傷跡と涙の力

~今、南米で起きている神の御業~

(写真はYoutubeより)


ネイサン・モリス

「人々が主の家に行こうと言った時、私の心は喜んだ。」

今朝、私はこのみことばを思い起こしていました。
私達は、至聖所に、神様の御前に恥も、罪悪感も持つことなく行くことができます。

私達は、神によって贖われた者、救いの相続者、王の王、主の主の息子、娘達です。

だからこそ、敵は、あなたの思いに攻撃をしてきます。
「お前は、ふさわしくない」と。

しかし、聖書は、「神の恵みの御座に大胆に行くことができる」と言っています。
イエス様は今朝、言われています。
「あなたは、わたしのもとに、神の義にあって来ることができるよ。」と。

つまり、あなたがどのような状況にあろうとも、どのような必要があろうとも、あなたは神様に大胆に、期待を持って近づき、「今日は私の日だ」と近づくことができるのです。
ですから、神様に栄光をおささげしましょう。ハレルヤ!


ダビデは「私の口にはいつも主への賛美がある」と言いました。

私の心に、私の思いにではなく、私の口にと言いました。

神様が何かをしようとする時、何かを造られる時、動こうとされる時、神様は必ず語られます。

「光よあれ」と言われると、光ができました。

神様が人々を戦いに遣わす時に、神様は「礼拝する者達を先に遣わしなさい」と言われました。

なぜでしょうか。
それは「主は御民の賛美の中に住まわれるから」です。

神様は、御力と栄光と支配を持って、その賛美の音の中に住んでくださる。

あなたが口を開いて主を賛美する時に、あなたは主が住まわれる場所をもうけているのです。

敵があなたの人生でまず最初にすることは、あなたを黙らせることです。

しかしあなたの打ち破りは、その沈黙を打ち破るのです。

だからこそ、聖書は、「主に贖われた者達はこのように考えろ」とは言いませんでしたね。「言え」です。

聖書はこう言っています。
「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」

今朝、この場所に入って来た時に主はこのように語られました。

「わたしの民に『天井を破る』ようにと言いなさい。」

敵があなたを沈黙させようとしていた場所で、叫び声を上げるのです。

力強い打ち破りはもうすぐそこに来ていて、もうあとは叫ぶだけという人達もいます。

ですから、私が3つ数えたら、御霊に満ちた叫び声を上げてください。
準備はいいですか?1,2,3。
ハレルーヤー!イエス様ー!!!


「天のお父様。
あなたが良いお方であり、あなたの憐れみは絶えることがないことを感謝します。

私達はあなたの民です。

私は宣言します。
あなたのみことばが勝利を、打ち破り、癒し、解放を、救いをもたらすことを。
あなたのみことばが、岩を打ち砕く金槌となりますように。
あなたのみことばが、私達の心を洗い清める川となりますように。
渇いている者には、生ける水となり、飢えている者には、いのちのパンとなりますように。
イエスの御名によって祈り、宣言し、信じます。アーメン。」


皆さん、神のみことばを聞く準備はできていますか?

ここ3年、私は今だかつで体験したことがないほど力強い聖霊様の傾注を体験してきました。文字通り何百万人もの人達がイエス様のもとに来て救われるのをこの目で目撃してきました。

先ほど流した動画は、ここ8ヵ月以内に起こった出来事です。


ある時に、オーラル・ロバーツ大学でメッセージを終えて会場から出た直後に、主は「息子よ。わたしは扉を開く。この機会の窓は開くけれど、やがてまた閉じる。息子よ。地面を打ち叩きなさい。この機会を逃してはならない。」と言われました。

私は、主が言われた事の意味が分からなかったのですが、主は聖書のある箇所を思い出させてくださいました。


それは王が預言者のところに来て、「イスラエルはどうなるのでしょうか?」と聞いた所です。

預言者は王にこう答えました。
「矢を手に取って、それで地面を打ちなさい。」

聖書は、王が矢で3回地面を打ったと言っています。

すると預言者は、「あなたが6回打っていたなら、世代に渡る勝利を得ることができたのに。」と言いました。

その時に私は理解しました。「カイロスの時があるのだ。」と。

神様が「わたしはあなたに機会を与える。それはわたしの力と栄光を見るためだ。」と言われる時、あなたは即座に応答する必要があります。

その後、私達は、福音を宣べ伝えるために、ニカラグア政府に招待されました。

これは奇跡です。

慎重に言いますが、ニカラグアという国は共産国であり、大衆伝道集会を許可するというのは数年前には不可能なことでした。

しかし神様は私に「機会の窓を開く。福音にたいして開かれていなかった国々をわたしは開く。だから地面を打ちなさい。地面を打つのだ!」と言われました。

私は、チームを呼んで、「私達は行かなければならない」と言いました。

「本気ですか?もうスケジュールは埋まっていますよ。」と言われましたが、「全部キャンセルして。私達は行かなければならない。自分でも何をしているか分からないけれど、確かにイエス様が語られたんだ。」と言い、ニカラグアに行きました。

