ナショナリズムと若者 ~窪塚洋介・高岡蒼甫 | ☆Dancing the Dream ☆

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そもそも・・

歴史的に自国が、アジア諸国に行ってきたことを認めず、
特に中国、韓国に対し差別的な発言を繰り返し、
現在の日中韓の対立に火をつけたのは、
石原慎太郎のヘリテージ財団での尖閣諸島東京都買取の発言ですよね。



以来、抑圧された若者を作為的に煽る
病的なナショナリズムのムーブメントが、戦略的に強化されてきたように思います。


昨年、もと那覇市長、翁長雄志さんや、
現在、名護市長選に立候補する稲嶺進さんらが、
オスプレイの配備即時撤回と普天間基地の閉鎖・撤去を求める「建白書」を
安倍首相らに手渡したとき、

日章旗を掲げ、差別的なむちゃくちゃなヘイトスピーチをしていた
在特会の集団を率いていたのが、
この度、東京都知事選に、石原慎太郎が推す
田母神俊雄氏です。

彼らが、このヘイトスピーチのムーブメントを煽ってきたのです。


注意![在特会による偏向放送です] マイクを持ってヘイトスピーチをする田母神氏。

若者の右翼傾向、と言えば、
雨宮かりんさんよりも、ずっと前に、
窪塚洋介くん・・気になっていたんですよね。。
30半ばにもなる、子供もいる人を若者と呼べるかどうかは、別として。。

窪塚くんは、石原慎太郎の書物を読んで感銘を受け、彼に傾倒し、
石原が制作総指揮・脚本を手がけ、彼が弟子と呼ぶ新城卓が監督した映画
2007年『俺は、君のためにこそ死ににいく』に抜擢され、
特攻兵のひとりとして出演しました。

個人的に、池袋ウエストゲートパークのキングの鮮烈な演技以来、
役者としても非常に気になる存在であり、
一昨年、彼が主演する蜷川の『血の婚礼』の舞台を見るにあたって、
過去に↓こんな記事を書いたことを思い出しました。
やはり、彼の純粋さと危うさ、その精神性の在り方はどういうものなのかが、
気になってしょうがなかったのですね。

 ※窪塚洋介と平成ネオ・ナショナリズムはどこへ行くのか2012年07月20日(金)
    http://ameblo.jp/et-eo/entry-11307243238.html

各賞を総舐めにした在日韓国人青年を演じた映画『GO』出演した時期、
彼の中で「自分とは誰か?日本人とは何か?」という
根源的な問いが生れたと言います。

この映画の中で、私にとって最も印象的だったのは、
電車よりも速く走り、今もどこかで走り続けているだろう"タワケ先輩"を演じた太郎くん。
311以来、原発問題に立ち上がり、あの『GO』から10年後、
多くの人々の支持を得て、現在、参議院議員になった俳優、山本太郎くんです。

そして、彼を応援し立ち上がったのが、三宅洋平くんですが、
洋平くんは、窪塚くんとは、70年代末生れ、ほぼ同年代なんですね。

60年代のカウンターカルチャーを起源とするニューエイジ思想。
エコロジー、反戦平和、メディテーション、有機農業、麻、
アセンション、陰謀史観、グランジ、オルタナティブ。

彼らは、このようなムーブメントの中にあり、
ヒップホップ&レゲエフレーバーの575+三連譜の和製リズム、
和製ラップ的な言葉回しで思考し主張する。
ベースに似たものを持っていますが、

しかし、窪塚くんは、「自分とは誰か?」という問いを
ナショナリズムの方向に求めたのです。

窪塚くんは、『地球維新』という集まりで、
大麻所持で逮捕された"縄文エネルギ-""麻の研究者"なる中山康直と
ベンジャミン・クロフォードを招き勉強会を行うなどし、
これに加え、ナショナリズムにも通じていくんですね。
『凶気の桜』あたりから。
(窪塚くん曰はく「右翼じゃないから。ナショナリズムだから」)

  ※右翼・左翼
   そもそも、右・左とは、
   フランス革命の後の、国民議会で、議長の左に座ったのが、革新派、
   右に座ったのが保守派であったことから、こう呼ばれる。
   右翼は王権の保守を主張し、左翼は王権の制限し民権を主張した。
   右翼は上流または支配階級の利益に関連した党派で、
   左翼は経済的または政治的な下層階級を代表した党派とも言われる。

そして、石原慎太郎の『俺は、君のためにこそ死ににいく』に出演し・・
この映画は、井筒監督の『パッチギ』の続編『パッチギ! LOVE&PEACE』と同時期に上映され、井筒VS石原の思想的な違いからくる舌戦がありました。

窪塚くんは、「太平洋戦争賛美・右翼的表現の多い映画ではないか?」とする意見に、
「この映画を見て、戦争賛美だというヤツはアホだと思う」と述べました。
私は、石原節に騙される、あなたがアホだと思う。

石原は、「戦前には、かくも美しい国民がいた・・・」と自書による一文を流し、
特攻の兵士が、「君(天皇)」のために死に行き、それを何も言えず見送った食堂の女将、このような日本人を美しいという感覚は、私には、何かが歪んでいると感じられます。
「死にたくない」「愛する人を死なせたくない」という本心を述べることができない圧制の中で耐え難きを耐え、お国のために散ることを美とするのでしょうか?

