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聖書を読んで示されたことを記しています。礼拝でしたメッセージや聖書の学びの内容も載せています。

 ヤコブの遺体はミイラにされて棺に納められ、70日間エジプト人は喪に服しました。ヨセフは父ヤコブの遺言通り(49:29)、ファラオに許可を得て、棺をカナン地方のマムレのマクペラの畑にある洞穴に葬りに上って行きました。ここは先祖アブラハムが墓地のために買い取った土地で、一族のお墓だからです。葬儀はエジプト方式でゴレン・アタドで荘厳に行われたので、「あれはエジプト流の盛大な追悼の儀式だ」とカナン人が言ったと記されます(50:11)。ヤコブがヨセフの父だからということで、ここまで葬儀がこのように盛大に行われたということは、当時にヨセフの権力と地位の高さを物語ります。

 葬儀を終えてエジプトに戻ってきてから、ヨセフの兄たちがまだ疑心暗鬼になっていたこと、つまりヨセフが自分たちの過去の仕打に対して仕返しをするのではないかと恐れていたことが記されています。しかし、ヨセフはそれを知って、「あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。どうか恐れないでください。このわたしが、あなたたちとあなたたちの子供を養いましょう」(50:21)と、兄たちを赦していることをもう一度伝え、兄たちを慰め、やさしく語かけたと記されています。赦すことができたのは、ヨセフが神様の摂理を認め、神様が悪を善に変えて下さり、今の自分の地位があることも全て神様のお陰であると、謙遜に神様がすべてを裁かれる方であり、神様が祝福と恵を与えて下さる方であることを徹底して信じていたことがわかります。人は何か罪を犯すと、それに対する罪責感からなかなか解放されずに、心の奥底に秘めたまま恐れを持ち続ける場合があります。相手が口先で赦したと言ったとしても、本当に赦しているのだろうかと不安が残り、それは真の和解に至っていないといえます。

 人間の歴史を見ると、民族間の争いの繰り返しが続き、やられたらやり返す、「ここはもともと自分たちの土地だった」と主張し続ければいつまでも紛争は続いてしまうということは、現代の世界情勢をみても自明のことです。真の和解に至るには、お互いが神様を信じ、神様を通して相手を赦す心が与えられ、また神様を通して赦されているという確証を得ることで、互いを赦して、お互いに損得を超えて和解しようと譲り合う時に、過去の争いの呪縛から解かれ、お互い建設的な未来に進めるのではないでしょうか。

 最後にヨセフ自身も自分の死の前にして、「神は必ず神が先祖に約束されたカナンの地へ戻してくださる」と親族に伝え、自分の骨をその時に携え上ってほしいと遺言を残します。それはいつになるかはこの時点で全く不明でしたが、その約束は覚えられていたとわかるのは、約400年後に、イスラエルの民がエジプトから出てカナンの地へ出発する時に、実現されたことよります(出エジプト記13:19)。そして、次回からは次の書簡「出エジプト記」へと学びは続いていきます。 (新共同訳聖書引用)