相方のKちゃんが、撮った
葉っぱにとまった 「蜂」 です^^♪
パチパチパチ~!
羽根の透明感や 胴のフサフワ感が、
すごく良く撮れてる~~♪ ![]()
自然の生命の造形って過不足なく、なんて素晴らしくユニークで美しいのか!
うちのK巨匠の「蜂」の写真を載っけたので、ちょうどいい・・。
過日観た・・ 野田秀樹の「The Bee」・・のこと書きましょう。
心の中に舞い上がったものが、フワフワと静かに落ちて
そろそろ、書き頃・・?(●´ω`●)ゞ
すぐには、なかなか言葉にならないから、感じるままに放って置いちゃう。。
それで、ときどき、忘れた頃に、
ふっ、と、「今」と、いい感じに繋がることがあるのです♪
「黄色&黒」の縞の警告色の小さな体で
「オレさまは、ヤバいぜ~!!」とアピールして、
高速で羽ばたき、ブンブンと飛ぶ蜂たち。
彼らは、つながり合う生き物でもあります。
蜜をとるけど破壊しないし、花へ受粉していく。
ミツバチがいる生態系は健全なんです。
しかし・・
1990年代初めから、世界各地でミツバチの大量死・大量失踪が報告され、
すでに2007年春までに北半球から4分の1のハチが消えたとされているーー
「蜂群崩壊症候群」が話題にもなりました。
(ネオニコチノイドという農薬)wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%81%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89
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野田秀樹の「The Bee」では、「蜂」の影と、
「buzz~~~!という蜂の羽音」が・・暗喩的に要所で使われておりました。
原作は筒井康隆の「メタモルフォセス群島」という
短編集に収録されている「毟(むし)りあい」。
家路に着くサラリーマン井戸。
家に脱獄犯が妻・息子を人質にとり立てこもっている事を知る。
事件の解決に有効な手立てを打てない警察に業を煮やし
脱獄犯の妻に説得を頼みに行くのだが断られ
そのまま立てこもり脱獄犯との直接交渉に挑むが・・。
井戸のような普通の人間に異常事態が起きたのだ。
理性のゴムは伸びるだけ伸ばされて、やがて、切れる。
彼の中に潜む狂気、復讐心、暴力性が、突如、暴走を始める。
そのとき、舞台には、「蜂の羽音」とともに「蜂の影」現れる---。
彼は、クルド人の戦いの踊り、「剣の舞」の音楽に狂わされ操られるよう踊る。
(これが使われてましたhttp://www.youtube.com/watch?v=T2LC7KtGJzU )
「蜂の一刺し」は、蜂にとっては命を賭けた攻撃手段。
井戸は、脱獄犯の妻子を逆に人質に取り、やがて、
脱獄犯を上回るほど異常な行動に出るのだ。
自分の妻子の解放を脱獄犯に訴えて、犯人の妻を犯し、
犯人の子供の指(鉛筆)を切り落として送りつけ、脅迫する。
「鉛筆」が、子供の指に見立てられ、「ポキっ」と鉛筆を折る嫌な音が鳴る・・
その演出は、現代の「遠隔攻撃の戦争」のように不気味で、
想像上の痛点を刺激する危うい音だ。。
一方、犯人、小古呂も、井戸の子供の指を送りつけてきた・・
同じ報復が何度も繰り返され、やがて・・
生活のルーティーンの中に「暴力」が溶け込んでいくのだ。
やがて、子供の10本の指は切断され、子供は息絶えてしまった。
妻の指も一本づつ切断し、送り終えた。
憎む相手に送りつけるべき指は、もう自分の指しか残っていない。
そして・・破滅へ。・・・そんな、コワイお話です。
この芝居は、2006年にロンドンで初演。大絶賛される。
2007年に東京での公演。
その後、日本語・日本人キャストによるバージョンを上演。
今回はその再演ですが、
9.11から続く「報復の連鎖」を目の当たりにした野田が20代で読んだ「筒井康隆の『毟りあい』は世界に通じるテーマだ」と確信し、
ここに描かれた「つまらない恐怖心に支配されてゆく平凡な人間」の姿に強烈なインスピレーションを得て、舞台化したものだ。
オリジナルの英語版では、「70年代の東京に生きる日本人」を「英国人俳優」が「日本人が書いた英語」で演じた。
主役の日本人サラリーマン をローレンス・オリビエ賞受賞女優、キャサリン・ハンターが演じ、「彼」に人質にとられる "脱獄犯の妻" 役を 野田秀樹が
演じたのだ。
つまり、国籍、ジェンダー、共に二重にトランスした演出をとったわけだ。
そもそも、日本人である野田が書いた脚本のオリジナルは、「英語バージョン」。この芝居は、おそらく、何かを「トランス・越えていく」試みなのだ。