石原自身は戦争に動員されるということはなかったし、
彼の父親も、山下汽船という軍事に関わる会社におり、
一度も徴兵されることはなかったのです。
そして、『新・堕落論 我欲と天罰』によると、
実際には、戦争体験といえる体験はしていないのです。
そして、軍国少年は、頭上を褐色の胴体に白い縁取りの日の丸を描いた日本機が
敵機を追う姿を頭上に見て、ふるいつきたいような感動が忘れられない、
あれは身にしみて感じ取った国家というものの実感だったと言うのです。
この映画は、少年期のこのような美しい体験以上でも以下でもないのです。


そして、もうひとつ注目するのは、
第一弾『パッチギ』に主演した高岡蒼甫くんと、窪塚くんの
不思議な、共通点です。

二人は、話題となった映画の在日朝鮮人の青年を演じた後に、
なぜか、逆にナショナリズムに転じるのです。
そして、自殺未遂(窪塚くんは、転落事故とされていますが)。
これは、いったい何故なんでしょう?

高岡蒼甫くんは、
「韓国人の彼女と付き合ったこともあるし、韓国人の友達も多い。
日本で韓国人が受けている差別についてもよく知っている。
これらの友人を代弁するため、どうしてもこの映画に出たかった。
個人的には日本という国はあまり好きではない。
韓国に対し、日本は卑劣なように思える。
日本政府は正しい情報を国民に伝えるよう願う」と語っていました。

しかし、その後、「8チャンネル(フジ)、韓国ネタは見ない!」と発言し、
これが物議をかもしました。
彼は、これに対し、「国を愛する人間としての一つの意見だ」と述べ、
その後、所属事務所に契約を解除され、離婚、変名など
公私ともに穏やかでない状況が伝えられていました。

少し、調べてみると、
彼は、パッチギについての発言から、
反日思想のレッテルを貼られ、激しい誹謗中傷を受けていたのです。

それ以前に、『バトルロワイヤル』『コンクリート』といった作品に出演したことによって、あらゆる問題に巻き込まれ、精神的に限界まで追い詰められ、精神安定剤、睡眠薬を服用しながら、復帰作に臨んだことを告白しています。
そして『パッチギ』のあとに自殺未遂を図ってしまうのです。

『バトルロワイヤル』は、当時、石井紘基氏が、「青少年に悪影響を与える」として、
国会に放映中止を求めた中学生が殺し合いを強いられるという内容の映画。
神戸連続児童殺傷事件、栃木女性教師刺殺事件、光市母子殺害事件、栃木リンチ殺人事件、西鉄バスジャック事件と少年による凶悪な殺人事件が続けざまに発生していた時期でした。

『コンクリート』とは、あの女子高生コンクリート詰め殺人事件をモチーフにされており、
その残虐性から、公開中止を求める運動に合い、延期、公開期短縮となりました。

『バトルロワイヤル』には、山本太郎くんも出でいるんですよね。
太郎くんは、バトルロワイヤルは反戦映画だと言っています。
大東亜共和国という、架空の東洋の全体主義国家で、無差別に選ばれた中学生が殺しのバトルゲームを行うと言う話なので、リアルな殺し合いの恐ろしさを伝える反戦映画だと言うこともできるでしょう。
しかし、その主旨が、どれほど伝わるのか?
むしろ逆効果となる、反動的な影響はなかったのかというと、
その直後、世の中にショックを与えた「佐世保小6女児同級生殺害事件」の加害女児は、この映画を何度も視聴し、少なからず影響を受けていたというのです。

「表現の自由」ということで、
芸術にはタブーはないのかもしれません。
しかし、観る人も、役者として抜擢され演じる人も、
何らかの影響を受けるのは避けられません。

『凶気の桜』の「真っ白な怒り」(純粋な情熱)も、
大人たちによってゆがめられてしまう。


とにかく生きてて良かった! 真っすぐすぎて、真っ白すぎて!
この人はきっと良い役者になる! 

石井紘基氏は「表現の自由は何のためにあるのか?!」と
政府に迫ったと言います。

「表現の自由」はなんのためにあるのか?
私たちの周辺には、金儲けのための「表現」、洗脳や扇動のための「表現」、
人間のあらゆる思いが溢れていて、
私たちは、それに翻弄されながら、自分自身の感性のアンテナで、
選び取っていくしかないのかもしれません。