マイケルの変態☆手☆番外編 ~「高村光太郎の手」についての考察より | ☆Dancing the Dream ☆

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高村光太郎 《手》 1918年頃



            ああ!すばらしい!!

            東京国立近代美術館にある

            高村光太郎の この「手」・・・!

            



     光太郎の ☆Dancing the Dream ☆  この本☆Dancing the Dream ☆


      時々、捲りますが。。

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     光太郎が生前好んだ花は、レンギョウ・・・英名はgolden bells


     明明後日の光太郎の命日、4月2日は、

 

      「連翹(レンギョウ)忌」と呼ばれるそうです。





     さて、この光太郎の「手」を見るたび毎に・・・


     人はそれぞれに胸を揺すぶられ、なんらかの思いを抱くでしょう。




久しぶりに、この素晴らしい「手」を凝視した、今日の私は・・・


一筋のスポットライトに、高々と掲げられた「あの手」を


思い出させられました。。。「マイケルジャクソンの手」えへ

     


ところで、光太郎は『』について次のような興味深いことを書いています。


「私が子供の頃、弟子達との雑談の中で父が、『光りッ手、さびッ手』の言ひ伝へを話してゐるのをきいて、弟子達が気味悪そうに自分達の手を見てゐた事をおぼえてゐる。

光りッ手といふのは其の人の道具や刃物がいつのまにかつやつやと光つてくるたちの手をさし、さびッ手といふのは、それがいつのまにか錆びて来るたちの手のことをさすのである。

「光りッ手」は、上手の手
「さびッ手」は、名人の手
という職人仲間の言い伝えだという事である。



手には何か未知の秘密が匿されてゐる

太古、人間の手が道具といふものを初めて作り出して以来、手は人類文化一切の工作者となつた。

顕微鏡でなければ歪みの見えない程の精密工具の扱ひにしても、高速度工具鋼の処理にしても、結局は其以上に高度な手の神経が其を統轄するのである。

触覚は触覚其自身の自律性を有つてゐるかに見え、頭脳の働いてゐる瞬間よりも更に一層微妙に迅速に其自身の働きを了する。

思念の及ばないもの、観念の形成し得ないもの、判断の埒外にあるもの、それらはすべて触覚自身の中で生起し追求せられ完了せしめられる。」



      
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 母キャサリンは、マイケルが生まれたとき、まず感じたのは

「瞳の大きな、指の長い手の大きな子」


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東京タワーの遺品展で見た彼の遺品の中で、一番長い間、しげしげと眺めて

ため息をついたのは、この「手」の前だったかもしれません。

親指の付け根から、手首までが、異様に長い・・・美しく独特の手でした目


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「手」について・・wikiでも非常面白いことが書いてあります!       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B

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「光りッ手」 上手の手から・・

「さびッ手」は、名人の手へ・・・




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     光りっ手、さびっ手・・

           

     クリエイティヴな「手」は、

     どんな素晴らしい道具や


     先鋭の機械にもかなわない。必要としない。

           
     創造とは、「手」がするものなのでしょうね。


     ↓光太郎は、続けて「能面」の話を綴ります。



「いわゆる名人芸の話の中に出てくる三味線の名器とか

     ヴァイオリンの何だとかいう類に似てくる。

 ノミや砥石がどうであろうと彫刻の大道はそんなものに左右されない。

能面は物まね演技の劇中人物を表現すべきものであるという条件が

その製作者をして勢い活世間の人間の面貎にまず注視を向けしめた。
しかも仏像の類と違って賢愚雅俗のあらゆる人面の芸術表現を余儀なくさせた。

これは人を救う仏ではなくて、仏に救われる煩悩の徒である。
これは尊崇措かざる聖者の肖像ではなくして
浮世になみいる妄執に満ちた憐憫すべき餓鬼の相貎である。
賢愚おしなべて哀れはかない運命の波に浮沈する盲亀の面貎である。
彼岸の仏菩薩でなくて、吾が隣人であり、また自己そのものである。
面打ちといわれる彫刻家の製作にあたっての生きいきした感慨は思いやられる


