほとんど全くない。近年、最高裁幹部による、裁判官の思想統制「支配、統制」が徹底し、リベラルな良識派まで排除されつつある。
33年間裁判官を務め、学者としても著名な著者が、知られざる裁判所腐敗の実態を告発する。情実人事に権力闘争、思想統制、セクハラ……、もはや裁判所に正義を求めても、得られるものは「絶望」だけだ。
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日本の裁判所を内部告発した
瀬木氏のこの著書に、ある弁護士さんが、読後の感想を
次のように述べているのを興味深く思いました。
「司法修習生のときから青年法律家協会に入っているし、
自由法曹団にも加入している。
瀬木氏の司法官僚制度に対する批判は、そのとおりだと思います。」
「しかし、この著書は、何か、違和感が残ります。何か気持ち悪い。
~~瀬木氏は、その中でどのような立場にたち、
裁判所内部でどのような努力をされてきたのでしょうか。
言っていることは正しいかもしれませんが、
その自身の立場を謙虚に語ることなく、
裁判官及び裁判所が絶望的だと決めつけるこの本は、
私にとってさえ共感するのが困難です。」
「(瀬木氏は)東京地裁時代に反動裁判官として
批判されたこともあったはずです
(31期の同期の弁護士がそのことを指摘しています)。
そのことへの謙虚な反省もなく、
また裁判所内で地道な努力をしたわけでもないにもかかわらず、
退職してから古巣を「絶望の裁判所」と罵倒する人物がよく分かりません。」
「じゃあどうすれば裁判所は良くなるのか~~
著書は法曹一元制度を定言します。
~~裁判所は所詮、日本の社会と政治、
そして日本人の法意識の反映でしかありません。
非効率で保守的な裁判制度は、
結局、日本国民が容認していることなのです。
戦後70年たっても、その改良は見通しがありません。
今のような状態が続くだけです。」