〇高価な香油をイエス様に奉げた女性
イエス様がいよいよ十字架に架けられる受難を前にして、エルサレムに上られ、べタニアというエルサレムの近くの町に滞在されていました。本日の箇所は、その町で重い皮膚病の人シモンの家で食事をしている時の話となります。「重い皮膚病の人シモンの家」とあるので、このシモンが以前、重い皮膚病を患っていたけれども、イエス様に癒されて普通の社会生活が出来るようになり、共に食年事をしていたのかもしれません。当時もし重い皮膚病を患ったならば、その人は律法によりますと社会から隔離されていました。イエス様は多くの重い皮膚病の人や治らない病気で苦しんでいた人々を癒され、癒された人は人生が変わり、イエス様に感謝し、神様をほめたたえていました。
すると突然、一人の女性が高い香油の入った石膏の壺を持ってきて、その場でそれを開け、イエス様の頭に注ぎかけたとあります。この女性が誰なのかマルコの福音書では記されていませんが、ヨハネによる福音書では、彼女がイエス様と親しかった兄弟姉妹の、べタニアに住むマリアであると記しています。しかし、マリアとマルタの兄弟はラザロで、イエス様が彼を死んで4日後に蘇られせた人であり、そうするとこのシモンとの関係が不明です。福音書記者がそれぞれの視点と、取り入れた伝承から記していますので、同じ記事でも違いがありますが、マルコの福音書は比較的先に記されていたとされます。
〇イエス様のために出来るかぎりのことをし、それが評価される
これを見た周りの人々は「貧しい人々に施せたのに」と憤慨し、厳しく咎めたとあります。彼らは、イエス様もよく言われていたように、貧しい人々に対しての施しをすることが正しいことだと思っていたからでしょう。このナルドの香油の値段が300デナリオン、つまり一日働いた給与の300日分に相当する香油だと推測し、何でそんなことをするのかと彼女を咎めたと記されています。確かに、イエス様が5000人にパンを増やして給食された時に、弟子たちがイエス様に「わたしたちが200デナリオンものパンを買ってきて、みんなに食べさせるのですか」(マルコ6・37)と尋ねたことに基づくと、300デナリオンは、一回で約7500人の貧しい人に給食できる金額に相当することになります。しかし、咎めた人たちはそのナルドの香油の持ち主でもなく、彼女の財産を彼女がどう使おうか彼女の問題であり、ましてや、イエス様に対してなされた油注ぎの行為にたいして、驚いたとしても、その場で、彼女を責める権利があったのでしょうか。
しかしイエス様は彼らをたしなめ、「するままにさせておきなさい。」と言われました。貧しい人々にはいつでも施すことができるが、イエス様はいつも一緒にいるわけではない、と言われました。つまり貧しい人々に施すことは大事なことですが、しかし今しかできないことだとしたら、イエス様にした彼女の行為は良い(原語:美しい)ことだといわれたのです。イエス様は「できるかぎりのことをした。つまり、前もって私の体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。」(8節)と、この無名の女性を賞賛しました。当時は埋葬時に死体に香油を塗っていました。イエス様は彼女のしたことの意味を、彼女以上に知り、評価してくださったのです。というのは、彼女がイエス様のことをどれだけ理解していたかはわかりません。イエス様が3度受難予告をしたこと、また宗教家たちがイエスを殺そうと計略をはかるほどに憤っていた様子を知っていたのかわかりません。彼らの敵対心は公に分かるものでしたし、そのような危険な状況においてもイエス様がなお、エルサレムにとどまり続けていることから、彼女はイエス様が「もしかしたら殺されるかもしれない」ということを予期して、彼女がその前に何ができるかと考え、生きている間にこの香油を捧げるという行為をしたと推測できます。彼女にできることはこれ以外にはなかったのです。当時はもしローマ兵に死刑にされれば、その死体は無残に捨てられていたので、お墓に収めることも難しかったでしょう。