働き蜂は生殖能力がなく、元々は♀、雌蜂なのだそうだ。
ミツバチの針は産卵管が特化したものと考えられている。。
蜂の生態は、とても興味深い。。。
(・真社会性http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%80%A7
・超個体http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E5%80%8B%E4%BD%93 )
野田が、♂♀、ジェンダーのトランスを演じたのも、蜂の生態にヒントを得てのことかもしれない。
今回の再演では、野田がサラリーマンを演じ、宮沢りえが脱獄犯の妻を演じた。♂♀は、再演に当たってまたスイッチされて演じられたのだ。
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この芝居のキャストは4人。
野田秀樹、宮沢りえ、近藤良平、池田成志。
野田以外は、複数の役を演じ分ける。
この芝居の登場人物のちゃんと「名前」がつけられた役の
その「名前」に注目してみた・・・![]()
たぶん、野田秀樹は、彼らの名前に、キャラクターを象徴する意味を
忍ばせている・・・ふと、そう思った・・![]()
●百百山(どどやま)・・・警部
百百山警部は、ドンドン鳴る太鼓のように、声がだけは大きい。
国家警察の権力の一端にいて、マスコミ、大衆向けに声高に「懸命に仕事をしているフリ」をするのは異常に上手い。
その実、国民の安全を守り暴力から救うという真の任務には不実な男。
被害者救出のポーズに地道を上げ、マスコミにPRするが、正味、野次馬的傍観者、マスコミと二人三脚の扇動者でしかない。
百百山は、ドンドンうるさい音を鳴らすだけの太鼓もちだ。
そして、海千山千にも満たない、社会の垢を百ほど身に着けた
小ズルイだけの男。
*海千山千
さまざまな経験を積んで、世の中の裏も表も知り尽くしていて悪賢いこと。
また、そういうしたたかな人。
●小古呂(おごろ)・・・脱獄犯
この男は、ドモリだ。。
この男は、ことごとく何かを伝えることが苦手なのだ。
たまさか、息子の誕生日に出所した小古呂。息子への最新式の「電卓」プレゼントを用意しているが、お色気たっぷりのストリッパーの妻は浮気をしていた。
妻を取り戻したいが、まったく相手に何も上手く伝えられない。
そして、挙句の果てに「妻が自分の元に帰ってくる」という望みを訴えて、
事もあろうに、無関係な他人の家に押し入り、妻と子を人質に取り立てこもる。
小古呂(おごろ)は、小心者のジゴロであり、半端なゴロツキだ。
また、「呂」とは、「糞」を意味する。つまり、「ウ○コ野郎」ってことだ。
そして、いわゆる、いつも致命的に「呂律が回っていない」男なのだ。
●井戸(いど)・・・サラリーマン
井戸は、そこそこインテリの平凡な男。息子一人と妻を持つ、日本のビジネスマンだ。学生時代は、ディベートで鳴らしたこともある。
日々、有利な商談で成績を上げることに励んでいる。
その日は、息子の誕生日のプレゼントに「電卓」を買って家路についた。
帰宅してみると、家は封鎖され、警察やマスコミが陣取っている。
脱獄犯が我が家に立てこもっていると言うのだ。
偶然にも犯人の息子と自分の息子は同じ誕生日。しかも、同じプレゼントを買っていた。
二人は表面的には真逆だが、ある種、どこか相似形の男なのだ。
降りかかってきた一大事に、彼は、得意の言葉による「交渉」で犯人を自ら説得しようとする。しかし、犯人、小古呂は、「呂律が回らない男」だ。
到底、通用するはずもない。
その時、彼の中の奥深い暗い場所から、自分でも、思わぬ「暴力」が、ふいに飛び出してしまうのだ。
暴力の狂気に支配された井戸は、小古呂の妻と子を人質に立てこもり、
人の妻を犯し、残酷に子供の指を切断する。
井戸の「暴力」は、慣習化し、そこには、奇妙な疑似家族のような「生活」が
成り立ち始める。
井戸は、言葉の世界、いわば、法と秩序に守られた暴力とは無縁の
文明の世界に生きてきたつもりだった。
しかし、突発的な災難に遭遇し、人間の心理の底に眠る深く暗い「井戸」から
現れた、未だかつて見たこともない自分自身に出会うことになる。
彼が立て篭もった、その「井戸」のような密閉された空間では・・
元々は報復のために犯した犯人の妻、その見知らぬ女と交わす性行為は、
日を追うごとに慣習化され、それが「生活」に似た人の営み、ルーティンする
リズムを生み出し、「井戸」の中に住む3人の身の内にも、浸み込んでゆく。
指の切断、発送、料理、食事、セックス、睡眠、洗顔・・・と。
彼らは、もはや、筒井筒(井戸と井戸枠のこと)か?
