「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文を読んで | ☆Dancing the Dream ☆

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つい先日、
「黒子のバスケ」脅迫事件の初公判で
渡辺博史被告が読み上げた
冒頭意見陳述の全文が公開されました。

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20140315-00033576/

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20140315-00033579/


この驚くべき意見陳述を読みながら、
私は、ある人物を、思い出さずにいられませんでした。

といっても、それは、実在の人物ではなく、
チャップリンの映画『殺人狂時代(原題:Monsieur Verdoux)』の主人公、
チャップリン演じる、連続殺人犯ムッシュ・ヴェルドゥです。

原題タイトルともなった「Verdoux」という名前は、
「Ver 幼虫・蛆虫」+「doux 温和な・おとなしい」というように
フランス語の二つの言葉を合成して作られており、
チャップリンは、作品の肝をこの名前に巧みに仕込んだのではないかと、
私は、個人的にそう思っていますが・・
この名の意味においても、渡辺博史被告の姿が二重映しに見えてくるのです。

というのも、チャップリンがこの名に込めて、示唆している意味は、
おそらく――
「おとなしい幼虫」も、何らかの強い外圧によって、
似ても似つかない姿、例えば凶悪な犯罪者に変身してしまう可能性があるのだ――
ということではないかと考えるからです。

そして、
映画のクライマックスで語られる「ヴェルドゥ氏の最終陳述」(下記に全文ピックアップ)は、
まさに、「渡辺博史被告の冒頭陳述」と見事にリンクします。
    
    和訳全文は、過去記事↓で訳したものです。
    2013年02月16日(土) 今じゃ笑えない「殺人狂時代」~チャップリンの痛烈な皮肉
    2013年02月17日(日) 「殺人狂時代」~石井紘基さん暗殺・10年3か月後なう


殊に、その最後の言葉は、渡辺博史の出現とともに、
恐ろしい響きをもって迫って来ます。

"I shall see you all... very soon... very soon."
"またお目にかかりましょう、みなさん・・ まもなく・・ すぐに。"
(下記・全文)

この言葉は、
「真の殺人のプロ達(戦争に駆りたてる支配層)が牛耳る 殺人狂時代にあっては、
 [第二のムッシュ・ヴェルドゥ]のような犯罪者は、後を絶たないであろう。」
・・という チャップリンの予言とも言える言葉です。

そして、渡辺博史被告こそが、
チャップリンの予言した、
「おとなしい幼虫」が、外圧によって犯罪者に変身した
まさに[第二のムッシュ・ヴェルドゥ]なのではないのか?と。

ヴェルドゥ氏は、世界を戦争に駆りたてる戦争屋に比べれば
自らを「殺人のアマチュア」でしかないと述べましたが、
渡辺博史被告は、自らの犯罪を「人生格差犯罪」と呼びました。
これは、犯罪者の視点から放った、
彼らを犯罪に押しやった憎むべき社会への痛烈な批判に他なりません。

まず、今のところ、幸いにも、私は未だ犯罪を犯したことはありませんが、
私個人も、彼らと同じように、
この社会のハンドルを握っている者らに憤りを覚えています。

1%の富裕層の既得権益を維持するために、
せっせと税金を貢ぐことに疑問とフラストレーションを感じ、
彼らのペテンには、つくづくうんざりしているのです。

巡り巡って、どこかの国の子供たちが血を流す戦争の為に、
私たちのお金を使われるとしたなら、私たち自身も殺人の共犯者になってしまう。
このジレンマには、耐えがたいものがあります。

それどころか、現政府は、
私たちの愛する子供、男たちを戦争に駆り出そうと画策しているのです。
ところが、私たちは、この勢力の暴走を止められないでいる。

彼らは、マスコミや詭弁を弄する扇動者を巧みに用い、苦悩する庶民を惑わしている。
ネットで、国民放送で、あるいは、なんと、お昼の人気番組に、ファッション雑誌にまで、
安倍総理大臣以下一味が、庶民が好む餌をまき、人気取りに奔走する。
そして、その戦法は、人々の鬱屈する感情に見事に働きかけ、
パタパタと白から黒へ裏返されるオセロゲームのように、
右傾化に煽り立てていくのです。
そしてウヨ化した人々は、知らぬ間に、彼らの嘘を守る鎧になって行くのです。
しかし、気付いたときには、彼らのゲーム盤の上の歩兵となることでしょう。

問題なのは、その裏では、
恐ろしいスピードで、彼らの都合のいい制度が作られようとしていることです。
うかうかしていられない。なんというキナ臭い世の中でしょう。
渡辺被告でなくとも、そう感じずにはいられない昨今なのです。
それでも、10度 20度 30度!私たちは笑顔でいたい。

・・・しかし、このような世相にあって、
渡辺博史被告が生きていた人生は、とことん笑顔とは縁遠いものでした。
彼が育ってきた家庭環境、学校、
支配層が作りだしたシステムは、彼にとって巨大な「暴力」だったのです。
その暴力に耐えかね、自殺覚悟で最後の「一太刀」・・
つまり、非力な彼も全力で「暴力」をもって歯節を剥いてしまったのです。

これは、渡辺博史という、「おとなしい幼虫」が、怪物に変身し、
「格差」を恨んで挑んだ、
たった一人で始めた戦争だったのではなかったでしょうか?

世界の冨を独占したい拝金主義の大金持ちも、
このような逆暴走が増えれば、
枕を高くして眠れる世の中にはならないでしょう?

