②傷跡と涙の力
伝道者の書7章14節。
「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである。」
これを語ってもいいですか?
時に、説教者達は、勝利について、良い事について語ります。
しかし理解されていないことがあります。
それはあなたは、ここでは勝利を勝ち得ているけれど、こちらの領域では弱さを感じることがあるということです。
ここでは力強いけれど、こちらでは迫害されている。同時にです。
私は保証しますよ。あなたは力強いけれど、ある部分では迫害されている。
勝利を得ているけれど、こちらでは敵の攻撃があり、突如として弱さを感じる。
同時にです。
しかし神様はその両者を用いて、あなたのバランスを保ち、あなたを強め、教えているのです。
こちらでは勝利を手にし、こちらでは弱さを感じる。
しかしそれでも立ち続けてください。
立ち続け、賛美しつづけ、宣言しつづけ、預言しつづけてください。
そして言い続けてください。
「主よ!あなたは、勝利の中で私と共にいてくださり、戦いの中でも私と共にいてくださいます!私はただ立ち続け、あなたの栄光を見ます!」
私達は力強くありたい。
しかし迫害はされたくない。
私達はいつでも勝利していたい。
しかし弱さは感じたくない!
みなさんに率直に言ってよろしいでしょうか?
あなたは迫害を経験せずにして、勝利を得ることはできません。
弱さを感じることなくして、勝利を勝ち得ることはできないのです。
なぜならそれらすべてを通して、主はあなたを強くし、準備をさせ、主の栄光の身丈へと成長させているからです。
なぜなら神様があなたのために用意されているものは、今のあなたよりも大いなるものだからです。
神様はあなたに教えているのです。
どのようにしてバランスを保ち、立ち続け、どのようにしてこの世の煩いに妨げられずに賛美をしつづけ、預言しつづけ、信仰から信仰へと、栄光から栄光へと前進しつづけていくかを。
あなたは火の中を通り、試されることでしょう。
傷つけられることもあるでしょう。
イエス様ご自身が言っています。「つまずきが来るのは避けられない。」と。
この世はあなたを拒絶するでしょう。
あなたの家族があなたを拒絶するかもしれません。
「何もかもが素晴らしいんです。」と説教できたらどんなにいいでしょうか。
先ほど、力強い勝利のビデオをお見せしました。
しかしそれらの勝利の一つ一つの裏では、戦いがあるのです。
ひざまずいて、「神様、私にはこれを乗り越えることができるかどうか分かりません!
自分には立ち続ける力があるかどうかも分かりません!
しかし主よ、それでもなお立ち続けます。
なぜなら主よ、あなたが私の解放者、私の力強いとりで。苦しむ時、そこにある助けだからです。」と叫ぶように言った時があります。
聖書はこう言っています。
あなたの魂の敵である悪魔は、盗み、殺し、滅ぼすために来ると。
ある日、SNSを開くと、あるリール動画に目が留まりました。
私は映画にはほとんど興味がない人間です。
それどころかほとんどの映画はくだらないと思っています。
しかしこの動画は衝撃でした。
グラディエーターの1シーンだったのですが、将軍マキシマムが今まさに戦おうとしていた時に、敵である皇帝が彼の腕をつかみ、抱きしめながら彼の脇に短剣を刺しました。
そして兵士達に「彼に武具を着せて、戦いに出せ!」と命令しました。
人々は、敵が彼に負わせた深い傷のことを知りませんでした。
なぜなら、その傷は武具の下に隠れていたからです。
グラディエーターが戦っている時に、人々は、彼が致命的な傷を負っていることを知らなかった。グラディエーターは血を流していた。
今朝、ここにおられる方達の中には、外側では笑顔で、きちんと正装をして、賛美している方達がいます。
しかし人には見せていなけれど、人生であまりにもダメージを受ける出来事があり、敵によって深い痛手を、致命的な傷を負わせられてしまった方達がいます。
みなさん。
敵はあなたの信仰を、あなたの喜びを、あなたの礼拝を殺したいのです。
敵はあなたの結婚生活を破壊し、あなたが神様から受けた約束を滅ぼしたいと思っている。
敵はあなたの救いを奪うことはできないかもしれないけれど、あなたに流血させるほどの深い傷を負わせたい。
私は、人生で経験したある状況、ある出来事によって深い傷を負い、その時の経験から抜け出ることができず、傷が癒えないで、苦い根となり、それによって信仰が閉じ込められ、そこから動くことができなくなってしまった多くのクリスチャン達に出会って来ました。
彼らは戦っています。
しかし血を流しているのです。
私は、虐待されてきた若者達にも出会ってきました。
彼らは人生でさ迷い、どうやって人を信頼し、愛すればいいのか分からない。
敵が彼らに深い傷を負わせ、彼らは血を流している。
私の友であるみなさん。
もしかしたら、あなたの家族が傷を負っているかもしれません。
あなたの結婚生活や、あなたの子ども達が傷を負っているかもしれません。
敵があなたにどのような傷を負わせたのかは、私には分かりません。
しかし神様はあなたにたいして言葉を持っています。
神様はあなたにたいする言葉を持っているんです。
神様は、敵が計ろうとした悪を逆転させ、神の栄光に変えようとしておられます。
なぜなら、神様はあなたを癒すお方だからです。
さらに深く行ってもよろしいでしょうか?