そこで私達が目にしたのは、自分の想像を超える大いなるリバイバルでした。

8ヵ月の間に、神様は国中を力強く動かれました。
公道や通りに群衆が集まり、街全体が閉鎖され、人々が福音を聞くことができるようにと私達は、公道に巨大スクリーンを設置しました。

毎晩およそ38万人が集まりました。

これは一つの場所の話しではなく、北から南まであらゆる場所でそうだったのです。

8ヵ月の間に、何百万もの人達がキリストのもとにやって来たのです。
写真を写してくださいますか。

これは普通、何十年もかかるような事です。

私は、神様が語られたみことばを思い起こさせられました。
「その日には、耕す者が刈る者に近寄る」

自然には不可能なことです。

しかし神様は、その時について語られました。

収穫があまりにも超自然的なので、本来なら何年もかかることを、神様が突然なさると。

神様は、不可能に見えることを、突然なさるのです。

敵が洪水のように押し寄せて来るとき、神は敵に対抗して旗を掲げます。
ハレルヤ!

私達はエルサルバドルから帰って来たばかりです。

ここ1年半ほど、私達はエルサルバドル中で、福音を語っています。

2週間前、スタジアムから出ると、ある政府の高官がやって来て「ネイサン、あなたに話したいことがあります」と言いました。
「どうぞ話して下さい。」と言うと、彼は言いました。

「数年前に、政府が公式にある調査をしました。すると国民の42%がクリスチャンであることが分かりました。今年の初めに調査したところ、(これは政府の公式な数です)国民の68%が新生し、御霊に満たされたクリスチャンであることが分かりました。」

私がこれらのことを話し、写真を見せている理由は、皆さんを楽しませるためではありません。

そうではなく、皆さんを目覚めさせるためです。

イエス様はもう間もなく戻って来られようとしています。

1週間前、歴史的な事が起こりました。

キューバの屋外で、数千人に福音を伝えました。
神様に栄光がありますように。

私達は約5年間、この国に入ろうと試みてきました。

会場にはちゃんとしたライトも機材もありませんでした。
おまけに、人々が集まっている場所には、豚小屋や山羊小屋がありました。

しかしどのような場所でも神様は働かれることができるのです。

ちゃんとした音響設備もありませんでした。

この男性は、暗がりのずっと奥の方にいたので私の声はちゃんと聞こえていなかったかもしれません。

彼はこう言いました。「あなたが語っている時に、声が私に『立ち上がって、歩きなさい』と3回言ってきました。」

彼は車椅子で来ていました。
麻痺しており、寝たきりだったのです。

暗かったので、私は彼の姿はまったく見えませんでした。けれども彼は、3回「立ち上がって歩きなさい」という声を聞き、その声に従って、立ち上がって歩きだしたのです。


私がメッセージをしている最中に、人々の間にどよめきが起こりました。

人々が道を開け、彼が講壇に向かって歩いてきたのです。

すると人々から歓声が沸き上がり、広場で奇跡が起こり出したのです。

あちこちで松葉杖が掲げられました。

ある男の子は、右足が麻痺していたのですが、母親に「僕を前に連れて行って」と頼み、母親が前に連れて来ると、彼は飛び上がって、走り出したのです。

私が伝えたいのは、もうイエス様が戻ってこられるのが本当に近いということです。
もう本当に近いのです。

あとどれくらいかは分かりませんが、あなたが神様から召されたことをすべき時があるとしたなら、今です!今です。

明日に先延ばしするのではなく、今日なのです!今日が救いの日です!


私は快適なメッセージをするために来ませんでした。

けれども、私の上に降り、私を全く変えた火が、誰か1人の人に降るようにと祈っています。

ある時、ラインハルト・ボンケ伝道師と一緒に食事をしていました。

その時に言いました。
「ネイサン。昔、私の父の教会にある伝道師が来たんだ。
彼は心を注いで語り、最後に招きをした。
でも誰も前に来なかった。一人も。
だけどその時に、10歳の男の子が前に来て、救いの祈りをしたんだ。
その日、伝道師は失敗者として去って行った。けれどその伝道師が知らなかったことがあるんだ。あの少年が、私であることを。」


あの10歳の少年が、やがて7800万人をキリストに導いたのです。

今朝、神様が触れる人がいます。


そして主の御霊の力と栄光によって人生がまったく変えられます。

ここ1年ちょっとの間に、私は顔と顔を合わせて、380万人に福音を伝えて来ました。


その中で悟ったのは、これから起こる大いなる収穫は、一つの教会、一人の説教者、一つのミニストリーだけで間に合うものではないと。


全ての男性、女性、子ども達が、神様の召しにこたえて踏み出し、イエス様の手足となる必要があるのです。

今朝、神のことばを聞く準備はできていますか。

今のは説教ではなく、ただ話していただけですよ。

聖書を開いてください。

ヨハネ20章19節からお読みします。

「その日、すなたち週の初めの日の夕方のことであった。

弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。
『平安があなたがたにあるように。』

こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。
弟子たちは、主を見て喜んだ。

イエスはもう一度、彼らに言われた。
『平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。』

そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。

『聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。』

十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。

それで、ほかの弟子たちが彼に『私たちは主を見た』と言った。

しかし、トマスは彼らに『私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません』と言った。

八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。

戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って『平安があなたがたにあるように』と言われた。

それからトマスに言われた。
『あなたの指をここにつけてわたしの手を見なさい。
手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。
信じない者にならないで、信じる者になりなさい。』