どうなんだ?
それとも、あなた方には、屈強なSP、はたまた公安でも付いていると?
それで安心かというと、そうではないはず。
あなた方は、怯えている。いつもいつも不安でたまらないはず。
“Threatened”なのでござんしょう? 

「暴力」を振るうことを屁とも思っていない奴らは、
暴力を振いたがるのは、人間の本性だと信じて疑わないから、
さぞや膨大な「防衛」「抑止」が、必要だとお考えでしょうね。

けれども、「暴力」は、"Human Nature"ではないでしょ!?
マイケルの歌を聴いてみてよ!
「人恋しい・・♡」それが、"Human Nature"だよ。
私は、そう信じます。

今は亡き、ハワード・ジンもこんなことを言ってます。
いいこと言うなぁ~



決して、本来、生命は、暴力を好まない。
だから、日本版NSC、秘密保全法、そして、憲法改正が束になって襲ってこようとも、
暴力ではなく、言論で闘うのでなければなりません。

これは、彼らに自分自身の本性と向き合っていただく為の闘いですね。
言論で、彼らの嘘を暴き“Threatened”の奈落に。
奴ら自身が最も恐れるのは、「傷ついた自分の魂を直視する」ことなのですから。

これこそが、人間の「盲点」であり、「痛点」であり、
病気を治す「経穴(ツボ)」なのではないでしょうか?



マイケルジャクソンが、『Is it scary?』『Threatened』などという楽曲で、
畳み掛けるように、刺しまくっているのは、
私たちの「病気を治すためのツボ」なのです。
チャップリンの『殺人狂時代』しかり。
彼らの鍼治療はなんと効くことか!! 

しかし、渡辺博史被告の陳述書に、ある種の感動を覚えるのは、なぜか?
それとて、同じなのでは?
この陳述書の中に、彼の潔いまでの「傷ついた自分の魂を直視する」姿を
見せつけられるからなのでは?

そういう意味で、彼は、
私などより、ずっとずっと、苦悩の果てを見てきた、大愚の自覚者であり、
自分のペルソナを引き剥がし、真の自分自身の姿を暴き出した
勇気ある人間です。
自分の固いペルソナの痘痕の浅瀬で水遊びをするような小人が、
「大日本帝国軍は悪いことはしていない」などと、屁の突っ張りを弄じるよりも、
知的であるし、
いわんや、奴ら『真の犯罪者』よりも、ずっと真実であるのだと思う。

60年代後半に連続ピストル射殺事件を起した死刑囚、
獄中の作家『永山則夫』を思い出します。

極貧、家庭崩壊、絶望、犯罪・・極限の孤独が永山則夫の人生を覆い尽くしたとき、
生きる希望を与えたのが、一人の女性の愛でした。

渡辺被告は、刑期を終えたあとは
必ず自殺する決意なので「社会復帰はしません」と言っているようですが、
これほど長文の心打つ陳述書を書く彼には、
裁判長に時間切れを通達されても尚、
まだ溢れてくる言葉があったのです。

人が発するすべての言葉は、正味、「愛してほしい」かと。
彼は、「オワタ」わけではないと信じます。


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1:51:58~

Judge:
Monsieur Verdoux, you have been found guilty.
Have you anything to say before sentence is passed upon you?
 
判事:
ヴェルドゥさん、あなたは有罪になりました。
判決文を言い渡される前に何か言うことはありますか?


Henri Verdoux:
Oui, monsieur, I have.
However remiss the prosecutor has been in complimenting me,
he at least admits that I have brains. Thank you, Monsieur,
I have. And for thirty-five years I used them honestly.
After that, nobody wanted them.

アンリ・ヴェルドゥ:
ええ、判事さん、私にも言うことがございます。
不注意とはいえ、検察が私に敬意を表していただき、少なくとも私に頭脳があるとお認め下さいまして、ありがとうございます。検察官殿。
もちろん、私は頭脳を持っています。35年間、私は真っ当に頭脳を働かせてきました。
ところが、それ以降、誰一人として、真っ当な頭脳を求めなくなったのです。

So I was forced to go into business for myself.
As for being a mass killer, does not the world encourage it?
Is it not building weapons of destruction for the sole purpose of mass killing?
Has it not blown unsuspecting women and little children to pieces?
And done it very scientifically?

だから、私は、私自身のビジネスに専念することを余儀なくされたのです。
大量殺戮者であることについてですが、この世界はそれを奨励していないのでしょうか?
大量殺戮を唯一の目的とする破壊兵器は作られていないでしょうか?
大量破壊兵器は、疑うことを知らない女性たちや小さな子供を、
粉々に吹き飛ばして来なかったでしょうか?
そして、それは非常に、科学に即して行われたのではないでしょうか?

As a mass killer, I am an amateur by comparison.
However, I do not wish to lose my temper,
because very shortly, I shall lose my head.
Nevertheless, upon leaving this spark of earthly existence,
I have this to say:
I shall see you all... very soon... very soon.

殺人者として、それに比較すると、私などは、一人のアマチュアなのです。
けれども、私は自分の平常心を失いたくないのです。
なぜなら、まもなく私は自分の頭を失うでしょうから。
にもかかわらず、地上の存在のこの煌めきを去ると同時に、
私は言うべきことがあるのです。
またお目にかかりましょう、みなさん・・ まもなく・・ すぐに。