2024年夏の記事を再投稿することにしました。
「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。
あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。」
Ⅰヨハネ4章4節
「私たちの上に主の御霊がおられる」の著者であられるスリランカ人牧師レスリー·キーゲル博士は「あなたの霊が聖霊と直接交わるために、異言で語ることを強く勧める。私は、若かりし頃、聖霊との親密な交わりを続けることが不可欠であると見出した。これは今も続けている。」と語っています。
「私が異言で祈る理由」シリーズで異言がもたらす恩恵を見てきましたが、まだまだ他にも沢山の恩恵があります。
どうぞ毎日、歩きながらでも、何かをしながらでも異言で長く祈ってください。
皆さんに、神様の祝福が豊かにありますように。
【完】異言によるとりなしによって命を助けられた2人
TJ·マッカンジー
異言で祈っている時に、誰かの顔が思い浮かぶ時もあります。
異言の祈りとは、何と素晴らしい賜物でしょうか!
祈りの生活が味気のないものになってしまい、退屈になってしまうのは、パウロの祈りの生活にあった秘訣、炎のような力がないからです。
なぜパウロが「絶えず祈りなさい。」「いつも御霊の力によって祈りなさい。」と言ったと思いますか?
彼がそのように言うことができたのには理由があります。
彼は、祈りの生活のスパイスとなる秘密の成分を持っていたからです。
それゆえに彼の祈りは、退屈で情熱のない、ただ同じ言葉を繰り返す、空っぽな祈りではなく、命があったのです。
私が異言で祈っている時に、長年会っていなかった人の顔が突然浮かぶ時があります。
そのような時は、聖霊様が、私の霊の中にその人を浮かび上がらせ、祈らせようとしているのだと分かるので、勝利したと感じるまで、異言で祈り続けます。
昔、アフリカにある宣教師がいました。
同じ頃、アメリカのある教会の婦人が異言で祈っていました。
御霊で祈っている時に、あの宣教師がアフリカで瀕死状態にある幻を見ました。
宣教師のそばには、アフリカ現地の人達がいて、彼の額の汗を拭いながら、死を待っている。
医者もおらず、薬もなく、やがて彼は死んでしまいました。
彼女は幻で、人々が彼にシーツを被せ、「亡くなった」と言うのを見ました。
それなので、彼女は死の霊に敵対して激しく祈り出しました。
彼女はアメリカにいました。
しかも1940年代の出来事なので、今のようにSNSなどで「大丈夫ですか?」などとリアルタイムで連絡を取ることはできません。
アメリカにいるので、実際に現地で何が起こっているのか知るすべはありません。
それなので、この婦人は、平安が来るまで、勝利したと感じるまで、異言でひたすら祈り続けました。
それから1年半後、あの宣教師はアメリカで宣教報告ツアーをしていました。
彼女はその一つの集会に参加し、宣教師のもとに行き、自分の日記を取り出して、「この日のこの時間帯に、このような幻を私は見ました。実際にこのようなことがあなたに起こりましたか?」と尋ねました。
すると彼は、自分の日記を取り出し、まさに同じ日の同じ時間帯に死亡宣告され、そしてその後に生き返り、病から完全に癒されたのですと言ったのです。
そんなのはたんなるまぐれだと言うのはあまりにも愚かなことです。
あの婦人が御霊によって祈り、勝利したと霊で感じるまで異言でひたすら祈り通したからこそ、彼女が宣教師の状況を真剣にとらえ、責任をもって祈ったからこそ、神の力が働き、宣教師を助け、宣教地で死ぬのではなく、宣教の働きをつづけることができたのです。
そのようなことはつねに、異言で祈る人達に起こっています。
他にもあります。
ケネス・E・ヘーゲン師は、ある晩寝る前に異言で祈っていました。
その後寝ている時に、弟の夢を見ました。
当時、彼の弟はルイジアナ州に住んでいたのですが、夢の中で、弟が地面に倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれ、そして病院で死を宣告されていました。
