一緒に暮らしていた恋人マリアンヌ・フェイスフルに捧げた
名曲「As Tears Go By」。。
マリアンヌ・フェイスフルって、
ルパ~ン♡の峰不二子のモデルとなった人ですね~♪
三宅純さんは、
この曲が、大・大・大好き!
もちろんマリアンヌ・フェイスフルもメチャメチャ好き!・・なのだそうだ。
純さんは、
娘さんが8歳の時、とつぜんシングルファーザーになっちゃった。
バークリーを出た後、帰国してジャスミュージシャンとして活動していた純さん。
1stアルバムの一曲が、あの衝撃的なTDKのアンディ・ウォーホルの
「アカ、ミドリ、アオ、グンジョイロ~」のCMに使われたことに端を発し、
80年代初頭から90年代初頭の10年以上、
曰はく「ジャズよりジャズな」
エキサイティングな当時のCM界ラボラトリーの中で練られ、
一人の腕利きのジャズメンから、ジャズの魂を抱えたまま
盲点を突くような気鋭の作曲家、プロデゥーサーとして変身を遂げた。
文字どうり時代を駆け抜け、
やがてCM音楽の王様になっていた。
しかし、コラボしたいと思うアーティストと
日本という国との物理的な距離感が遠すぎる。
危機感を覚えて、脱出しようと決意したのが'95年。
そんな矢先の離婚だったのね。
小さな娘さんと暮らすことになったのはパパの純さん。
8歳の娘さんと二人で、いきなり海外というのは、無理がある。。
そして、娘さんが高校を出るまで待って、
2005年秋より、世界中のミュージシャンが行き来し交差するパリへ。
純さんのボッサ版の金魚鉢のお水のレンズで歪んだ風景を覗くような
ゆる~い「As Tears Go By」・・泣けるね。。
マリアンヌ・フェイスフルは、修道院で育ち、
流産、薬物、ミックとの別れ、いろいろありましたが、
純さんも、もしかして、小さな娘さんを公園で遊ばせて
As Tears Go Byな時もあったのかな・・
「As Tears Go By」を原詞以外の言語で歌うのには、
出版権を持っている会社の許諾がいるわけで。。
この会社は、お堅くておまけに裁判も得意なのだそうで、
ストーンズの曲を英語以外でカバーしても良いという許可が出た例は、
ほぼ無い。。
(その会社とはデッカ・レコード?でもストーンズの楽曲の多くは、
版権闘争の後、アトランティック・レコード傘下の自らのレーベル
「ローリングストーンズ」で管理されるようになりました。
ミックは、経済を学んだビジネスマンだそうです。
多くの場合、やっぱりレコード会社とマネージャーが
アーティストの利益を奪う危険因子なんですね。)
※ストーンズの版権問題について↓こちらが詳しいです!
http://realestatejapan.web.fc2.com/slg_20140323.html
でも純さんは、あきらめない。
マリアンヌ・フェイスフルのアルバムを何枚もプロデュースし
彼女の友人でもあるハル・ウィルナーに口利きしてもらうことに。
ハルさんは、純さんの音楽にノックアウトされ、
「三宅の作曲は洗練されて複雑であるが、決してお高くとまることなく、
美しさに溢れていながらユーモアのセンスを忘れていない」と
評したお人ですからね。
でもって、OKになったという次第

ポルトガル語は、当然、無理ですが~
原詞のほう、和訳してみます♪
As Tears Go By (1965)
written by The Rolling Stones singer Mick Jagger,
guitarist Keith Richards, and their manager Andrew Loog Oldham,
for Marianne Faithfull
It is the evening of the day,
I sit and watch the children play.
Smiling faces I can see
But not for me,
I sit and watch as tears go by.
一日のたそがれ時
私は子どもたちが遊ぶのを座って見ている
笑う顔が見えるけれど
私には目に入らない
私は涙が溢れるまま座って見ている
*not for me・・私には不要です、遠慮しときます、私は結構です。
It's not for me.で、それは好きじゃない。 それは(私の)趣味じゃない。
My riches can’t buy everything,
I want to hear the children sing.
All I hear is the sound
Of rain falling on the ground,
I sit and watch as tears go by.
私の富では全ては買えない
子どもたちの歌声が聞きたいのに
私に聞こえる音は
地面に雨が降る音だけ
私は涙が溢れるまま座って見ている
It is the evening of the day,
I sit and watch the children play.
Doing things I used to do
They think are new,
I sit and watch as tears go by.
Hmm, hmm, hmm, hmm, hmm....
一日のたそがれ時
私は子どもたちが遊ぶのを座って見ている
私がかつてしていたことをしながら
子供たちは新しいことだと思っている
私は涙が溢れるまま座って見ている