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聖書を読んで示されたことを記しています。礼拝でしたメッセージや聖書の学びの内容も載せています。

 ヤコブはエジプトの地にて終末期を迎えました。人は自身の生涯を終えようとする時に、人生に起こった様々なことを振り返るものです。創世記に記されているヤコブの人生はまさに波乱万丈でした。神様の祝福を得るために兄エサウを騙し、殺されそうになって遠方の母の実家へ一人で旅立ち、その地で結婚し、叔父のラバンに騙されたこと、帰郷してエサウと和解し、最愛の妻ラケルが早くに亡くなり、彼の4人の妻たちから生まれた12人の息子たちが様々な問題を起こし、そしてエジプトに移住してきたこと。彼の人生で、いつも神様が共にいた下さり、岐路に立つ旅に神様が声を掛け、彼の先祖アブラハム、イサクに約束された神様の祝福の約束を何度も確証してくださった、まさに、彼は自分が羊のような、羊飼いに頼っていきる存在であることをしみじみと思ったことでしょう。

 「私の生涯を今日まで導かれた牧者なる神よ」(48:15)と、ヤコブは神様に呼びかけ、ヨセフの二人の息子マナセとエフライムに祝福を与えてくださるように祈ります。また、「どうか、わたしの名とわたしの先祖アブラハム、イサクの名が 彼らによって覚えられますように。」(48:16)と祈りますが、神様はこの祈りを聞かれ、その後イスラエル民族は大きな国民となりますが、代々彼らは「アブラハム、イサク、ヤコブの神」と神様の名を呼んでいます。マナセの方が長男ですが、ヤコブは次男のエフライムをマナセの上に立てて、祝福します。これは後の王国時代に、北イスラエル国(12部族のうち10部族からなる)を「エフライム」と預言者が読んでいることから、大きな国民になることを預言しています。

 49章ではヤコブは12人の息子たちを呼び寄せて、「後の日にお前たちに、起こることを語っておきたい」(49:1)と一人一人に預言的な託宣をします。中でも特筆すべきことはユダに対しての祝福で「王笏はユダから離れず 統治の杖は足の間から離れない。ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。」(49:10)とあり、ユダ族の子孫から王が起こり、ついにはシロ(メシア、救い主を意味するとされる)が来てとあり、イエス・キリストのことを指し示し、諸国の民はキリストに従うという、終りの日に起こることがヤコブによって預言されていることです。神様は後の日の全世界の民の救いについての計画をヤコブの口を通して語られ、それが聖書の最初の書簡、創世記に記されているというのは、聖書が人間を通して書き記されているとはいえ、まさに神様が聖書全体を総監しておられることがわかります。