当時、ケネス師はテキサスにいたのですが、夢の中では病院にいました。
医者が部屋から出て来て「あなたの弟さんは亡くなりました。」と告げました。
「弟に会わせてください。」と言うと、医師は彼を弟がいる部屋へと案内してくれました。
彼は医者に、「私の弟は死んでいません。生きています。彼は死んでいません。」と言い続けました。
医者はケネス師に腹を立て、「いいえ、あなたの弟さんは亡くなっています。
私は今まで、何百人もの人達の死亡宣告をしてきました。
私は死がどういうものか知っています。この人は死んでいます。」と言いました。
ケネス・ヘーゲン師は言いました。「彼は死んでいません。生きています。」
そして2人で弟がいる部屋に入って行き、弟のそばに行くと、なんと彼は目を開けていて、息をしていたのです。
それは夢の中のことです。
数ヵ月後、彼は弟とどこかの地域で再会しました。
すると弟が言いました。「実は僕、4か月前、死にかけたんだよ。」
ヘーゲン師は言いました。「ああそのことなら言わなくて大丈夫だよ。全部知っているよ。」
「知っているってどういう意味?」
「異言で祈った後に、夢を見たんだよ。その中で、これこれこういうことが起こって、君は4分間ほど死んでいた。」
弟は言いました。「どうして知っているの!?僕は心臓発作を起こして、病院に緊急搬送されたんだ。そして病院で死亡が確認されてから、4分後に僕は生き返ったんだよ。」
もしケネス・ヘーゲン師が弟のために異言で祈り、平安が来るまで祈り通さなかったら、彼は生き返ることなく、死んだままだったでしょう。
もしあなたが誰かのために祈らなければならないという圧迫、重荷を感じたなら、その重荷を無視しないでください。
異言で祈り通してください。
なぜなら、誰かの生命があなたの祈りにかかっているかもしれないからです。
人間的には不可能な状況から誰かが解放されるのは、あなたの祈りにかかっているかもしれないんです。
祈り通してください!
そうするなら、このような証を突然あなた自身が体験するようになります。
御霊によって祈っている最中に、誰かのことを考え始めるなら、それはあなたの思いではありません。神様があなたにその思いを与えているのです。
ジョン・ウェスレーは言いました。
「人が祈らないかぎり、神はこの地上で何もすることができない。」
知っていますか。
私達が祈り通すことを拒んだために、この地上でなされていないことがあることを。
神様のみこころの全てがこの地上でなされていないことを。
全ての人が救われることが神様のみこころであることは真実です。
しかし神様には私達の協力が必要なのです。
私は祈ります。
今晩、みなさんが聖霊と火との新鮮なバプテスマを受け、今まで以上に異言で沢山祈るようになり、これらの素晴らしい恩恵を体験できるように、あなたの徳を高め、あなたを充電し、あなたをリフレッシュし、あなたを築き上げ、あなたが証人として強められ、大胆に福音を語ることができるようになり、あなたがよりよく祈れるように、また神様の完全なみこころを祈れるように力を与え、自分の本来の力やエネルギーではなしえることができないことをできるようになりますように。
それらをあなたがこの地上で体験し、楽しむことができるようになりますように。
神様が聖霊様をおくられたのは、目的があります。
異言には目的があります。
聖霊様には目的があります。それは力です!
あなたの世代にたいする力!人々がこの地上で神を体験するための力!
みなさん、今、両手をあげてください。
聖霊と火との新鮮なバプテスマがみなさんの上に下り、頭のてっぺんから足のつまさきまで聖霊に満たされ、異言で語れるようにお祈りします。
もしすでに異言で祈れるなら、異言で祈ってください。
異言で祈る時に、神様はあなたをさらに聖霊で満たしてくださいます。
聖書は言っています。御霊で満たされつづけなさい、と。
聖霊で満たされることは、一回かぎりのものではありません。
継続的なものなのです。
使徒2章で弟子達は聖霊で満たされ、使徒4章でまた満たされ、使徒10章でもまた満たされました。
ハレルヤ!