トマスは答えてイエスに言った。
『私の主。私の神。』
イエスは彼に言われた。
『あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。』

この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。
しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。」



「天のお父様。あなたのみことばを感謝します。私達の心に語ってください。私達が変えられますように。」


今朝は、主が私に与えてくださったであろう『傷跡の力と涙の言葉』という主題で語ります。


私は、Ⅱテモテで、パウロが次世代に向けて記した言葉を思い出しました。

彼はこう語っています。
「そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。」

キリスト・イエスにある恵みにあって強くあれ!と。

しかしつづけてこのように語っています。

「キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください。
兵役についていながら、日常生活のことに掛かり合っている者はだれもありません。それは徴募した者を喜ばせるためです。」


皆さんが気がついているかどうか分かりませんが、私達は戦いの中にいます。

あなたにはっきりと今朝知っていただきたいことがあります。

敵は、あなたの魂に対して戦いを挑んでいます。

敵は、イエス・キリストの教会に対して戦いを挑んでいるんです!

パウロはⅠテモテで、私達にこう警告しています。
「信仰の戦いを勇敢に戦いなさい。(英語では、「信仰の良い戦いを戦いなさい。」)」

あなたは、戦う必要があるんです。
時々、「日曜日に正装して、新しい歌を歌えば、あなたの人生は問題なく完璧になりますよ。」と言えたらいいのになと思います。

しかしそれは真実ではありません。
あなたが、神様から約束を受け、神様から召しを受け、神様があなたの人生で動かれ、あなたの家族の中で動かれる時、あなたは敵にたいして戦っているのです。

私達は戦う者達なのです。

血肉に対して戦っているわけではありません。

私は政治家ではありません。
私は政治について説教するつもりありません。


霊的な戦いがあるのです。

あなたの家族のための戦い、あなたの子ども達のための戦い、あなたの結婚のための戦い、あなたの使命、目的のための戦いがあります。

このことを理解する必要があります。

神様は、敵があなたの人生から盗もうとしているもののためにあなたが戦うようにと召しているのです。

パウロは言いました。

「信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。」

その意味は、あなたの全力を尽くして永遠のいのちを握りなさい、です。

私にはこのように聞こえます。

新しく生まれ変わり、御霊に満たされながら、無感動で投げやりな態度でいることはできないと。

無関心。生ぬるさ。

それは神の御国のメンタリティーではありません。

だからこそ聖書は、「天の御国は激しく攻められています」と語っています。

天の御国は激しく攻められています。
そして激しく攻める者達がそれを奪い取っています。

神様は言っています。

敵は、あなたに対して戦いを挑んでいて、あなたの使命、打ち破りを奪おうと戦っていると。


敵はあなたを沈黙させたいのです。

敵は、あなたを後退させたい。

しかし神様は、戦いにたいしては戦わなければならない、と言っています。

あなたの戦いの武器を取って、みことばの剣と信仰の盾を手に取って、敵があなたから盗もうとしたものを取り戻しなさい、と神様は語っています。


つまり戦いのメンタリティーを持たなければならないということです。

そうです。あなたは勝利と打ち破りを手にしています。

しかし時に、あなたは所有するために、戦う必要があるのです。


あなたは、神のみことばをその通り信じる必要があります。

神が「それはあなたのものだ」と言われたなら、それはあなたのものなのです。


ですからあなたは、敵にたいして宣言する必要があります。

「私と私の家族は、主に仕える!」と。

黙示録12章17節はこう言っています。

「すると竜は、神の戒めを守り、イエスのあかしを保っている者たちと戦おうとして出て行った。」

聞こえましたか?

敵は、教会に行く者にたいして、歌を歌っている者達にたいして戦おうとして出て行った、と言ってましたか?

違います。

神の戒めを守り、イエスのあかしを保っている者達と戦おうとして、です。

つまり、あなたが信仰によって歩き始め、神の約束の中を歩き始めるなら、戦う準備をしてください。

敵は、あなたの打ち破りにたいして戦いを挑んできます。

神様から預言を受けたという経験のある方。

素晴らしい集会に参加して、神様からことばを受け取ったのに、その次には「いったいどうなっているの?」という状況になっている。

「神様、一体どうなっているんですか?なぜ私はこんなことを体験しているのでしょうか?」

そのような場合、どうすればいいのかを私は学んできました。

勝利して、証を持つようななるべきだと。

あなたはこのことに気がつく必要があります。

敵があなたを攻撃してくる時、それは敵は、神様があなたの人生のために用意されたものをあなたが所有しつつあることを知っているからです。


続く

↓メッセージ動画。