③トルコはジャーナリストの巨大な墓場だ ~高谷一美さんもトルコ諜報機関に暗殺された疑いがある | ☆Dancing the Dream ☆

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ISによる日本人人質事件の影で、
短いニュースで閉じられる命があった。

人質交換が行われると目されたトルコ国境の地アクチャカレで、
フジテレビ取材班に通訳として加わった高谷一美さん47歳。
トルコ在住歴20年。二人の子供を持つ母でもあったという。

高谷一美さんは、フジテレビ取材班と合流するために、
タクシーでアクチャカレへ向かう途中、
同じくトラックと衝突して死亡した。

彼女の死のちょうど3ヶ月前に、
一人の女性ジャーナリストが、同じく交通事故死していた。

イランの国営放送テレビのトルコ特派員、セレナ・シム氏。
セレナ・シム氏は、高谷一美さんが死亡したアクチャカレにほど近い、
同じく国境の街コバニ近郊で、トラックと衝突して死亡した。
後藤健二がコバニ入りする3日前のことだった。

彼女は「ISとトルコの癒着」を示すレポートを行い、
トルコ諜報機関にスパイ容疑をかけられた恐怖をTVで訴え、
その2日後に事故に遭い死亡したのだ。

例えば、イラクを走るアンマン-バグダッドのハイウェイなどは、
アリババ(強盗)が出没する危険な道だと認識され、
証拠隠滅のため焼き討ちにされた車が転がっているのだとか。
しかし、彼女らが車を走らせた道は、
治安が維持されているトルコ側の道路なのだ。
よって、そのような類の犯罪ではない。

従って多くの目がトルコ政府に疑いの眼差しを向け、
セレナ・シムの死に疑問を抱き、
彼女の報道が政府にとって不都合であったために、
トルコ諜報機関によって暗殺されたのではと疑念をもっている。

そして、同じコバニで同時期に
同じ内容の取材をしていた後藤氏も
トルコ政府にとっては、不都合な存在であったと言わざるを得ない。

では高谷一美さんはどうなのか?
セレナ・シム氏の死と高谷一美さん死は、
あまりにも状況が似ている。

状況は似ているが、しかし、
高谷一美さんは、セレナ・シムのようなジャーナリストではない。
彼女は、あくまでもトルコ事情に精通したガイド、主に通訳として
フジテレビの取材班をサポートしていただけなのだ。

やはり、彼女は単なる事故死なのか?
それとも、高谷一美さんも、
トルコ政府にマークされるようなことをしていたのか?
もし、そうだとしたら、それはどのようなことなのか?


トルコの英語放送局、BGN newsの
高谷さんの事故死を知らせる記事の中に、こんな一文があった。

The Fuji TV journalist was noted to have served as a translator for the high number of Japanese journalists who have flocked to the region,

このフジテレビのジャーナリストは、この地域に群がってきた
数多くのジャーナリストのための通訳を勤めていたことが注目された。


普通に読むと、これは、単に、一美さんがトルコ語通訳として、
大変役に立つ存在だった。ということを知らせる一文に過ぎない。

しかし、この一文で、閃いた。

彼女は、日本人を含む多くの報道陣が群がる
この時の国境の地アクチャカレでは、
珍しい存在で、「was noted 目立っていた」のだ。

何故なら、通訳を介さず、
直接トルコ人とコミュニケーションする日本人だったからだ。

彼女は、映像にもあるように、
皆と同じように、人質救出の進展を
只々待たなければならなかった。
彼女は、待機時間に暇を持て余して
そこらの人々とお喋りをしたはずだ。
なにしろ、
彼女は、トルコ語で、
トルコ国境の地元の人々と
自由に話をすることができる!


彼女が、地元の人々と、
話し込んでいる姿が映像にも残っている。

当然、配備されていたであろうトルコ諜報機関の目にも
彼女は、地元民とコミットする日本人として、
特別に異質な存在と映ったに違いない。

トルコでは、2013年に大規模な反政府デモが起こり、
エルドアン政権は、これを放水や催涙ガスで制するという暴挙に出た。

殊に、アサド政権に弾圧されてきたクルド人の事実上の自治区、
アイン・アル・アラブ(コバニ)では、
次々に村がイスラム国によって制圧され、
多くの人々が難民となってトルコに向けて流れ込んだ。
しかし、トルコがISに爆弾を与え、戦車を与え、
ISにトルコ側から攻めることを許し、挟み討ちにするのを
クルドの人々や国境周辺の住民は目撃した。

彼ら紛争地帯から逃れててきた移民を含めた一般市民からは、
抵抗運動のひとつとして、独自の報道を行う者が現れ始めた。
市民ジャーナリストと呼ばれる人々である。
トルコ政府は、プロのジャーナリストはかりでなく、
これらの市民ジャーナリストをも弾圧してきた。
このような状況から、
国境なき記者団は、トルコを「ジャーナリストの巨大な監獄」と呼んだ。
しかし、監獄どころか、
これでは、「ジャーナリストの巨大な墓場」ではないか!

そうなのだ!
後藤さんの最後のレポートの「NHK映像」も「You tube映像」の
ISはトルコから軍事支援を受けている という
後藤さんのスクープは、
地元住民による重大証言によってもたらされた

ものなのだ。

トルコ政府は、明らかに、
諜報機関を使って女性記者を脅し、
あるいは、暗殺するほどに、
「ISとトルコの癒着」を広布されることを恐れていたのである。

地元の人々の口から、
たとえば、高谷一美さんのような
海外報道関係者に伝わり、
それが広く伝えられることは、
彼らにとって禁忌だと考えたとしても何の不思議もない。


アルチャカレの検問所 日没=日本時間およそ11:30が期限とされた。


0:37~ 高谷一美さんが、地元民とみられる人々と話をしている。


一美さんのご遺体が運ばれる。日本大使館だろうか。