最初の聖霊のバプテスマは特別な大きな体験ですが、その後、聖霊の充満と、聖霊様によるリフレッシュの体験を何度も何度も体験していくのです。
聖霊の満たし、バプテスマを受けることは難しいことではありません。
イエス様は言われました。
子どもがパンを求めているのに、父親が石を与えることはない。
また魚を求める子どもに、さそりを与える父親はいないと。
聖書は言っています。
「天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」
求めるだけでいいんです。求めてください。ただ謙遜に求めてください。
「主よ。聖霊のバプテスマなしで私は生きることはできません。
聖霊のバプテスマを受けることなく前に進むつもりはありません。
天のお父様。私には聖霊のバプテスマが必要です。
使徒行伝を見るなら、イエス様を信じる者達の歩みには、聖霊のバプテスマは必要不可欠です。
私は平凡なキリスト教は欲しくありません。
超自然的な生き生きとしたいのちがあるキリスト教が欲しいです。
クリスチャンとして勝利した人生を歩みたいです。
パウロやペテロが持っていたものが欲しいのです。
初代教会が持っていた、聖霊の溢れ流れる満たしが欲しいのです。」
(TJやスタジオにいる人達が異言で祈っている。1:25:56あたりから。)
聖霊と火で満たされよ。
あなたの頭のてっぺんから足の裏まで。
力強い聖霊のバプテスマをあなたの上に解き放ちます。今。
異言で語ることができるようになる、聖霊のバプテスマをあなたの上に解き放ちます。
今、あなたの舌が解かれ、異言で語るようになりなさい。
聖霊様がその能力を与えてくださいます。
ある方は、憩いを必要としていますね。
これこそが憩いだと神様は言われています。
「主は、もつれた舌で、外国のことばで、語られる。『ここにいこいがある。疲れた者をいこわせよ。ここに休みがある。』」
休みを受け取ってください。リフレッシュされてください。
天の油で満たされてください。もっと、もっと、もっと満たされなさい。
神様はあなたを聖霊様で満たし、満ち溢れさせたいと願っておられますよ。
バプテスマのヨハネは水でバプテスマを授けるために来ましたが、イエス様は聖霊と火とのバプテスマを授けるために来られました。
今晩、聖霊の新たなバプテスマを受けますよ。
今でも忘れません。
2012年の9月27日の木曜日の夜10時、カナダのモントリオールの6724通りにある教会の古い地下室で、私は初めて聖霊のバプテスマを受けました。
両手を挙げて、賛美していました。私の牧師のジェシカ先生が、Kari Jobの『Revelation song』を賛美していました。
「ほふられた小羊は、栄光を受けるにふさわしい方。聖なる全能の神、主」という歌詞です。
賛美がされている中、私はただ両手を挙げていました。
すると牧師先生が私のそばに来て、私のお腹に手を触れました。
その瞬間、私は後ろ6列目ぐらいまで吹っ飛んでいきました。
そして私の口から、異言があふれ出して来ました。
「レマ、タタタ、レマ、タタタ」とただそれだけが口から出て来たのを覚えています。
自分でも何が起こっているのか分かりませんでした。でも凄く良かったんです。
その時から私は変わりました。
神様のことを語り始めると、本当の力がそれに伴うようになったのです。
聖書は、イエス様が語られる時、そこには力と権威があったと言っています。
あなたが聖霊のバプテスマを受ける時、あなたの言葉には、力と権威がともなようになります。
それは2012年に起こった事でしたが、私は今でも毎日、両手を挙げて、求めています。
「お父様。私を新しい新鮮な油で満たしてください。私の頭に新しい油を注いでください。私の杯を新しい油で溢れさせてください。聖霊様の新しいぶどう酒をください。」
力が天から解き放たれています。
皆さん一人一人に、使徒2章の時のように、炎のような分かれた舌がとどまっていますよ。
「主よ。私をあなたの力で満たし、異言を与えてくださることを感謝します。主よ、私に聖霊と火のバプテスマを与えてくださることを感謝します」と言ってください。
ペテロは、イエス様が十字架に架けられる前の晩は数人の女性達の前でさえキリストを告白することができなかったのに、使徒2章で聖霊と火で満たされると、50日前イエス様を十字架に磔にして殺した3000人の前で大胆にキリストを宣べ伝えるようになりました。
ペテロに大胆さと力と権威が与えられたのです。
使徒4章で弟子達は、「主よ、しるしと不思議なわざを行うために、みことばを大胆に語るために、私達を力で満たしてください。主よ、今彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行わせてください。」と祈り求めました。
聖書は言っています。「彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出した。」
ハレルヤ。
今日から、あなたの大胆さのレベルが増加していきます。
そしてあなたは、周りの人達に大胆に福音を伝えるようになります。
彼らのために血を流され、死に、そして復活されたキリストを宣べ伝えないでただ仲良くしていることはできない!という熱い思いをあなたは持つようになります。
「主のみことばが私の骨の中で燃えさかる火のように閉じ込められている」と言ったエレミヤのようにあなたはなります。
なぜなら異言はゴールではなく、超自然的な世界への門だからです。
異言を用いていくうちに、あなたは神様にますます用いられるようになっていきます。
ある方達は「神様、私を用いてください。」と祈っています。それにたいする神様の答えは「では聖霊のバプテスマを受けなさい。」です。
あなたは用いられたいですか?