能面の美は演技上の必要から来たその表情の縹渺性に多く基いている。
喜怒哀楽をむき出しに表現せず、そのいずれでもなく、

またそのいずれでもあるような 含みを深く湛えた美の性格を極限の境まで

追求して得たこの深い含蓄性は、世界に類を見ない美の日本的源泉として
今日われわれの内にこんこんと湧いてやまない無限の力を与えてくれる。
般若」のような激情の面でさえ
怒であると同時に、悲でもあり、のしかかる強さであると同時に
寂しい自卑自屈の弱さでもある。
こういう類の表現は単にそれを理解する事だけですら
恐らく今日の世界における美の感覚の程度では
及びがたいのではないかと考える。



精神の高さというものは、作の巧拙に関しない。
どんな幼いようなものにも
それがしんに自己の内奥から促されて書かれたものには
おのずから魂のひびきがきかれる。
がいつまでも幼稚であっていいというのではない。
成長すればするほど、複雑微妙になればなるほど
技術の高度化が加われば加わるほど
尚更思わくを絶した絶対感につきすすまねばならない。
それがよろこびである。
有意識無意識をふたつながら超えたところに

真の技術は行なわれる。
  ~中略~

安全弁的割から蝉脱して独立の生命を持つに至る・・

現在の芸術中で一番近いものを探せば
恐らく音楽だろうと考えますが
不幸にして私は音楽の世界を寸毫も自分のものにしていないので
これはどうすることも出来ず
やむなく言葉による発散放出に一切をかけている次第です。」



↑太字の能面 般若の表現について、

光太郎は、現代の美の感覚では及び難いと言っていますが・・

現代人が、かつてあった美の感覚を失ったのであるとすれば・・


それは、なぜか?

かつて、何もかも「手」で創造していたものを、

手の延長線上の道具や機械を用い、その便利さを得た変わりに、

皮膚感覚を感じること、手の持つ「未知の秘密」の追求を忘れ、

その「美の感覚」を失ったからかもしれない。


しかし、マイケルジャクソンは、「手」を使い尽くした人だ。

もちろん、ダンスで全身を使ったが、「手の表現」は、彼自身が光る手袋で誇張

したように、最も重視した。


マイケルジャクソンの、ダンスの中で使用される帽子は、能面のようであり・・

ショートムビーの中の、怪物は、般若のようでもあります。

光太郎の言う失われた「美の感覚」、そして「光っ手、さびっ手」を持ち得た

芸術家なのではないか・・・


僭越ながら私も、

「マイケルと変態」「マイケルと人形」(*過去記事)でも紆余曲折、述べてきたように、


   光太郎の言う・・・


         「 蝉脱を果たした芸術家 」なのではないかと思うのです。




蝉脱とは・・

セミが羽化すること、セミの抜け殻、うつせみのこと。

俗世間から超然としていることを言います。


《モナルカ蝶の羽化》


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                                 羽化



蝉脱とは蝉脱(せんだつ)、解脱(げだつ)も同様な意味です。

《仏教用語の一つに「蝉蛻せんぜい・(蝉の蛻せみのぬけがら)」という

 言葉があります。
「蝉蛻」とは、蝉が幼虫から成虫に成長する過程のなかで、

地中から地上に這い出るとともに、自らの殻を脱皮して大地に飛び立つ様のこと。

つまり、「外形はそのままで中身がぬけがらになる」・・
の意が転じて「迷いから抜け出して悟りの境地に達すること」

「それまでの慣習や因習にとらわれず、そこからの束縛から抜け出す必要性」

など、“解脱”するとか、“悟りをひらく”といった意を含む言葉として使われている。先人の中には、蝉の幼虫時代は長いものの、「蝉蛻」して成虫となった
蝉の命の儚さを哀れみ「蝉蛻とともに、龍のように大きく変わる」と
の意を託した「蝉蛻龍変」が使われることもある》







 蝉蛻龍変!!ですか!? 目


 今年は、辰年です z









          
いったん此世にあらわれた以上、
            
美は決して滅びない -----
 

『高村光太郎全集第五巻―美』より



*************


   
 
      お読みいただきまして 誠にありがとうございましたおじぎ

 いよいよ春めいて参りました。ラブラブ
 
 古い殻を脱いで、マイケルのように 

       モーフmetamorphosis したいですね~~ アゲハ 

  


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