幕屋の建設については、すでに出エジプト記26~27章で神様(主)がモーセに詳細の仕様を与え、その通りに作成するように命じられています。しかし、その後、イスラエルの民が金の子牛という偶像を造り神として拝むという事件が発生し、幕屋建設は頓挫していました。モーセの必死のとりなしで、主は民を赦し、民と結んだ契約を破棄されず、更新してくれたことが34章に記されています。そしてようやく、モーセはイスラエルの人々に、主が命じられた幕屋の建設にとりかかるように、その材料となる毛糸、アカシヤ材、油、香料、宝石類、金、毛皮、銀、青銅等を献げるように命じました。すると、人々は進んで心からささげようとして、これらのものを次々にモーセのもとに携えて来たと記されています(35:20)。
そして、これらの材料を用いて聖所のすべての建設を行うのに必要な知識と、心に知恵あるすべての者、この仕事に従事させるために呼び集めたとあります(36:2)。その知識と知恵は主が授けられたと記されています(31:1-6,36:1)。これらの職人を中心に、心動かされてこの幕屋建設に従事しようとして集まった人々が、主が示された仕様に従って建設を始めたとあります。その内容はすでに詳細示されているのに、ここで再び同じことが記されているのはなぜでしょうか。おそらく、大切なことであるから2度記され、いかに主が言われた通りに精密に作られていることを強調しているのだと思います。また、民が主との契約を破ってしまい、主は一度は「もう民と共に行かない」とまで言われた程お怒りになりましたが、その後であってもその計画を進めて下さる方であるということを示すためだとも言われます。なぜなら、幕屋は神様が臨在なさる場所で、その場所の建設が実行出来るということは、神様は共にいて下さるという希望であるからとされます[i]。
[i] T.E.フレットハイム著、小友聡訳、『現代聖書注解 出エジプト記』、日本キリスト教団出版局、1995年、p382参照