そうであるなら、聖霊と火とのバプテスマを受けてください。
そうする時、あなたは尊いことに使われる器となり、聖められたもの、あらゆる良いわざのために備えられた者となるのです。
今日から、あなたの語る能力が変えられますように。
あなたの語り方、そして福音の伝え方に、はっきりとした違いが出て来るようになります。
あなたの言葉は、巧みな書記の筆のようにようになります。今日からです。
あなたが口を開く時、神様はあなたの口を力で満たされます。
そして語るのはあなたではなく、あなたの中で、またあなたを通して語られる御霊なのです。
聖書には「彼らが語ると、大ぜいの人が信じた。」と書かれています。
あなたもそのようになれるのです。あなたが語る時に、大ぜいの人が信じて救われるようになります。
聖書はまた「きわめて大胆に語る(日本語では「ふるまう」)。」と言っています。
今日から、あなたが毎回口を開くたびに、あなたは極めて大胆に語るようになります。
モーセが「主よ、私は口下手です。どう語るべきか分かりません。」と言った時、神様は「誰があなたの口を造ったのか。わたしだ。わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう。」と言いました。
ハレルヤ。
異言で祈る時、神様はあなたの口を、知能を造りかえるのです。
異言で毎日祈り続けていく時に、神様はあなたの語る能力を造り変え、あなたは人々に聖書を的確に伝えることができるようになっていきます。
イエス様が語られた時に、人々が驚いたように、あなたが語る時に、人々は「ちょっと待って。どこでその語り方を学んだの?」と言うようになります。
それは私に実際に起こった事です。私の家族は「どこでその話し方を学んだの?」と言いました。
私はもともと雄弁ではありませんでした。
「モチベーショナルスピーカーになろうと思っていたけど、説教者になったんです。」というタイプではありません。
火の舌、つまり異言が私を変えたのです。
神様の恵みのゆえに、今の私があります。
聖霊様によって、あなたはこの復活のいのちのふさわしい働き手となります。
イエス様の力強い御名によって、あなたは今日から、まったく変えられた男性、女性となります。
信仰の偉大な将軍の一人であるスミス・ウィグルスワースは、著書の中でこう語っています。
「あなたが毎朝、目覚めてから最初の15分、主の中で踊り、御霊によって祈るなら、あなたは決して堕落することはないだろう。また、その日の仕事に取り掛かるのに十分な力を持つようになる。」
あなたが毎朝起きてから、異言で祈るなら、「祈る気分じゃない。」とは言わずに、ともかく祈ってください。
それは信仰によって働かせるものなのです。
私はいつでもこのように異言で祈ることができます。
毎朝目覚めたら、布団の中でも、異言で祈り始めてください。
そうするなら、十分な力、喜び、平安、そしてブレイクスルーがあなたの霊の中に詰め込まれ、あなたの前に立ちはだかるあらゆる障害、問題に立ち向かうことができるようになります。
あなたの内にすでに知恵が与えられているからです。
それはすでにあなたの内にあります。
あなたが異言で祈っていく時に、それをただ引き出していくのです。
あなたはそのように生きることができます。
ハレルヤ。
今、この放送を見られているサラさん。精神疾患があって薬を飲んでいたけれど、すごく良くなった。とのことです。
神様を賛美します。
主よ、感謝します。完全に薬を飲まなくてもよくなるように祈ります。でも本当に素晴らしい証です。
主よ、感謝します。
これで放送を終わりにしたいと思いますが、みなさん、どうぞ一回限りの不思議な体験にはしないでください。
今日、皆さんは異言の恩恵を学びました。どうぞ、毎日実践してください。
「私はあなたがたの誰よりも異言を沢山語っています。」と言ったパウロのようになってください。
それほどまでに異言を沢山語るように努力してください。
完