また、彼女の行為は、彼女が意識していたかどうかは不明ですが、油注ぎはイエス様が王であること、つまりメシアであることも示しました。ヘブライ語で「メシア」とは「油注がれたもの」の意味で、ギリシャ語で「キリスト」と訳されます。イスラエルでは古代から王や祭司、預言者の就任の時に油が注がれ、それが神からの権威を受けたことの象徴とされました。彼女はイエス様がメシアであることを信じていた可能性があります。一方、傍にいた弟子たちは、彼女のイエス様に対する敬意も理解できず、また3度もイエス様が受難予告を聞き、宗教家たちのイエス様に対する殺意を抱くほどの敵対心を知っていても、彼女の行為の意味を関連づけられませんでした。そして、彼女を批判したのです。しかしイエス様は、これからご自身が十字架に掛けられて死ぬことをご存じであり、この油注ぎを彼女の信仰の表れとして評価し、「世界中でどこでも、福音が宣べ伝えらえる所では、この人がしたことも記念として語り伝えられるだろう」(9節)と、非常に先の、未来の世界宣教がなされた時に、彼女のしたことも語りつたえられるとイエス様は言われました。世界中に福音が宣べ伝えられた結果、現代の日本でこの物語を読んで、イエス様はわたしたちに、何かを学ぶことを期待しているのでしょう。
〇私たちがイエス様に対して捧げられることとは
私たちはキリスト者は、イエス様の十字架の死と復活による罪の赦しと、そして再び戻ってこられて、全てを治める王となられるイエス・キリストの福音を告げ知らせる使命があります。聖餐式は主イエス・キリストとの交わりに預かり、そしてその十字架の贖いを記念して行い、主の再び来られることを待ち望むために聖餐にあずかります。神様のその恵みに対する感謝の応答として、私達は何をイエス様に奉げられるでしょうか。他者がなんと言おうと、小さいことであっても、無駄に思えることであっても、イエス様のためにわたしたちは何ができるでしょうか。それも、惜しんでするのではなく、喜んで何を捧げられるでしょうか。その捧げるものは必ずしも他者への寄付とか教会の献金とは限りません。自分の今持てる時間、労力、奉仕、祈りの奉仕も含みます。神様は、私たちの出来る限りのことを評価してくださいます。
パウロは「神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる良い業に満ち溢れるように、あらゆる恵みをあなたがたにみちあふれさせることがおできになります。」(Ⅱコリント9:8)とし、だから、喜んで、この文脈ではエルサレムの信徒達のために献金を準備しようとコリントの教会の人々に記しています。つまり、キリスト者は自分の財布や時間等を犠牲にして、他者を助ける、献金やプレゼントをするという奉仕において、その相手というより、それが結局は、神様への感謝、奉仕であるということ、神をほめたたえることだとパウロは記しています(Ⅱコリント9:12-13)。そして、すべてのことにおいても、愛が動機で行うことを勧めています。(1コリント13:1-3)。
世界の、また身近な社会で起きている災害、戦争による苦難に対して、私達が単に人間的な考えで「何ができるか」と思い巡らすのではなく、キリスト者として、主に対しての、自分が出来る限りのこととは何であるかを祈り求めていきたいと願います。祈るだけでは、何の効果もないではないかと、非難する人がいるかもしれません。正義のために、平和のために立ち上がって、戦うべきだ、行動するべきだと言われるかもしれません。
「神の国は飲み食いではなく、聖霊によって与えらえる義と平和と喜びなのです。」(ローマ14・19)とパウロが記すように、聖霊が私たちを導くところは、神様の義と平和と喜びです。従って、神の国において生きる者は、不正や戦争や嘆きに導かれないということです。私達はこの世のものではなく、神様のものであり、神の国、神様の支配の中に生かされている者として、世の声に聴き従うのではなく、すべてのことを聖霊の導きにしたがって、神様への感謝として何を捧げたらいいのかと考えて、何をするのか、しないのかを判断する知恵を神様から日々求めていきたいと願います。
(新共同訳聖書引用)