①片隅の君子 ~清掃人画家・ガタロさんの眼差し | ☆Dancing the Dream ☆

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そこに実際はあるが、
人々の視線の外にあるもの。

見るに足らないもの、
目を逸らしたいもの。

誰もがそう思い込み、
見損なったものを
ガタロさんの眼差しは、
見つめ抜く。

そのおそろしくも
素朴な直視によって
片隅に追いやられ
言葉を奪われ、
暗く饐えた ヌルリとした膜に隠された
この世界の真実の姿を暴き出す。

そして、
私たちの虚栄の身包みが剥がされ、
ありのままの愚かしい姿が
炙り出される。


この真っ当な
路傍の君子が、
節くれた指で握るちびたクレヨンで
描き出す絵画に
胸をえぐられ、
心が震え、涙が溢れる。




ETV特集
ガタロさんが描く町
~清掃員画家のヒロシマ~


広島市の中心部、基町に建つ最高層20階、戸数3600の市営基町アパート。その1階にある商店街に、モップや雑巾など掃除道具と、ちびたクレヨンや絵筆などの画材がびっしり並ぶ一室がある。そこは商店街を30年間一人で掃除してきた清掃員の作業場、そして彼のアトリエだ。画家・ガタロさん(63歳)。毎朝、午前4時からゴミを集め、トイレを磨き、アーケードを掃く。一段落すると、拾ってきた画材で絵を描き始める。描くのはモップや雑巾などの掃除道具。それも人が一度捨てたものたちだ。どんなに汚れても文句一つ言わず周囲を磨く道具の姿に、ガタロさんは美しさを感じ、自分もそんなふうに生きたいと考えている。ガタロさんは被爆2世。生前、被爆体験を語らなかった父の跡をたどるように、若い頃は原爆ドームに毎日通ってスケッチを続けていた。その絵がやがて、清掃道具の絵につながっていった。2年前、ガタロさんは描きためた絵をまとめ、生涯初の画集「清掃の具」を自費出版した。収めたのは掃除道具や商店街で友となったホームレスなど、もの言わぬものたちの絵。清掃業の傍ら、人々の顧みないものたちを見つめ、ひたすら描いてきた清掃員、そして画家、ガタロさんの人生と絵の世界を描く。



1985年に描かれた油彩「豚児の村」。べニア3枚の大作。
中央のオブジェは広島の平和大橋のらんかん、右隣に原爆ドーム、豚の上部に原発建屋が描かれている。原発は傾いて汚染水が漏れている。
平和大橋のらんかんは、イサムノグチの作品で、
半球状の先端は、生命の力強さを表す「太陽」をイメージし、
「いきる」あるいは「つくる」と名付けられた。
これに対し、西平和大橋の欄干について、
イサム・ノグチは、「出離の理念、すなわち「人生よさらば」
広島がその記念となった悲劇の経験よさらばということを
伝えるべきものと考えます。」と述べており、
離別の理念をもって「しぬ」「ゆく」と命名。


「豚児の村」の右下部分の拡大。
これを描いた翌年、1986年4月26日1時23分に
チェルノブイリ原発事故が起き、
さらに、この26年後、2011年3月11日14時46分18.1秒、
東日本大震災が発生。
福島第1原発の炉心溶融など一連の放射性物質の放出をともなった
原子力事故によって、
2015年4月現在、炉内燃料のほぼ全量が溶解している。
この絵には、事故を予見したかのように、
福島第1原発の建屋から、汚染水が流れ出すさまが描かれている。