黙示録5章で使徒ヨハネが語った描写を私は思い起こしました。
「さらに私は、御座-そこには、四つの生き物がいる―と、長老たちとの間に、ほふられたと見える小羊が立っているのを見た。」
敵は、キリスト・イエスの体に傷を負わせようとしました。
敵は、傷を負わせたなら、神の御子を完全に滅ぼすことができると思いました。
敵は、全ての鞭打ちによる傷、殴られ、蹴られたことによる傷、いばらの冠、そしてその手と足に受けた全ての釘による傷によって、人々が「メシア」と呼んだお方を滅ぼすことができると信じていた。
敵は信じていたでしょう。
あなたを悩ました傷、その傷があなたを滅ぼし、もう二度と誰のことも信頼しないようにさせたと。
その傷によって「神様は自分を愛している。」「神様は奇跡をなさる神だ。」
「神様は私の癒し主であり、供給者だ」と二度とあなたが信じることができないようにさせたと、敵は思い込んでいたことでしょう。
敵は、あなたが傷ついたままでいてほしい。
しかし、これだから私はみことばが大好きなのですが、Ⅰコリントにはこうあります。
「この世の支配者たちが、このことを悟っていたら、栄光の主を十字架にはつけはしなかったでしょう。」
敵は、十字架と打ち傷は、自分達が考え出したものだと思っていた。
しかし敵が知らなかったのは、神が敵を操り人形のようにして使ったということです。
あの傷はイエス様を滅ぼすことはなかった。
十字架と傷は、神様のアイディアだった。
なぜなら、あの傷から、あなたの癒しがもたらされ、あなたの解放がもたらされるからです。
そしてあの傷から、人類の救いがもたらされたからです。
イエス様に、力強い賛美の叫び声を挙げましょう。
イエス様の血潮があなたを覆っています!
イエス様が血を流された場面があります。
敵は、イエス様を殺し、滅ぼし、二度と墓から出られないようにしてやったと思っていました。
まず最初の場面は、ゲッセマネの園です。
聖書はこう言っています。
神の小羊であるお方が、「父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。
しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころをなさってください。」と言われた。
そして聖書は言っています。
あまりのプレッシャーのゆえに、イエス様は血のような汗を流されたと。
敵は、この時、イエス様に打ち勝つことができると思ったでしょう。
しかしこの場面から分かるのは、あなたはこの世に調子を合わせる必要がないということです。
あなたはみことばの水の洗いによって、あなたの思いを新しくすることができる、変革することができるのです。
もし敵があなたに鬱や抑圧をもたらしているなら、あなたの思いが縛られてしまっているなら、今朝私は宣言します。
主が受けたその傷によって、あなたは健やかになると!
神様に栄光をささげましょう!
イエス様は、背中に鞭を打たれました。
本当にむごい傷を受けた。
しかしその傷はイエス様を滅ぼすものではなく、むしろこのように宣言しています。
すべてのあらゆる病、患い、盲目、耳が聞こえない、癌や腫瘍、それ以外のあらゆる病が、その傷によって癒されると。
「彼こそが、あなたを癒す神である!」と宣言しているのです。
いばらの冠。
イエス様はそれによって血を流されました。
もし敵があなたに「お前には価値がない。お前なんかいてもいなくても同じだ」と思わせているなら、私は自殺の霊に立ち向かう!
なぜなら、敵はあなたの人生には何の目的もないと思わせているからです。
あなたに知ってほしいことがあります。
イエス様が受けたあの傷から、神の声はこう語っています。
神はあなたを王である祭司とした、と。
あなたは、神様にとって王家の者であり、救いの相続者です。
あなたは神の義であり、栄光の王の息子、娘なのです!
主の御手は、十字架に釘付けされました。
聖書はこう語っています。
マルコ16章18節。
「わたしの名によって、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば病人はいやされます。」
創世記39章3節は基本的にこう言っています。「私達の手が触れるものは何であれ、神様はそれを栄えさせてくださる。」と。
敵はイエス様に致命的な傷を与えたと思っていた。
しかしその傷は、実はあなたの打ち破りとなったのです。
イエス様が受けた脇腹の傷。
敵はこれによってイエス様はもう終わったと思い込んだ。
しかしその傷のゆえに、あなたは救いの相続者とされたのです。
続く