筒井筒とは・・・幼馴染み、幼い男女の恋。。。
「剣の舞」の歌・・・好きか嫌いか?嫌いか好きか?・・・
この詞につながるパラドックスの世界だ。。
そもそも、本来の井戸の家族の営みは、本物だったのか?
子供の誕生日に「電卓」を送る男・・機械に数を勘定させる道具を子供のためのベストなプレゼントとして選んだ、事件前の井戸本人も、計算機のような機械人間だったのではないか?
*能「井筒(いづつ)」
筒井とは、円筒状にまっすぐに掘り下げた井戸のことをいう。
世阿弥が「上花也」〔最高級の作品〕と自賛する、夢幻能の傑作だ。
ストーリーは----
ある秋の日、諸国を旅する僧が、初瀬参りへの途中に在原業平(ありわらのなりひら)建立と伝えられる大和の国の在原(ありわら)寺に立ち寄りました。
僧が在原業平とその妻の冥福を祈っていると、仏にたむける花水を持った里の女が現れます。女は、僧の問いに、在原業平と紀有常(きのありつね)の娘の恋物語を語ります。幼い頃、井戸で背比べをした2人は、成人して歌を詠み交わして結ばれたのです。女は自分がその有常の娘であると告げて、古塚の蔭に姿を消します。僧が不思議に思っていると、里人が現れ業平とその妻の話を語り、井筒の女の化身を弔うよう勧めます。
夜も更ける頃、僧が仮寝をしていると、夢の中に井筒の女の霊が現れます。
夢の中の女は、業平の形見の冠(かんむり)・直衣(のうし)を身に付け、業平を恋い慕いながら舞い、さらには、井戸の水に自らの姿を映し、そこに業平の面影を見るのでした。
やがて夜が明け、井筒の女は姿を消し、僧も夢から覚めました。
---剣の舞---
尾藤イサオ&ドーン
好きか嫌いか嫌いか好きか ハッキリ言いなよ今すぐ目の前で
惚れてしまえば男は弱い 奴隷か騎士か囚われ人の身か
それに比べてお前は素敵 ペルシアの女王かトルコの姫君か
姫君に 嫌われたら 恋の奴隷は 死んでしまうだろう
叶わぬ恋を嘆いて 我とわが身に剣を 刺す 刺す 刺す
好きか嫌いか嫌いか好きか ハッキリ言いなよ今すぐ目の前で
姫君~~~!!!!
好きか嫌いか嫌いか好きか ハッキリ言いなよ真っ赤な唇で
長い黒髪 豊かな乳房 男は誰でも虜になるだろう
そうさお前は美しすぎる ペルシアの女王かトルコの姫君か
姫君に 愛されたら 恋の騎士に 敵はいないだろう
どんな強い相手にも 剣で立ち向かうだろう いざ いざ いざ
好きか嫌いか嫌いか好きか ハッキリ言いなよ真っ赤な唇で
姫君~~~!!!!
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この歌・・・
なんだか・・
マイケルの「 Just Good Friends」、「ビリージーン」「スムクリ」、
様々な歌を思い出す(*^.^*)
Michael Jackson& Stevie Wonder - Just Good Friends
http://www.youtube.com/watch?v=kt9rFG36ZKU
Michael Jackson -Billie Jean [motown25 日本語字幕]
http://www.youtube.com/watch?v=ogq8AAY0RKY
筒井康孝「毟りあい」
ハチャトゥリアン「ガイーヌ(剣の舞)」
世阿弥「「井筒」
・・・こんなに「時」も「場」も異なるものが、
野田秀樹の「The Bee」の世界で繋がっている。。
が・・・おまけに
私の中では、やっぱりマイケルジャクソンに繋がってしまったのでした(*v.v)。
芸術家たちは、自分の表現で、
何度でも「命」の不思議とその真実に迫っているのですね。
party on right through the night♪ ( from Off the Wall)
「真実(のグルーブ)」に乗った仲間たちはその夜を通り抜けていく!です。
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お読みいただきまして 誠にありがとうございました![]()

